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義姉と義弟と波乱の夜の件。6

お待たせしました!

ここで一応一区切りです。


ちょい甘め…?

僕は、人垣の隙間に姉の姿を見つけた。


「姉さん!」


駆け寄れば、姉もパッと華やいだ笑顔を向けた。

隣にいたアリスに気がついて、小声で囁く。


「アリス、ありがとうな」

「……私は、何もしていませんわ」


謙遜かと思ったが、どうもそうではないようだ。

落ち込んでいる……?

そういえば通信でも、助けたのはあとの二人だとか言っていたような気がする。



……それでも、姉とあの宰相との接点を減らしえたのだから、何もしてないということはないと思うんだが、まあ。


慰めるのは、僕の役目じゃあない。


クロードは一体どこへ行ったんだろうかと、キョロキョロ辺りを見回したが、見当たらなかった。

あの時に姿を消して、どこへ行ってしまったのだろうか?


「……クロードは、一体どこに」

「! クロ君、会場にいるんですの!?」

「あ、ああ」


アリスがかぶせるように声をかけてくるよものだから、思わず押された。


というか、アリスが知らないってどういうことだ?

あのとき、クロードはアリスから通信を受け取ったかのように話していた。


一体、どうなってるんだ?


「なぁ、アリス、お前……」

「クロ君を探して来ますわ!」

「お、おい!」


質問する暇もなかった。

どんな風貌が聞いていかないのか? と思ったが、よく考えれば、アリスには分かるのだったか。


「ど、どうしたのかな、アリスちゃん」

「いや、えっと……」


何と言っていいか分からなくて、姉に曖昧な笑顔を向けたとき、ようやく正面から姉を見た。


う、うわ……。

いや、綺麗なのは分かってたんだけど、こう、まじまじと着飾った姉を見るのは……。


「ジョシュア? 」

「は、はいっ!」

「え、な、何で敬語?」


間違えた。

照れと恥ずかしさで顔が赤くなるのを感じる。


慌てて視線をそらすと——。


「あ」

「ん?」


あの男が……宰相が退出するところだった。

引き下がった……?

いや、ただ目的はもう果たしたということだろう。


「今の、誰?」

「え? ええと、誰かの招待客、だったらしいね」

「ふぅん」


聞かれて一瞬ヒヤッとしたが、それ以上の興味はないようだ。

よかった、と心中で息を吐く。


さて。

ならここから、本当のパーティを始めないと。

僕は姉に手を伸ばした。


「ね、姉さん」

「うん?」

「……僕と踊ってくれませんか」


姉は少し驚いたように目を見開いて——それから、とびきり美しい笑顔を浮かべた。


「はい」






×××





クロードはやっと緊張から解放されて、長く深い息を吐いた。

会場の喧騒に紛れて、するりと怪しまれないように入り込む。


コーヒーブラウンの髪の少女が、近づいてくるのを見て、クロードは机からグラスを手にとった。

通りすぎる瞬間、ポチャンと水音がする。


「ご協力、感謝します」

「こちらこそ、な」


短い会話の間、目を合わすことなく、二人は交差した。


クロードは、少しだけグラスを掲げて、照明にかざした。

グラスの底に沈んでいく玉が、光に当たってきらめく。


「……」


飲み物と共に一気に呷ると、歯で受け止めては口を拭うふりをして、ポケットに隠した。

流れるような手つき。


例え注視していたとしても、普通は気付けないだろう——普通は。


「見つけましたわ」

「アリス、ね……アリスさん、ですよね」


必死に演技を続けるべく、クロードはわざと敬語にしたが、アリスはにっこりと笑みを返すだけだった。


「ええ。何を、隠したんですの?」

「えっ!」

「私に分からないとでも? ちゃんとそのポケットに入るのが……」

「わっ、ちょっ、ちょっと!」


手をポケットに入れられて思わず焦る。

アリスはすっと玉を取り出してみせた。


「なるほど、心話用の玉ですわね。これで、あのリリアーヌ嬢とお話ししていたわけですの」

「いやっ、それは……。

アリス姉……じゃなくてアリスさん、来てるって知ったら俺のところに来るでしょう?」


もちろんとばかりにアリスが頷けば、クロードは少し困ったように頭をかいた。


「それが嫌だったんですよ……」

「何故ですの?」

「だって……」


クロードはそこで、普段の声と口調に戻して、拗ねたように言った。


「俺がダンス苦手なの、アリス姉が一番よく知ってるくせに」

「!」


クロードはごほん、と小さく咳払いをして、また演技に戻った。


「一緒に踊りたいですし、他の人と踊らせたくはないです。

でも……下手なのを見せるのも嫌です。だから、こっそりひっそり——」

「あははっ!」

「へっ?」


アリスは、珍しく大声で笑った。

クロードも、見慣れぬ姉の様子に思わずポカンとしてしまう。


「私はそんなこと気にしませんのに……随分と、どうでもいいことで悩んでいたのですね」

「ど、どうでもいいことって!」

「……私も、どうでもいいことで悩んでいたようですわ」

「え?」


アリスは、その顔に新たな決意を浮かべてみせた。


「今回何もできなかったからといって、それを悔いるばかりでは、前に進めやしませんわ!

問題は、今から何をするか! そうですわよね?」

「あ、えっと、よく分かんないけど……」


アリスの勢いにおされたクロードは、困惑しながらも笑みを浮かべた。


「頑張ってね、アリス姉」

「はいっ!」


ジョシュアは、クロードが慰めるものだと勘違いしていたようだが——そもそも、この二人は慰め合うような関係ではない。

ただ隣にいるだけで、それで何もかもを解決できてしまうような、そんな関係なのだ。


「いいんですの? 口調、戻っていますわよ?」

「や、やばっ!」

「それと……」


まずは、とアリスは微笑む。


「名をも隠される貴方——私と、踊っていただけませんか?」

「……そういうのは、男から言うものなのに」


クロードは苦笑を返したが、そこには隠しようもない喜びが現れていた。


「不得手ですが、お相手させていただきます——世界を知る術を持つ貴女」








×××





「ちょ、なんやあれ! アリス嬢、エドウィン先輩に似た感じのイケメンと踊っとる!」

「え、どこ? どこで!?」


ようやく見つけたらしいクレアは、うわーとだけ呟いた。


「実はリア充か、あの嬢ちゃん」

「いいなぁ、あんなイケメン……」

「え、し、師匠!」


ん? とクレアが突然かけられた声に振り向けば、すっかりその存在を忘れられていたユリウスだ。


「お、俺と踊りませんか!?」

「……」

「なんや、そっちもリア充なん?」


リリアがそんなとぼけたことを言う。

クレアは、まるで戦場に乗り込むかのような緊張した面持ちのユリウスに、すうと目を細めて、ぼそりと言う。


「組手か、ダンスか」

「え?」

「だから! ここで踊ったら、今週末予定してた組手は無し!」

「えええ!」


ユリウスはしばらく考えて、口を開いた。


「じゃあ、組手——」

「……へぇ、そう」

「ではなくて、ダンスで!」

「そう?」


声のトーンが明らかに変わったのを感じて、咄嗟に変える。

どうやらダンスが正解らしい……。

というか、選択肢の意味がないだろう。


そう思いなながらも、なんとかその機嫌取れたようだ、とホッと息を吐いた。


「なら、ん!」

「ん?」


唐突に差し出された手に戸惑う。

ユリウスの視線がその手とクレアの顔を行ったり来たりするのに焦れたのか、クレアはユリウスの手をガシリと掴んだ。


「ぅえっ!? な、何ですか師匠!」

「だから、〜〜っ!」


振り返ったクレアの顔はほんのり赤い。


「踊るんでしょうが!」







「お、リリア一人なん?」

「……うっさい黙れ」


リリアーヌは料理に手をつけてはいたものの、退屈そうに壁にもたれていた。


「実はな、俺も一人なんやけど?」

「嘘つけ。あんたさっき誘われとったの、見えたで」

「何、リリア俺のこと見とったんか?」

「っな、な訳あるか!」


リリアはふん、と機嫌悪そうにしてそっぽを向く。

けれど、セシルはそれが照れたときの癖だと知っていた。

ニヤニヤと楽しそうなセシルを、リリアは横目で捉えた。


「な、何ニヤニヤしとんねん」

「んー別にー?」


その態度に、リリアは苛立った。


「ふっ、余裕ぶっこいとけるのも今のうちだけやで!

ウチはとある情報網からあんたの弱点仕入れたったんやから!」

「え?」


弱点?

セシルが首を傾げれば、リリアーヌはこれでもかというドヤ顔で言い放った。


「スバリあんた——ピーマン、苦手やろ!」


ピシッと突きつけられた指も、完璧に決まっていた。……決まっては、いた。


「そうやけど……」

「ほらな!」

「……それが、何なん?」

「え、やから、それで……あれ?」


セシルの弱点と聞いて思わず飛びついてしまったが、よく考えると……。

使い道がない。


「うわぁ……やってもうた……」

「……。よく分からんけど、リリア、その一緒に踊ら——」

「踊らんで、ウチは」

「何でやっ!?」


(他の男と踊るとか言ったら、相手の男を殺したる)


セシルがそんな物騒なことを考えていると知ってか知らずか、リリアーヌは顔をしかめながら言った。


「嫌やわ、あんたと踊ったらめっさ目立つもん」

「目立つのが、嫌なん?」

「目立つのがっちゅうより、その後が面倒や」

「……そうか」


セシルの声が少し沈む。

そんなしおらしい反応を予測していなかったリリアーヌは内心焦った。


「そ、その、踊りはせぇへんけど……」

「せぇへんけど?」


リリアーヌはまた、顔を背けた。


「今、ごっつ暇やねん。

……会話の相手なら、探しとるんやけど?」








×××







「姉さん、もしも何でも願いが叶うとしたら、何がいい?」

「え、どうしたの、急に」

「いや……」


スローテンポで揺れながら、囁くような会話をする。


「ううん、でもそうだなぁ……。

もしも一つ叶うなら、ジョシュアが——」

「? 僕が?」


問い返せば、姉はその白い肌を真っ赤にした。


「ああ、ごめん、今のなし!

ええと、みんなで仲良く楽しくいられること、かな」

「……そっか」


変かな、と不安げに言う姉に、そんなことはないと首を振る。





その願いなら——僕が必ず、叶えてあげる。










夜は、ゆっくりと更けていく。

波乱は、静かに幕を下ろした。

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