義姉と義弟と波乱の夜の件。5
クロードは、周りの喧騒に目をやった。
「ここじゃあなんだし、場所を変えようか」
「……ああ」
エドウィンは普段の、幻術に隠れた無表情どころか憎悪すらこもった瞳でクロードを睨んでいた。
怯みそうになって、クロードは小さく深呼吸をした。
(ここが、正念場だ)
呼吸を落ち着ける。
出来るだけ目立たぬように、そしてアリスたちに遭遇しないように会場の外へ出ていく。
アリスから借りていた消音不可視の結界を張れば、エドウィンは少し驚いたようだったが、すぐにまたクロードを睨みつけた。
「……それで、レドを殺したのがお前っていうのは、どういうことだ」
「あーいや、それは……」
クロードは、表面上、おどけたような笑顔を浮かべてみせた。
「それも、嘘っすよ」
「なんだと!? 」
怒気をはらんで迫ってくるエドウィンにむかって、手のひらを前に出して「“ストップ”!」と叫ぶ。
「なっ……!」
「ふう、うまく発動したみたいで、良かったっす」
「な、なんだこれ、動けな……」
「そういう魔法っすからね」
クロードがにっこりと笑えば、固まったエドウィンはギロリと睨んだ。
こ、こわっ!
内心の怯えを隠して、クロードはなお笑みを装う。
「俺はただ話をしたかっただけっすし、そして——エドウィンさんにかけられた魔法を、解いてあげようかと思ったんす」
「そうか、なら今すぐこの拘束を解け!」
「そしたらちゃんと話ができないじゃないっすか」
そもそも俺が解こうとしているのは、もっと違った魔法っすよ、とクロードが言えば、エドウィンは意味が分からないというように眉をひそめた。
「洗脳が、あなただけの専売特許なわけないじゃないすか。
自分以外にもできる人がいるって、思わなかったんすか?」
それは奇しくも、少し前にアリスが言われた言葉とよく似ていた。
「あなたには、洗脳の魔法がかけられてるっすよ」
「信用できるか!
弟を殺したなんて嘘をつく奴を!」
「……そうっすよねぇ……」
でも、他に会場を連れ出して話をする方法がなかったのだから仕方ない。
「それに、お前は何なんだよ!?
最初の時ともさっきとも、まるで話し方も違うし……」
「それはお互い様っすけどね」
クロードは苦笑交じりにそう言ったが、エドウインはまるで聞いていないようだった。
「うーん、どうしたら信用していただけるっすか?」
「どうやったって、信用なんかするか!
洗脳の魔法を解くだとか言って、それこそ洗脳をかけることだって出来るだろうが」
「いや、それだったら話もせずに、こうやって拘束した時点でそうしてると思うんすけど……」
そう思わせるのが狙いかもしれないだろうが、とエドウインは憎々しげに言った。
面倒になって、クロードは頭をかく。
「じゃあもう、いいっすよ、信用してくれなくて。
——でも、エドウィンさんも本当は疑ってたんでしょう?」
「……何をだ」
「自分が知らされていたことを、っすよ」
エドウィンのその瞳が、ふいと逸れた。
「本当だと心から思っていたなら、俺がレドウィンさんを殺したっていっても、戯言程度にしか受け止めないはずなんすよ
だって、レドウィンさんを殺したのは——」
ここでクロードは一度言葉を切って、エドウィンを伺った。
その瞳は依然そらされたままだ。
「メリアーゼさんたちの父である、ガイスト・レオンハイト。
そのはずなんすから、ね」
「……お前は、一体どこまで知っているんだ?」
クロードはニヤリと笑ってみせた。
「恐らく、極めて事実に近い真実を。
だから、今から話すのはそんな話っす——」
×××
一体、さっきのは何だったんだろう?
アリスちゃんの方を見れば、アリスちゃんは気まずげに視線をそらした。
ううん。
話しづらいこと……なのかな。
いや、それはそうか。
だって、なんか相手の人と険悪そうだったし、いきなり襲われたし……。
アリスちゃん、誰かに狙われてるとかそんなんなのかな。
——心配、だな。
「……そろそろ、会場に戻らへん?
楽しく会話してるとこ悪いけど」
そう口を開いたのはリリアちゃんだった。
多分、クレアとユリウス先輩に向けたものだろう。
というか、クレア。
ユリウス先輩を避けていたんじゃなかったっけ。
「実はすごく、仲良いよね……?」
「そんなことはないです!
私こいつ嫌いですから!」
「えっ!?」
指摘されたことに、クレアはパタパタと手を振って否定した。
ちょ、クレア、先輩めっちゃ落ち込んじゃったけど。
「そ、それに楽しく会話なんてしてないですし!」
「そぉか?」
「〜〜っ! も、戻りましょう、メリアーゼ様!」
「え、あ、うん」
クレアにいきなり手を取られてびっくりした。
そのままずいずいと引っ張られていく。
……なんか今日、こうやって連れてかれるの多いなぁ。
パーティ会場に入る前に、クレアとリリアちゃんは着替えに行ってしまった。
まあ、リリアちゃんは、ともかくクレアはなぁ……。
血まみれの侍女とか呼ばれかねない服だったしね。
というわけで。
「……」
「……」
アリスちゃんと二人きりなわけなんだけど。
……気まずいことこの上ない。
アリスちゃんは話しづらいんだろうし、私も声かけづらいし。
でも、このまま黙っているわけにもいかないよね。
「アリスちゃん!」
「っ! はい」
「私、何も聞かないから!」
「……え?」
アリスちゃんの大きな瞳が、困惑どころか驚愕をたたえて瞬かれた。
「何も、とは……」
「多分、何か色々事情はあるんだろうし……なんでアリスちゃんが狙われてるのかなんて、私聞かないから!」
「えっ!?」
アリスちゃんは、わ、私が狙われてるとお思いなのですの? と顔を引きつらせた。
あ、やばい、これも聞いたらいけないことだったのだろうか。
「えっと、違うの?」
「いえ、その、あ、ええと、うう……そ、そうですね。
なんというか、大体そんな感じというか……一つ大切なところを除いてはあってるというか……」
「詳しいことは聞かないから、安心してね?」
そう言えば、曖昧な顔で頷かれた。
「メリアーゼ様のその突飛な思考回路には、全く安心できないのですけれど……」
「え? なんか言った?」
「い、いえっ!」
にっこりと笑みを向けられた。
どこかわざとらしい感じがしないでもないけど、まぁいいや。
こうやって楽しく話せるのが何よりだよね。
「お〜、待たせてしもた?」
「いえ、貴方のことを待ったりはいたしませんわ」
「さらっと毒を吐かれたで、いま!?」
思わずふっと吹き出してしまう。
クレアもリリアちゃんも笑ったが、アリスちゃんだけは訳が分からないとでも言いたげに首を傾げた。
「それじゃあ、パーティを再開しますかっ!」
「再開もなにも、始まってもなかったんやけどな」
……それは言わない方向で。
×××
「……これが、全ての真相ってやつっすよ」
「……」
エドウィンはもう怒鳴ることもせず、ただ黙って聞いていた。
「……すぐには、信じられない」
「まあ、それも当然っすね。
だって、信じるってことは、今まで騙されてたって認めることっすから」
エドウィンの顔が伏せられる。
自分なりに整理をつけているのだろう、とクロードは思った。
そもそも、今回の話は根拠を示せと言われれば不可能なくらい、事実と事実とを繋ぎ合わせた推測が多い。
エドウィンには「極めて事実に近い」などと言ったが、それはあくまでもクロードの主観に基づく判断に過ぎなかった。
(疑わせてしまったら、終わりだ)
そう思ったクロードは、畳み掛けるように言葉を続けた。
「でも、筋が通ってるっすよね?
エドウィンさんや弟さんがそんな身体である理由も、説明できてると思うんすけど」
「お前は、本当にどこまで……」
また笑みを返してみせると、エドウィンは視線を下げた。
「……時間が欲しい」
「どうぞ、いくらでも」
そう言えば、エドウィンは少し驚いたように顔を上げた。
「急かしたりしないのか……?」
そんなことはしないっすよ、とクロードは笑みを浮かべる。
「それよりも、今の話をちゃんと飲み込んでもらった上で——俺たちに協力して欲しいってところっすね」
「協力……?」
クロードは今までのどこか芝居がかった動作をやめて、真剣な表情で頷いた。
「宰相の情報を、こちらに流して欲しいっす」
「……それは……」
いわゆる二重スパイという奴だ。
クロードにはもう一つの打算があった。
(恐らく、この人は、諜報術なんて目じゃない位の何かを持っている……。
いや、何かなんて曖昧な感覚じゃない。
最初にレオンハイト伯爵の名を出した時もう既に、俺はその秘密を確信した。
……それが、もしこちらの戦力になれば——)
アリス姉、喜ぶよな。
結局、クロードのこの交渉も何もかも、全てがアリスのためだった。
メリアーゼもジョシュアも、クロードにはあまり関係がない。
ここにいるのは、一人の転生者ではなく、姉に心奪われている一人の弟なのだ。
「時間を、くれ」
「了解っす……よく、考えてくださいっすね」
エドウィンは小さく、確かに首肯した。
クロードはそれを確認すると、エドウィンの固定の解除と共に、洗脳をとき、防ぐ魔法をかけた。
果たして、これでどう転ぶか。
メリアーゼを中心とした戦いの火種は、小さく燃えていた。
——ただし、本人がまるでそのことに気づくことなく。
さて。ますます謎の深まるエドウィンです(汗)
そして、久しぶりにメリアーゼ視点書けましたー!
良かった……良かったか?
感想など、頂けると嬉しく思います!




