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義姉と義弟と波乱の夜の件。1

僕は手にとった杯の中の酒を舐めるように飲んでいた。


今、会場は男ばかりだ。

女子生徒は、後から身分順に出て来るらしい——が、このまま来ないでくれれば、と思わずにはいられない。


だって、このパーティでは流石に誰とも踊らないわけにもいかないだろうし、姉はあの通り美しいのだから、きっと誘うものは多いだろう。


姉が、僕以外の人と踊る……。

想像しただけで嫌だ。

イライラして、思わず杯を少し呷った。


最近は姉ともあまり会話できていない。

自分のせいだとは分かっているけれど、どうしても苛立ちは隠せなかった。


もう一人の姉の言葉が頭によぎる。


『あちらの私は、何も知らないから、安心して。

私の記憶は、私が留めている。

ジョシュくんの為に——もう一人には見せないわ』


つくづく、不憫な人だとは思う。

姉が何も知らないで光の中を生きるのに、もう一人の姉は闇の中、孤独の檻にとらえられている。


……僕は、一体どうするべきなのだろうか。


いや、どうするべきかだけの話なら、それはあの姉も受け止めて、愛してあげられればいいのだ。

でも、僕にはやはり、姉が変わってしまうことへの恐怖は未だ深く根付いていた。


これをどうにかしなければ、僕は、姉のそばにいる資格すらないのでは無いだろうか。


「何、辛気臭い顔をしてるんすか?」


振り返れば、薄い青の髪をした見知らぬ青年がいた。

黒のタキシードと胸の真っ青なハンカチがよく似合う精悍な……。

こんな人は知り合いにいただろうか。

まるで心当たりが無い。


「……誰です?」

「ひ、ひどいっすよ! ほら、この口調!

わざとこのままにしてるんすから、気づいて欲しいっす!」

「もしかして、クロ——」

「あ、名前は出さないでくださいっすよ」

「……」


何だろう、ものすごくめんどくさい。

というか、身長が20センチ近く伸びているし、なかなか分からなくても不思議は無いと思うんだが。


「何でわさわざここに来たんだ? 変装(それ)、すごく痛いんだろう?」

「えー、だって、アリス姉……じゃなくて、その、俺の大切な人から目を離すわけにはいかないじゃないっすか」

「なるほど」


気持ちは痛い程よく分かる。

と、その時、扉が開いた。

歓声のような声が上がって、思わずそちらに目をやる。

扉のそばの男が、その名を呼び上げていくのを聞いてみると、やはりまだ侯爵令嬢ばかりだった。


「もう少し後か」

「そうっすね。

まぁ多分、アリ……じゃなくて、俺の大切な人もメリアーゼさんと一緒に出て来るでしょうから、そんなに遅くはないはずっすけど」

「……そんなに間違えているようで大丈夫なのか?」


この前のおばあさんの時には平気そうだったのにと胡乱げな視線を向ければ、普段の口調だとボロが出るんすよ、とクロードは困ったように笑った。


もう一度、扉の方を見れば……。


「最悪だ」


あのエドウィンとかいう先輩と目があった。

先輩は、恐らく幻術では爽やかに見えているのだろう、しかし実際は冷淡な笑みでこちらに近づいて来る。


「あ、あれが例の人っすか?」

「ああ。エドウィン先輩だよ。お前は幻術は大丈夫なんだよな……ん?」


こちらを見たまま、近づいて来ていた足が止まっていた。

某然としたように、僕を見ている。

——いや。

これは、クロードを見ている……?


口が、何かの言葉を呟いた。

エとオの形。

くそっ、こんなことなら読唇術も会得しておくべきだったか。

クロードの方を見れば、妙に楽しそうな表情で笑っていた。


……どうなってる?


僕が観察するように強い視線を向ければ、ハッとしたように首を振って、またこちらに寄って来た。


「ジョシュアくん、楽しんでるか?

どうも俺は嫌われちゃったみたいだから、気になっててね」


僕はそれを否定することなく、質問を返す。


「……先輩は、いかがですか」

「ん? 楽しんでるよ」


間違いなく、楽しんでいるような表情ではなかったのだが……。

声だけが妙に明るくて、少し不気味だった。


「それで、そちらの方は?」

「こちらは……」

「レイモンドといいます」


なんと紹介したものかと迷っていれば、自らクロードは偽名を名乗って手を差し出した。


先輩は、少し見つめるようにしてから、その手を取った。


「よろしく。俺は、」

「エドウィン・シュルツ様、ですよね。存じております」


そうか、と言って、二人は手を離した。

探るような瞳を、エドウィンはクロードに向ける。


「家名を名乗らなかったけど……どこの方かな。あいにく、こちらは存じなくてね」

「そ、それは当然です!」


とクロードは慌てたように言った。

普段のあの感じはどこにも無い。


……演技、うまいなぁ。


「ぼくは、その、ジョシュア様の召使の一人だったのですが、少し前から王都にいまして。

身分違い場違いとは思いながらも、今回ジョシュア様がお誘いくださり……。

せっかくなのでと、このパーティに参加させていただいてるんです」

「へぇ」


一人称まで変わっているし、よくもまあ、こうペラペラ嘘が出るものだと思わず感心してしまう。


「まあ外部の人も各々一人までなら、招待できるわけだしね。

逆に言えば、そうでなければ生徒以外が来ることはできないってわけだけど。

かくいう俺も、ある有名人を招待したよ」

「え、それは一体……」

「すぐに分かるさ」


その口の端が、キュッとつり上がる。

嫌な予感。

クロードもそれを感じたようで、表情を少し強張らせた。


「俺はもう戻るよ。

わざわざ俺から話しかけたのに、すまないな」

「いえ……」

「……レイモンドくんも、また後で、話せたら」

「あ、はい!」


何だ?

やっぱり、エドウィンがクロードのことを見る目は、いやに優しく、そして痛々しげだった。

まるで、何かを懐かしんでいるような、悔やんでいるような……。


人混みの中に隠れたその方向を向きながら、僕は小さく首を傾げていた。


「あ、もう来るそうっす」

「そうか」


アリスから通信を受け取ったのだろう。

僕はそれを聞いて、とりあえず、エドウィンへの疑問は放っておくことにした。

パッと顔を綻ばせたクロードを連れて、扉の元へ向かう。


「続きまして、レオンハイト伯爵が長女、メリアーゼ様。

共に、セレス子爵が長女、アリス様。ネルセン子爵が三女、クレア様。クレシアス男爵が次女、リリアーヌ様、ご入場!」


げ、あのクレアやリリアーヌも一緒か、と思ったのは一瞬だった。

歓声すら、止んだ。


それほどまでに、美しかったのだ。

姉の姿が美しすぎて、僕はそれどころじゃなかったのだ。


「……何というか、あれっすね」

「そうだな、あれだな」


僕たちは声を揃えるようにして言った。


「僕の姉さんが一番綺麗だ」

「俺のア……大切な人が一番可愛いっす」


チリっと向かい合う視線に火花が散るようだった。


「見てみろ、姉さんの、下に行けばいくほど白から濃い紫になっていくドレス。

そしてオリーブグリーンの肩掛け(ストール)もまたそのドレスに良くあってる!

まるで朝顔の花が今開く瞬間のような、そんな美しさがあるじゃないか!」

「くっ! こういうときに言い返せない!

ああ、もう、ここまで自分の美的感覚を恨んだのは初めてだ!」


フッ勝った!

と心の中で拳を高らかに上げていると、後ろからポンポンと肩がたたかれた。


「何言うとんねん、自分。

一番はリリアに決まっとんやろ」

「いや、一番はクレア師匠だろう」


見なくても分かる。

セシルとユリウス先輩だろう。

……なぜよりにもよって、今この二人に会うのか。

思わずため息を吐きたい気持ちでいっぱいだった。


「……とりあえず、姉のところに行かせてもらえますか?」

「ん? ああ。さっきのセリフ訂正したらな」


訂正? それはあり得ない。

だって事実を言っただけだし。

しかし、それじゃあ満足しないだろう。


「……一番綺麗なのは、姉さんです。

ただ、一番可愛いのとか美しいのとかが誰かとは言いません。

……これでいいですよね」

「ふっ、まあ、いいか」


ユリウス先輩がどいたのにホッとした。

良かった、通してくれた。


「姉さ——」


けれどその時。

声をかけようとした僕に、悪魔のような言葉が聞こえたのだ。


「では、この度エドウィン・シュルツ様のご招待により来てくださいました方をご紹介いたします!」


思わず、そちらに目がいく。

姉と同じ色の瞳。

まさか、いや、そんな……!


「ゼルガ・ヴァンゲリス宰相閣下です!」



——波乱の夜が、幕開けた。


コメディなのに、シリアスばっかですね…。

すみません(ーー;)


そろそろ、明るいだけの話とか書きたいところですが、なかなかそうもいかないわけでして。


うーん、短編でユリウス先輩視点とか、或いは先生の話とか、書きたいところですけども、果たして需要があるのかどうか。


感想など、頂けたら嬉しくおもいます!

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