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閑話 悩める大人たちの会話

あんまりコメディーのノリでないので、そういうのが苦手な人は飛ばしても大丈夫…かもしれません。

テンションが一気に変わるので、ご注意を。

はぁ、とため息をついて、レオンハイト伯爵——ガイストは、その背を椅子に預けた。

溜まりに溜まっていた仕事がやっと終わった。

机にうず高く積まれていた書類は分類整理され、整然としていた。


コツコツ、とノックの音が響く。


「誰だ?」

「私よ」


キィとドアが開く。

蜂蜜の長い髪と、紫水晶の瞳が覗いた。

今年で三十になるというのに、若さがまるで衰えない。

メリアーゼの叔母にして、ガイストの妻の妹、エルゼだった。


「今いいかしら?」

「……いい年した淑女が、許可もなく入るな」

「あら、別にいいじゃないの。そんなことを言ってられるということは暇なのね。ちょっと話があるのよ」


人の話を聞けと言いたい。

ガイストは思わずこめかみに手をやった。

……まったく、頭の痛いことだ。


「貴方、昼にジョシュアを追い返したのですって? 薄情な男ね。義理とはいえ息子よ? 素っ気なくするのは酷いわ」

「お前に言われたくはない」

「あら、私のは作戦だもの。年の違う子供が仲良くなる時にある気持ちは何だと思う?」


ガイストは答えない。

エルゼも別に答えを求めてはいなかった。


「庇護欲だと私は思ってるわ。女の子なら、母性本能かしら? そのために必要なのは敵よ。だから私は貴族身分にこだわるふりをした」


エルゼは空いた椅子を見つけると、そこに座って肘をついた。

得意げな顔。

その顔に亡くした妻の面影があって、ガイストは再びため息を落とした。


「メリアーゼは賢いけど……世間を知らなすぎるわね。身分にこだわるような女は二十をこえて他の伯爵家に居候するような真似はしないわよ、普通。

あーもう、騙されやすいところまで姉さんにそっくりなんだから!」


やーん、と変な声を上げて身悶える義妹をガイストは軽く睨みつけた。


「それで、その作戦は成功したわけか。良かったな」

「何を言ってるのよ、失敗したわ」

「は?」


今度はエルゼがガイストを睨む番だった。


「これだから! これだから、私は話をしに来たのよ! 貴方、何を考えてるの? 子供たちのことを見てないにもほどがあるわ!」

「いや、それは、しかし……」

「しかし? しかし何よ⁉︎」


もはやエルゼは立ち上がって腰に手を当てていた。

背の高くないエルゼだが、椅子に座ったガイストぐらいは見下ろせる。


女は怒らせると面倒だ。

経験上それを知っているガイストはどうにも言い訳するような声になった。


「この時期の子どもは、干渉を嫌うと……」

「はぁ。それ、どこの情報?」

「親の心得という、本に……」

「ああもうやっぱり本ね! 本だけ読んでればいいってものじゃないのよ! これだから男は! 頭が痛いわ」


俺の方が頭が痛い!

ガイストは思ったが、口には出さなかった。


エルゼはまたドカンと椅子に腰を下ろすと足を組んで、もう一度「これだから男は!」と叫んだ。


「干渉を嫌うからって干渉しないってなんなの? 貴方馬鹿なの? だから子供のこと何も知らないのね!」


カチンと来ないわけではないが、面倒だと思う気持ちの方が勝る。

嵐をやり過ごすように黙った。


「……計画は失敗だったわよ、大失敗! だって、二人ともすごくすれ違ってて、もう……うっ」


うっうっ、と声を上げるものだから、一瞬泣いたかと焦ったが、すぐにそうでないことが分かった。


「うっ、くっ、くくくっ、あはは、ははっふっ、あははは、はははっ、う、く、ゴホゴホッ、ゴホッ」

「笑って挙句むせるとは、もう少し淑やかにしたらどうだ?」


すぐさま反撃に転じるガイストを、エルゼは爆笑のための涙目で睨んだ。


「ゴホ、コホコホ……うるさいわね。だってあの二人、様子を聞いているだけで面白いんだもの。一度見て見たいけれど、見たら笑いがとまらないでしょうね、ふふっ」

「……もうすぐ嫁ぐというのに。こんな落ち着きのない女とは、相手の男が哀れだな」

「残念でした、相手は私のこんなところも好きと言ってくれるような男よ。器の小さい貴方はとは違うわ」


ピキリとガイストの顔に青筋が浮いたが、エルゼは気づかなかった。


エルゼ・リュクシエーヌ。

彼女は三十にまで伸ばしていた結婚を、この五日後に予定していた。

そしてそれに伴い——彼女は屋敷を出る。


「まぁ、そんなことはいいのよ。メリアーゼの話をしに来なのだから。

あの子はむしろ、ジョシュアに嫌われるように動いたの。わがままお嬢様を演じてね。

愚かとも言える行動よ。

本当、あの子の発想には驚かされるわ。演技返しとは血筋かしら……とても下手だったけれど」

「嫌われる、ために演技を?」


ガイストは眉を寄せた。

一応受けている報告では、ジョシュアは頻繁に姉の部屋へ行っていると聞いていたが。

エルゼはその顔から笑いを消した。


「ええ」

「好かれるようにではなく、か」

「そうよ」


それから、ひどく辛そうな顔をして、エルゼは言葉を続けた。


「……悲しむ人を増やしたくないって、そう言ってたわ」


ガイストの妻や娘より濃い紫の瞳に真剣さを滲ませて、それはガイストをとらえた。


「でもね、私はあの子に——ジョシュアに、メリアーゼの死に立ち会ってもらいたいの。立ち会ってくれるだけ、仲良くさせようとしたの。貴方がジョシュアを跡継ぎにしようとしまいと知らないけれど、私は彼にそれしか望まないわ。

私の結婚は三十までしか伸ばせないという話だったし、貴方も忙しい人だから……万が一があったらって、怖かった」


忙しいと分かっているならこんな風に怒鳴り込まないで欲しい、と普段なら言いたいところだが、そんな余裕はなかった。

エルゼの気持ちは痛いほど分かるのだ。

だって、と彼女は続ける。


「もしメリアーゼが、姉さんみたいに一人で死ぬようなことがあったら——私は、耐えられないわ」

「……」


あの日のことは後悔してもしたりなかった。

思い出さない夜はない。

じっと見つめるエルゼの目が、責めているようだった。


「メリアーゼは健気にも、自分の死で悲しむ人を減らそうとした——姉さんとは真逆ね。でも、結果がいい方向へ向かうかどうかは分からないわ。

ジョシュアは真実を知ってしまったようだから、むしろメリアーゼを好んでいるでしょうし」


何といえばいいのか分からず、ガイストは口を開きかけ、閉じた。

しかし、エルゼの強かった目線はスッと逸れる。


「……でも、おかしいのよ」

「何がだ?」

「魔力過多は悪化するはずなのに、むしろメリアーゼの病状は——回復しているの」


そういえば、と思い出した。

何故だろうか。その瞬間、寒気が奔った。


「確かジョシュアも同じことを言っていたが……」

「彼も思ったってことは、やはりそうなのね。それに、メリアーゼ付きの侍女がね、言ってたのよ、『お嬢様は魔法をお使いになられます』って」

「魔法を? そんな、まさか……」


ガイストは自分の顔から血の気が失せて行くのを感じていた。寒気がひどくなる。


「ええ、まさかとは私も思うのよ。でも……もし本当なら、大変なことになるわ」

「ああ」


エルゼは目を伏せる。揺らめく紫の瞳から落ちた雫が服を濡らした。


「あの子が長く生きられることを喜ばないわけじゃないのよ。でもね、でもね……メリアーゼが魔法を使えないと知った時、いくら魔力過多だと言っても、少し安心した私がいたの」

「……ああ」


その気持ちはガイストにもよく分かる。

それだけ、恐ろしいことが起こるかもしれないという不安がある。


「……残酷ね。死んでしまうか、それと死ぬほど辛いかもしれない日々を生きるか、そのどちらかしかないなんて」

「まだ、決まったわけじゃない。ただ状態が安定しているだけという可能性もある」


いや、それはあり得ない。

と、ガイストの冷静な部分は言っていた。

魔力過多は悪化する一方であって、安定なんてしない。

しかし、魔法を使えるようになった例は、僅かながら存在する。

魔力過多の人間がそうなった例はないが、そちらの方があり得るのは確かだった。


エルゼは顔を上げなかった。


「そうね。まだ決まってはいないわ……」


分かっている。

お互いにこれが慰めでしかないことは。


しかし、もしもメリアーゼに魔法が使えると分かれば、あの男は黙っていないだろう。

思い出すのも嫌な、最悪の男。

それは王都にいる。

けれど、魔法を使える貴族を学院に入れない訳にはいかない。決まりだからだ。

その時、王都に行ったあの子を守ってくれるものは、果たしてあるのだろうか。


ガイストは自分がとある理由(﹅﹅﹅﹅﹅)のために行くことのできないその場所に思いを馳せ、


「メルゼ」


ポツリと妻の名を呼んだ。

答えがあるはずもなかった。

シンクロウだって真面目なの書けるんですよっていう話でした。


長くなっただろうか…自信ないですね(ーー;)


また、感想など、お待ちしています。

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