義姉の恐怖を理解する件。
僕は、目の前で繰り広げられる劇のような光景に目を瞬いた。
ユリウス先輩が、それはもう嬉しそうに笑っている。
「師匠? 本当に師匠?
ほ、本物だ。すごい……久しぶり、です。お変わりないですね」
投げ飛ばされたせいだろう、その髪の毛はボサボサで、顔が思い切りかくれてしまっていた。
というか、敬語!?
大抵の教師にさえ使わない敬語をどうして侍女相手に使ってるんだこの人は!?
「そうですね。でも、ユリーは随分と背が伸びたようで」
「師匠、その敬語、似合ってないです。変です」
「し、失礼なっ! これでも私は今、結構有能な侍女してるんですよっ!」
「師匠が侍女とか……気持ち悪いです」
「うるさい黙れ」
やっと素が出ましたね、と先輩は楽しげだ。
「それにしても、負けたくせに引き下がらないだなんてかっこ悪い。男たるもの潔く、と私言ったと思うのだけど」
「でも、勝つことを決して諦めるな、とも言ってましたよ」
「うっ!」
クレアがつまれば、さらに声を大きくして笑い声を上げた。
「そ、それでも、さっきのは……」
「だって師匠が言ったんじゃないですか。国で一番強くなったら付き合ってあげるって」
「それ、本気にしたんですか……?」
「もちろんです!」
……本当にこの人ユリウス先輩だろうか。
普段はもっとギラギラというか、戦闘狂と言わんばかりの雰囲気だというのに、今や、尻尾を振る犬みたいなんだけど。
そもそも……。
「ねぇ、答えて。
何でここにいるの?
二人は一体どういう関係……?」
聞いたのは姉だったけど、それは僕が聞きたかったことと見事に一致していた。
「私がここに来たのは、一週間後のパーティに向けての準備をお手伝いするためです」
「パーティ……」
姉がそうボツリと呟けば、クレアはこくりと頷いた。
「あとは、ユリーと私の関わりでしたっけ。
ユリーとの関係は……」
「師匠と弟子。後々恋人の予定」
「何言ってんの!?」
……ますます、よく分からん。
とりあえず、一人一人から聞いた方がいいかと、僕は視線をユリウス先輩に向けた。
「えーっと、先輩?
クレアは、「おいお前なんで師匠を呼び捨ててるんだ」……は?」
え、なんで僕が怒られているのだろうか。
いや、でも話が進まないから仕方ない。
「クレア、さんは、先輩の何の師匠だったんですか?」
「武道の師匠だ」
「武道?」
カラテ、ジュウドウ、アイキドウ、とか言いながら指を折って数えているが、正直まるで理解できない。
ただ、姉はびっくりした顔をしていた。何か知っているのか?
それにしても、先輩は、グシャグシャになった髪は気にならないのだろうか。
そのままの状態で、少し自慢げに話す。
「師匠は、身体強化の魔法が使えるんだ」
「ちょ、それは言わないで欲しいってあれだけ……!」
「身体、強化?」
繰り返せば、先輩はこくりと頷く。
「でも、魔法学院でやっていくのはキツいということで、よく家の近くで獣相手に、こう技かけたりしてて。
熊に背負い投げとか、虎に正拳突きとか」
「うわぁ、言わないで!」
どういうものかは分からないけど、獣相手に?
……なんか、うん。すごそうだ。
「俺はそれを見て憧れて、教えてくれと頼んで、弟子にしてもらったんですよね」
「あまりにしつこいから、仕方なくしてあげただけ!」
姉は助けを求めるような視線を送ってくる。
その顔には「……で、結局どういうことなの?」と書いてある。
「つまり、ユリウス先輩はクレアに」
「呼び捨てするな」
「……クレアさんに師事して、武道とやらを教わってたと。そういうことですよね?」
「そうだ」
「まあ、そうなるのでしょうけど……ってちょっと待ってください。今、何と言いました?」
クレアが唐突に慌て始めたのに、首を傾げる。
何か、変なこと言ったか、僕は?
「武道とやらを教わってたと……」
「その前です!」
「クレア、さんに師事して……」
「もっと!」
それより前になにか言っただろうか。
思わず姉に顔を向ければ、姉も分からないというように肩をすくめた。
「今……ユリウスと、そう言いましたよね?」
「あ、ああ」
何故か知らないが、クレアからの威圧がすごい。
ユリウス先輩が何だというのだろう?
「ユリウスって、あのユリウスですか?」
「……どのユリウスかは知らないが、この学院にユリウスと名のつく人は一人だ」
そう言えば、クレアは顔を真っ青にして、それから真っ赤にした。
これは、すごく怒っている。
僕は思わず身を引いた。
「ユリー、どういうこと!?
あなた、ユリウスだったの!」
「あ、はい……」
ど、どういう質問だ、それは?
と、ユリウス先輩はグシャグシャになっていた髪をようやく上げてみせた。
その顔を見た瞬間、クレアが崩れ落ちそうになる。
慌てて受け止めようとした先輩の手を、クレアは触るな! と払いのけた。
……あ。今初めて先輩と仲良くなれそうな気がして来た。
「ちょっと、どうなってんの!
初めて会った時は女の子みたいに小柄だったくせに!」
「そりゃあ、鍛えましたから」
「鍛えても身長はそんなに伸びないよ普通!」
確かに、先輩は背が高い。
しかし、これが女の子みたいってまるで想像ができないんだが。
僕がそんなのんきな感想を抱いている傍ら、クレアは怒りをあらわに叫んでいた。
「何で隠してたの?!」
「え、だって貴族とかだってバレたら、変に畏まられたりしそうで嫌だったから……」
「貴族かどうかなんて見れば分かるわ!」
「え、そうなんですか。じゃあなんで……ああ、貴族って分かっても名前は分からないですもんね」
あまりにキョトンとした顔で言った先輩に、クレアは頭を抱えてしまった。
……これは、あれか。
俗に言う修羅場ってやつか。
え? あれ、違う?
姉さん、どうする? と目線で問えば、姉はゆるゆると首を振った。
どうしようもない、と。
「あーもう、ヤンデレなんかに関わらないように清く正しく生きて来たはずなのに!」
……獣と戦うのが果たして、清く正しいかは置いといて。
僕はなんとか事態の収拾をしようと、ジルド先生に声をかける。
「先生、なんとかできないんですか?」
「なんとか、とは?」
「その、先生権限で抑え込むみたいな……」
先生は意味がわからないとばかりに首を傾げてみせた。
「何で、そんなことしなきゃいけないんですか?」
聞き返された!?
「いや、だって先生じゃないですか。騒ぎを収めたり、しなくていいんですか?」
「それでしたら、まずジョシュア君とユリウス君の私闘を止めていると思うのですけど」
「……ですね」
うん、全くもって正論だった。
それに、とジルド先生は続ける。
「クレア嬢がこの時間にここに来るようにしたのは、私ですし」
「は?」
「前々よりユリウス君の口からその名を聞いていたので、もしや、と思ったのですけど——当たってましたね」
先生は楽しそうに笑ってみせた。
そして、その間もクレアたちはゴタゴタともめているようだった。
「教師が、それでいいんですか……?」
ジルド先生は目をキュと細めて、ふふふ、と笑った。
「——何を言ってるんです?
教師の特権は、こうして生徒で堂々と遊べることじゃないですか」
姉も僕も、思わずサザッと後ずさる。
ああ……ようやく、姉がこの人を怖がるわけが分かった気がする。
クレアとユリウスのコンビは書いてて楽しいですねぇ。
誰かにだけ敬語っていう心酔感漂うキャラが結構好きですw
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