義弟と半径一メートルの件。
くっ…数分遅刻。
また目を覚ますと、日が高く昇っていた。
あれ今日休みだったっけ、なんて考えたけど、いやいやそんなはずもなかった。
つまるところ、
「……遅刻だー」
うう、無遅刻無欠席だったのに。
皆勤賞を逃してしまった……。
いや、この学院にそんなシステムがあるかは知らないけども。
「メリアーぜ様?」
ドアが小さく開いて、ひょこっと顔が覗く。
私は思わず、驚きに目を見開いた。
「え? なんでアリスちゃんいるの……?」
私の勘違いじゃなければ、あるいは学院が突然週休五日制にしたのでもなければ、今は授業の真っ最中のはずなんだけど。
「そんなことは置いと来まして、ですの。
朝食……いえ、もう昼食ですわね。
お持ちいたしましたわ」
「あ、ありがとう……」
ビックリしたけど、お腹が今にもなりそうだったから、ご飯が食べられるのはありがたい。
今度はジャガイモのポタージュとホットサンドのようだった。
もくもくと食べてみる。
やっぱり美味しいなぁ。
メニューがメニューなだけに、ご飯は早く済んだ。
そこでなんだか違和感を感じて、それから違和感の正体に気づいた。
「えっと……ジョシュアは?」
ジョシュアがいない。
隙あらば部屋にすら入って来るのに。
ジョシュアが起こしてくれないなんて、初めてだ。
それに、全然会えてない。
「それなのですけれど、メリアーゼ様。
ジョシュア様には、当分近づいてはなりませんわ」
「な、何で!?」
「え、ええと、その……」
よほど深刻なことなのだろうか、アリスちゃんは視線をフラフラと彷徨わせた。
それからハッとしたような顔で口を開く。
「あれですの、魔法開発をしていたのですけど、その時の魔法が今かけられておりまして……」
「何の魔法!?」
「え? そ、その……こ、心が、人の心が読めてしまいます魔法ですわ」
心が——読める?
ココロガ、ヨメル……?
ああ、あれだ。いわゆるサイコメトラー的なあれだ。
お前の考えは全てお見通しだ、っていうあの……。
そっかそっか、ジョシュア今人の心が読めるんだー……って。
「うえええええ!?」
そ、それはまずい。
ひじょーにまずい。
だって、私がジョシュア好きってバレちゃうじゃん!
「その魔法って、どのくらいの範囲まで読めるようになってるの?」
「た、たしか、その半径一メートルくらいでしたかと……」
地味に広い。
とりあえず、その中に入るとアウトな訳だし、警戒も兼ねて1.5mくらいは距離をとっておいた方がいいかもしれない。
うわああ、心は読まれたくないけど、それじゃあ、学院でだけじゃなく部屋でも一緒にいられないじゃないか!
「分かった……近づかないよー……」
声が沈んだのは仕方が無いと思う。
アリスちゃんはちょっと苦笑した。
「三日以内にはなんとかなりますでしょうから、一週間後には間に合いますわ」
「一週間後って、何かあったっけ?」
「いやですわ、メリアーゼ様。
交流夜会、パーティーがございます」
パーティー……。
一層気分が沈んだ気がする。
ジョシュアとじゃなきゃ、とてもじゃないけど踊れなさそうだ。
相手の足踏みそう。
いや、でも逆にジョシュアの手を握ったりするのも、恥ずかしい。
「ううう……」
「メリアーゼ様、その、お悩みのところ申し訳ないのですけれど、今日はもう授業は休まれますの?
まだ、幾つか残っていると思いますが」
「あ、行く!」
急いで布団から出ようとして、私は制服を来たまま寝てしまっていたことに気がついた。
シワシワだ……。
そのあと、予備の制服に着替えて、学院に向かったのは良いんだけど……。
「ふふ、遅刻ですねぇ、不良ですねぇ」
「ひっ!」
いやまさか、校門入って数秒でジルド先生に捕まるなんて。本当についてない。
「あ、アリスちゃん……!」
助けを求めてみるが、アリスちゃんもまたアリスちゃんのクラスの担任に連行されて行った。
ああ……。
「それにしても、丁度良いところに来ましたね。ちょっと、協力していただけませんか?」
「な、何をですか」
思わず身構える。
ふふ、とジルド先生は怪しく笑う。
こ、怖い。超怖い。
「君の弟とユリウス君の決闘の手助けを、していただけませんか?」
「……はい?」
何のことだ、と思ったけれど、ビクビクしながらついて行けば、ジョシュアたちが確かにいた。
ちょ、ジョシュアあれだけユリウス先輩には喧嘩を売るなと言ったのに……!
ジルド先生の言う手助けっていうのは、そのバトルのために結界を張ること、らしい。
しぶしぶ、一番適しているであろう結界をドーム型に張った。
ジルド先生がなんだか驚いたような顔をしていたけれど、何だろう。
それにしても、今日は本当に厄日だ。
結界の説明をしに行けば、ユリウス先輩がやたら寄ってくるし、ジョシュアがなんかすごいイライラしてるし。
普段なら近寄ってどうしたの?って聞いてあげたいところなのだけど、心は読ませられません!
ごめん、ジョシュア!
バトルはすごかった。
ジョシュアは、また勝ち方がスタイリッシュというか。
水の蛇はすごくかっこいいし、それを凍らせたのがまた彫像みたいで綺麗だった。
結界内がちょっとした展覧会みたいだ。
「やったね! ジョシュア!」
私が笑いかけると、ジョシュアが寄って来た。
わあ、来ちゃダメだって!
思わず腕をクロスにする。
「ちょ、ダメだってジョシュア! 近づいたら、心読めるんでしょ!?」
「……は?」
そう、ジョシュアが一瞬ぽかんとしたその時だった。
「待て、一年次の! もう一回だ!」
結界から飛び出して、ジョシュアに掴みかかろうとしたユリウス先輩が——
「うがっ!」
大きく投げ飛ばされた。
それをやったのはジョシュアじゃない。
もちろん私でも。
ここにいるはずのない、人。
「ふう、男のくせに、往生際が悪いです!」
見事な背負い投げを披露した女性は、パンパン、と手をはたいた。
「な、なんでクレアがここに……?」
そう、いたのは、今なら屋敷にいるはずの侍女、クレアだった。
しかし、私の声に反応したのは、何故かユリウス先輩だ。
地面に叩きつけられたままの格好でつぶやくように言った。
「クレアって……え? うそ、クレア師匠?」
それを聞いたクレアもパチリと瞬きで答えた。
「その呼び方は……もしかして、ユリーですか?」
え、ちょっと待て。
その……お二人は一体どういう関係で?
取り残された私とジョシュアは、一メートル越しに顔を見合わせた。
クレア再登場でした。
ユリウスとクレアの関係は?
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