義姉の寝る間に自己嫌悪する件。
「あれは、一体どういうことだ?」
「あれ、とは……?」
「あの姉さんのことだ」
アリスの不可視の空間を利用して僕らの部屋まで来た二人は、共同スペースの椅子に腰掛けていた。
「クロード、お前何か知ってるんだろう?」
「……まあ。遅かったみたいっすけど」
何がどう遅いのか、そして、それがどんな結末に繋がりかねないのか……。
聞きたいことは、あまりに多すぎた。
「姉じゃなかった、あれは……」
もっと未知で、不可解な、そして——。
僕とよく似ていた、何か。
「け、けれど確かにメリアーゼ様でしたわ!」
「ああ、だから、余計に分からないんだ」
教えてくれ、と僕が言うと、クロードは何と言っていいか分からない様子で、口を開いては閉じて、を繰り返した。
「ねえ、ジョシュアさんは……ヤンデレって、知ってるっすか?」
「……姉から、何度か聞いたことがある」
と言っても、意味までは教えてくれなかったが。
「なんと言うか、行き過ぎた愛の結果って言えばいいんすかね……。
独占したくてとかもっと歪んだ愛だとかで、その人を閉じ込めたり傷つけたり——殺したり。その人に近づく人を徹底的に害するっていうのもあるっすよ。
そういう、人としての性格というか、性質っていうか……」
何と無く、分かったような気がして、僕は頷いた。
僕やセシルや、或いはクロードが持っているような、性質。
「それがどうしたんだ?
それと、姉が……」
聞くまでもなく、答えを知っているような予感がした。
「メリアーゼさんもまた、ヤンデレなんすよ」
ああ、やっぱり。
僕にまず起こったのは、そんな感想。
何でそれが分かるのか、なんて、今更クロードに聞くまでもない。
僕のあの時抱いた感覚が、ただ裏打ちされただけだ。
姉が、僕と同じものを持っていた。
「その相手は、僕……?」
「ええ」
そうして思い出すのは、ぞっとするようなあの時の感覚。
そう、前に姉が転生者だと分かった時のような、あの漠然とした不安。
けれど、ジョシュくんと僕を呼んで笑った姉に、僕は——。
「ジョシュアさん?」
「あ、ああ、えっと……少し、混乱してるみたいだ」
「無理もないっすね」
そう言って、どこか励ますように笑うクロードに、僕は心中で首を振った。
違う。
本当は混乱なんかじゃなかった。
もっと、酷い感情だ。
「何が、メリアーゼ様を、そのヤンデレというのにしたのですの?」
黙っていたアリスが、ふと口を開いた。
そうだ、確かに原因があるはずだった。
そのソフィア先輩とやらに呼び出されたことか?
「ヤンデレにしたっていうか、ヤンデレになったっていうか……。
ともかく、その原因は恐らく、ペンダントだよ」
「ペンダントって、僕があげた、あの?」
「ええ、そうっすよ」
でも、それならあげた時に何かあっても良かったはずだ。
そう首を傾げれば、クロードは頭をガシガシとかいて続けた。
「一番いけなかったのは、メリアーゼさんのペンダントに魔力を込めたことっすよ」
「え?」
「魔力の入ったペンダント。
それが一つの鍵だと、達兄……えっと、その知り合いは言ってたっすから」
魔力を込めたのは、あのエドウィンという奴の幻術対策だ。
姉には悪いものを除けるとか言ったけれど。
エドウィンの幻術に対抗できる僕の魔力を使うことで、幻術の効果を弱めることができるはずだった。
ただ。姉をあの男から守ろうと思ったのに。
それが、いけなかった?
「ジョシュアさんも見たでしょ?
メリアーゼさんはずっとあの時ペンダントを握ってたっすよ。
詳しいことはまだ分からないっすけど、恐らくあのペンダントを握っていること。
それが一つの条件にはなってるように思うっす」
なら、起きた姉は普段通りに戻っているのか。
そう聞けば、クロードはゆるゆると首を振った。
「まだ、確定はできないっすよ」
「……姉は、どうなる?」
いつもの姉が戻ってきて欲しい。
そう思う心の隅に、別の心がまたあることに、僕は気づかないふりをした。
「それも、まだ。
第一、何があったのかの把握も不十分っすから。
俺たちが知っているのは、メリアーゼさんはソフィア先輩たちに連れ去られたこと、そして——その人たちが倒れていたこと」
「……訳がわからない」
「そうっすね」
姉には、攻撃魔法なんて使えない。
体術だって、得意とは言い難い。
そんな姉が人を三人も気絶させるなんて、可能なのだろうか。
いや、姉だって転生者な訳だし、なんらかの魔法を使った可能性はある。
しかし、頬の擦過傷以外に三人に外傷がないことは、アリスが確認している。
一体、どんな方法を使ったというのだろう?
「メリアーゼさんに聞いてみないことには、どうしようもなさそうっすね。
誰がアリス姉の妨害をしたのかも、確かめないといけないっすし」
「……」
黙ったままのアリスに視線をやれば、顔を伏せて、何かを考えているようだった。
「……全ては姉さんが目覚めてからってことか」
「そうっすね」
僕は、言いもしれない罪悪感を抱えていた。
あれは姉の姿をしていたけれど、姉ではなかった。
僕自身、それを理解している。
なのに——。
あの姉が僕を見た時。
そして、僕の名を呼んだ時。
その目には僕しか映っていなかった。
僕は確かに、そのことに満足するような、そんな気持ちになったのだ。
最悪だ、と自らを詰る。
姉が転生者だと分かった時、僕はそれを拒絶しようとしたというのに。
姉が自分だけを見てくれると言うなら、それを嬉しいとさえ思っている。
本当に、最悪だ。
……姉はまだ目覚めていない。
そのスミレ色の瞳が開く前に、僕はなんとか自分の中の、この感情の渦巻きをどうにかしたいと思った。
だだ自己嫌悪してますんで、少し暗かったでしょうか(^_^;)
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