義弟は渡さない件。
義弟は、私のだ。
怯えた先輩たちに、私は手をかざした。
「ひっ!」
「“防御”」
単純な防御魔法。
しかし、パクパクと口を開いて、先輩たちは一瞬で気を失った。
クタリと倒れ落ちたその傍らにたって、私はニッコリと笑いかける。
「どうして、防御魔法で気絶してしまったのか、分かりますか?」
聞こえていない相手に、私は種明かしをするように楽しげに話しかけた。
「それはね、」
「何? 僕にも教えてくれないか?」
「ッ!」
後ろから突然かけられた声に振り向けば——エドウィンさんの姿が目に入った。
その表情は、爽やかな笑みではない。
違和感を覚える。
「——どうしてここに?」
「たまたま、近くを通ったんだ……と言っても、今の君じゃ信じないだろうね。
ねぇ、そっちが君の本性なの?」
「本性も何も、私は私ですよ」
そう言えば、ふうんと面白そうに頷かれた。
私は自分で言った言葉を反芻していた。
私は、私。
そう、メリアーゼ・レオンハイト。
それが私なのだから。
「それで、教えてよ。どうやったの?」
「防御しただけですよ」
その形のいい眉が潜められる。
嘘をついたとでも思われたのか。心外だ。
「人が防御魔法で気絶するなんて、ありえない」
「私が何と唱えたのかも聞こえていたのでしょう?
防御、という単語一つだったことくらい、分かってますよね?」
「……」
防御魔法は、身を守る魔法だけど、魔法だけから身を守る魔法、ではない。
そこが一つのポイントだった。
では、何から守るか。
それはもちろん魔法でもいいし、物理的衝撃でも、或いは毒ガスやらでもいい。
つまり、守るものは魔法を使うものが無意識に判断し、そして対策している、というわけなのだ。
恐らく、多くの人は「自分を害するもの」としていることだろう。
けれど、それを意識的に、何か特定のものから身を守る魔法として使ってみたら、一体どんなことができるのか。
そう、例えば——酸素から身を守ったとしたら……?
人間は数秒間でも脳に酸素が回らなければ、一時的な酸欠を起こし、意識を失う。
さっきふと思いついたのだけど、簡単に上手くいった。
まあ——
「あなたに教える気は無いですけどね」
「ひどいなぁ」
怒った様子も機嫌を損ねた様子もなく、カラカラと笑う。
もとより、教えてもらえるとは思っていなかったようだ。
「はーぁ、残念だよ。
僕は、君と仲良くなったつもりだったのだけどなぁ……」
仲良くなった?
笑わせる。
「私が仲良く——いえ、知り合っているのは、エドウィンさんですよ?
エドウィンさんの姿をしたあなたではなく」
その目が見開かれた。
分かりやすい。
「何を言ってるんだい? 僕は……」
「精一杯演じているようですけど、エドウィンさんは『僕』とは言いませんよ」
私の言葉に、その男は——子供っぽさを残した笑みを浮かべていたその男は、あははと声をあげて笑った。
「今の君には、幻術も何も効かないのか。
それにしても、僕がエド……エドウィンじゃないって、よく分かったね」
別に誰でも分かりますよ、と言えば、そいつの口が笑みに歪む。
「いやいや、見破ったのは君が初めてさ」
「へぇ、世間には随分と鈍い方が多いんですね」
そう言えば、それ、普段の自分に言いなよと返された。
どういう意味だ。
「でも、本当に何でだろうね。
君も僕と似ているから?」
「似ている?」
「そうだよ!」
ああ愉快だ、とそいつは笑い続ける。
「君さ、その首飾りをずっと握ってるよね。しかも、あの弟の魔力入りのを。
それが君の鍵なの?」
「鍵って、何のですか」
「だから、君のさ」
言っている意味がわからない。
そんな私の心を見てとったように、そいつは眉を上げた。
「まあ、分からないならいいよ。
ふふっ、でも、ちょっと僕、君に個人的に興味が湧いちゃった」
「そうですか」
例えそうでも私は興味ないです、と言えば、さらに楽しそうに笑う。
「君って、一体何者なの?」
「だから言ったでしょう。私はメリアーゼ・レオンハイトであって、それ以外ではありません」
「ふうん、じゃあ普段の君は?」
一瞬、何故か言葉につまった。
「あれだって、私です」
「そう? 本当に?」
「……ええ」
何でそんなことを聞くのか。
訝しげに伺えば、男は何も言わないで笑っただけだった。
「君、面白いなぁ。
また、ちょこちょこ会おうよ。ああ、もちろんこっちの君と、ね?」
「……こっちも何も、ないですよ」
「ははっ、そういうことにしておくよ」
そういうこともなにも……。
否定しようとした私の口に、男はシィと指を寄せた。
「そろそろ時間切れだ。
君の王子様が来ちゃったよ」
「何を言って……」
「また会おうね、こっちのメリアーゼさん?」
額をとんと小突かれた瞬間、後ろでこつりと足音。
その方向を向けば、ジョシュアがいた。
ハッとして慌てて後ろを振り返ったが、男の姿はない。
逃げられてしまったか、と思う。
向き直ると、ジョシュアが不安に満ちた表情をしている。
ああ、心配させてしまっただろうか。
そんな、知らない人を見るような目で見ないで。私は……。
「大丈夫よ、ジョシュくん」
ジョシュアはビクンと、驚いたような顔をした。
どうしたのだろう。
なんで、あんな顔をするのだろう。
近づこうと踏み出した時——突然フッと力がが抜けた。
安心した、というより、何か私の中のものが落ち着いた、といった方がいいような、そんな感覚。
ガクリ、と膝から崩れ落ちた。
ペンダントから手が離れる。
ああ、なんだかさっきまでのことが夢だったかのように、記憶から薄れていく。
「ね、姉さん!?」
「メリアーゼ様! 大丈夫ですの!?」
ああ、アリスちゃんもいたのか。
その声を聞いたのを最後に——私は気を失った。
さらっと作中でメリアーゼが酸素を奪って…っていうのしてますけど、下手すると脳に障害が残るような行為ですので、えーっと…真似しないでください?
いや、そもそも真似できないんですけども。
はい、そしてエドウィンもどきwでした!
彼が一体なんなのか…はまたいずれ。
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