義姉が義姉じゃない件。
姉さんは姉さん……だよね?
僕たちはクロードと会うために、街に出ていた。
人が多い。
「アリス、ここで本当にあっているのか?」
「あってますわ。場所指定を先日受け取りましたから」
そうかと呟く。
しかし、この人混みの中で見つけることなんてできるのだろうか。
その時、コロリと足元にリンゴが転がってきた。
見れば、おばあさんが落としたものらしかった。
足が痛いのだろうか。
さすりながら、ああ、と転がって行くリンゴにオロオロしている。
いっぱいに入っていたのだろうリンゴは、紙袋からこぼれ出ているようだった。
「あ、あの。これ……」
「大丈夫ですの? お手伝いしましょうか?」
僕がそれを手渡そうとすれば、アリスがそんなことを言った。
僕も一緒にリンゴを拾い集める。
良かった。
少し土がついてしまってはいるが、幸運にも踏まれたりはしていないようだ。
「ありがとうねぇ。助かったわ」
「い、いえ……」
感謝されて、なんだかむず痒い。
いかにも老齢の優しそうな雰囲気のおばあさんは、頬をかく僕に、ふふふと柔らかく笑った。
それにしても、なんでこんなに多くのリンゴを持っているのだろう。
大きな紙袋を抱えたおばあさんはふらついていて危なっかしい。
手伝ってあげられればいいのだけど、今は……。
そう思っていたのに、
「お家はどちらですの? お運びいたしますわ」
「お、おい」
何を言ってるんだ、アリスは。
確かに大変そうではあるが、そんなことをしている場合じゃないだろう。
「大丈夫ですわ。
……さ、よろしければ」
「本当? 助かるわぁ」
いいのか、と僕がとがめるように睨めば、アリスはクスリと笑う。
アリスの考えていることが分からない。
一体、どういうつもりなんだろうか。
視線を向ければ、おばあさんと目が合う。
ありがとうねぇ、とこちらを向く瞳が一瞬……黄色に変わった。
「っ!」
まさか、まさか——!
驚きの顔のままアリスを向けば、驚かないよう言いましたのに、と唇が動く。
「私が人に親切にするのが、そんなに珍しいんですの?」
分かっているくせに、アリスはそんなふうに言って笑った。
ひと気のない裏路地に入ると、アリスはすぐさま、いつもの結界を張った。
「クロ君、お疲れ様ですわ」
「おつ……あー、あー、うん、お疲れー」
声が普段のものに戻っていく。
しかし、姿は以前優しそうなおばあさんのままで、余計に違和感がひどい。
「本当に、クロードなんだな」
「ん? びっくりしてたっすねー、ジョシュアさん。
いやぁ、こちらとしてはサプライズ成功みたいな感じで嬉しいんすけど」
「……」
一体、どうなっているのだろうか?
幻術?
いや、リンゴを渡す時に触れたその手は、確かに節くれだった老人のものだった。
「主様、随分と不思議そうな顔をされておりますわね」
「ああ。変装と言っていたが……どうしたらそんな……」
聞けば、クロードはふふん、と得意げに鼻を鳴らした。
「これは、俺の隠密の師匠が作り出した術なんすよ!
骨格やら細胞やらをいじって、体ごと変形してるっす!」
変形……。
僕の思い違いじゃなければ、それってもはや、変装って域じゃないよな?
「元は医療魔法で、骨の位置を正したりするものなんすけど、それを師匠が応用したって訳っす。
魔法としてはものすごく複雑で、その人と転生者である俺くらいしかできないんすよ!」
ただ、とクロードはおばあさんの姿で目を伏せた。
「……めちゃくちゃ痛いんすよねー、これが」
「ああ、そうだろうな……」
聞いただけでも痛そうだし。
なるほど、僕らがセレス邸を訪ねた時に服装だけの変装だったのは痛いからってわけか。
「んじゃ、アリス姉、ちょっと戻るからあっち向いてて」
「はい」
主様も、と後ろを向かされる。
ゴキッとかボキッとガギャリとか、明らかに人体からしてはいけない音がしているような……。
いや、聞こえてない。
僕は何も聞いてない。
「ふぅ……いいっすよー」
向き直れば、もとの姿に戻っていた。
服まで着替えていてちょっと驚いたが、やっと違和感が失せて、なんだかホッとした。
「いやぁ、ちょー痛かったっすよ!」
そう言ってニコニコ笑っているものだから、ちっともそんな感じはしないが、あの音からして相当……。
いや、思い出したくない。
「それで、クロ君。
メリアーゼ様のことで、伝えたいこととはなんですの?」
「ん、いや……二人とも、ここが俺の前いた世界ではゲームだったってことは知ってるでしょ?」
二人して頷く。
「これは、その、メリアーゼさんは知らないと思うんだけど、ゲームには元々、メリアーゼさんが病気で亡くならなかったルートがあって、もしかして、それが再現させれてしまうんじゃないかって……」
姉が、死ななかった場合。
つまり、今の状況と同じ。
「それは、一体どういう……」
「二人とも、大変ですわ!」
僕の質問は、アリスの声によって遮られた。
普段なら怒るところだけど、その声はあまりに切羽詰まっていた。
「メリアーゼ様の一切の信号が途絶えました!」
「なっ!」
どういうことだ、と詰め寄れば、わかりません、とアリスは泣きそうに首を振る。
「ソフィア先輩がやってきまして、そうしたら、突然……」
「誰だ、そいつは!?」
ソフィア先輩とやらが、原因なら僕は今すぐ行って姉を助けなければ!
「クロ君、話は後でにいたしましょう。
今は、メリアーゼ様を……」
「分かった。俺の方でも“捜索”をかけてみるね」
「お願いしますわ」
そして、ようやく姉を見つけた時、僕はそれが、姉ではないのではないかと思った。
倒れ伏す先輩たちの中、姉は——小さく笑っていたのだ。
近くで……クロードの「ああ、すでに遅かったか」という声が聞こえたが、そんなことはもうまるで耳からこぼれ落ちて行くように頭に入ってこない
姉が首飾りを離すその瞬間まで、僕はたったの一言すら話せなかった。
前話の後、メリアーゼのところでは何が起こったのか!?
……というのは次のお話で。
感想など、頂けると嬉しいです!




