義姉に幻術がかけられる件。
『達兄は、何でよりによってヤンデレの乙女ゲームなんて作ってるのさ?』
『えー、いいじゃないか、ヤンデレ。いや、乙女ゲームなのは上の指示なんだけどな』
『ヤンデレがいいとか……共感できないわー。え、ちなみに聞くけど、一番好きなのってどいつなわけ?』
『そうだな、一番は……』
前世の夢を見た。
目覚めたクロードは、何より早く一つの言葉を呟いていた。
「……アリス姉に、伝えなきゃ」
アリスと例の空間で向かい合いながら、僕はギュッと眉をしかめた。
「姉さんがおかしい」
「おかしいとは?」
なんと言っていいのか分からない。
ただ……。
「あの、エドウィンとかいう男。あいつに関わることになると、なんだか、変な感じがする」
「エドウィン……エドウィン・シュルツ侯爵子息ですね」
「ああ」
姉はあれでも、結構苦手な人も多いように思う。
実際、ジルド先生やあのユリウス先輩からは必死で距離をおこうとしてたし。
多分その基準は危害を与えそうな人ってことなのだろう、と僕は思ってきたのだけど……。
「あいつは姉さんを傷つけかねないことをしたっていうのに、姉さんはむしろあいつのことをいい奴のように話すんだよ」
「……単純に、惚れなさったのかもしれませんわよ?」
「ほ、惚れっ!?」
というのは冗談ですけれど、とアリスがすぐ言ったのでホッとした。
「あの方がどうにも変であることは確かですわよ。
あの方の印象を誰かに聞きますと、大抵はこう答えられますわ……爽やかで、感じのいい方だ、と」
「爽やか? どこがだ」
目つきも良くなければ表情だって暗くて、爽やかなんていう言葉からは程遠い。
僕がそう吐き捨てるように言えば、アリスは良かったですの、と胸をなでおろしたようだった。
「良かった? 何が?」
「いえ、主様にはちゃんと見えているのですのね」
「……どういう意味だ?」
アリスはサッと顔を引き締めた。
「あの方は、おそらく幻術や精神感応の類を使えます。メリアーゼ様も、それが効いてらっしゃるのかと」
「なっ!」
姉の、精神を操作しているというのか?
セシルの時と同じ、いや、それ以上の怒りが湧いてきた。
何のためにそんなことを?
姉に好かれるためか?
まやかしの術まで使って、姉を手に入れようとしていると?
僕から、姉を奪おうとしている?
そう考えると、自分でも表情が厳しくなるのが分かる。アリスの困ったような顔が目に映った。
「そう、怖い顔をなさらないでくださいませ。
メリアーゼ様は幸い魔力を多くお持ちですから、幻術などもたいした効き目はないかと思われますわ。あの方の魔力では、せいぜい印象を良くする程度でしょう」
「随分と、調べが早いな」
「もちろん、メリアーゼ様のご様子をうかがわせてもらっていたので……と言いたいところですけれど、向こうから接触がありまして」
「はっ!?」
なんでそれを早く言わない! と詰めよれば、聞かれませんでしたから、とアリスは笑ってみせた。
それがまた苛立ちを誘って、僕は我ながら珍しく舌打ちをした。
「……実は幻術にかけられているとか、言わないよな?」
「それこそまさかですわ! 私には、クロ君からもらった指輪がありますもの。
あの程度の幻術にかかるわけがございませんわ!」
アリスはその手をギュッと握って、顔の横でかざした。
「私の弟は、最強なんですの!」
「……」
なんだか、少しその言葉はまずくないかという気がしたけど……。
よく分からない。
僕が白けたような目で見ていると、アリスが焦ったようにこほんと咳払いをした。
「と、ともかくですのよ!
あの方、よりにもよって、私に『影の英雄』の娘だと話しかけてきたんですの!」
「影の英雄? 誰だ、それは」
「お父様に決まってるではありませんの!」
影の英雄が、あのセレス子爵……?
頭に浮かぶのは、真っ先に館を壊したあの姿だ。
それと、影の英雄というひっそりとした雰囲気がまるで一致しない。
「どこの、どのへんが影なんだ……?」
「それをお聞きにならないでくださいませ!
ああ、だから嫌なんですのよ。
功績の割りに出世できないのが、いつの間にか自ら恩賞を断っていることになっていて……」
始めてあった時から、情報がなんだと言っていたのは、この辺りのトラウマのせいもあるのかもしれない。
そう思わせるくらい、アリスは不快そうに眉を寄せた。
「まあ、それはもう良いのです。
魔法が効いたふりをするのは少々疲れましたけれど、やはりいくらかは情報を得られましたから」
「そうか」
隠密としては影ながら得たいところですけれどね、とアリスはわずかに苦笑した。
「それで、お前にまで接触してきた目的は分かったのか?」
「私から情報を探るつもりだったのか、それとも私の情報を得るつもりだったのか……前者でしょうね。
メリアーゼ様のことをやたら聞いてきましたし、それを不自然におもわぬようにと、魔法を使ってきましたから」
「姉さんの、ことを……」
ええ、とアリスはまた真剣な顔に戻って頷いた。
「誰かからの依頼か、本人の意思なのかは分かり兼ねますけれど、危険なことには変わりありませんわ。
刺激はしないように、けれど注意なさってくださいませ」
「……分かった」
刺激しないというのが難しいが、それで余計に姉を危ない目に合わせる訳にはいかない。
僕は渋々頷いた。
「それと、先ほどこんなものが届きましたの」
アリスが出したのは小さな紙切れだった。
「後都、真主伝有」と書かれている。
「これは?」
「クロ君からの手紙ですわ。『後日、王都で会おう。メリアーゼ様のことで伝えたいことがある』という意味ですの」
「そ、そうなのか」
言われてみれば分からなくもないが……。
いや、別に僕が読める必要はないし。
それにしても、伝えたいことって一体なんだろうか。
クロードは姉と同じ世界から来たものだ。
何か、まだ姉には秘密があるのだろうか。
「多分ですけれど、誰か分からないくらいの変装をしてくるでしょうから、驚かないでくださいね」
「前の侍女の姿ではなく、か?」
「あの程度、クロ君にしては軽すぎるくらいでしたわ。
おおよそ、誰も自分の姿を知らないからとそうしたのでしょうけれど——ここは王都です。
クロ君の姿を知るものもいるでしょうから、念入りにやってくるはずですわ」
いや、それならお前にも分からないんじゃないか、と聞くと、隠密は腰に手を当ててニヤリと笑った。
「私が、クロ君を見つけられないわけがないでしょう!」
アリスのセリフの元ネタがわかる方、ぜひ仲良くしてください(笑)
祝・50話!
飽きっぽい私がここまで書けましたのも、皆さまのおかげです!
ありがとうございます!
これからも、またよろしくお願いします!




