義姉の病気が治った件。
僕の姉は、面白すぎる。
花を持っていったあの日以来、姉の動きが面白い。
僕が気付いたって分かったのかな、姉はたまに優しくなった。
けれどそこで僕が笑うと、すごくすごく混乱した表情をする。
面白い。
特に面白いのは、頑張って嫌われようとしてる時。
その時に笑えば、ズザザッと後ずさる。
最初の頃は不思議でならなかったんだけど、慣れてくると楽しくなってきた。
最近は少しわざとだ。
後ずさる距離が長いと、なんだか勝った気がする。
……今度、記録とってみたいなぁ。
目測だと、最長で10メヌ(約20センチメートル)くらいだろうか。
そんな姉なんだけど——病人のはずがすごく元気だ。
死ぬような病気だと思っていただけに、元気なのが嬉しくもあり……怖くもある。
姉と一緒にいればいるほど、もし姉がいなくなったらと不安になるんだ。
次に部屋に行った時、姉が動かなくなっていたら?
話している途中に、倒れてしまうようなことがあったら?
……怖い。
ああ、なるほど。
姉は僕をこういう気持ちにしたくなくて嫌われようとしたのか。
でも、もう遅い。
僕は知ってしまっていたし、知らなかったとしても——嫌いになるようなことはなかっただろうけど。
僕は、姉の病気のことを何も知らないことに気づいた。
何の病気かも知らない。
知らないなら——聞いてみるしか、ないよね?
コツコツと、執務室のドアをノックする。
誰だと問う低い声がしたので、ジョシュアですと答えた。
入れと言われてドアを開ける。
部屋の中には、義父が一人いるだけだ。
部屋は本棚が壁沿いにぐるりと並び、数百の本が収められている。
机の上の書類の山は今にも崩れそうだった。
義父はちらりと僕を見ると、すぐに書類に視線を戻した。
僕に冷たいわけじゃない。
だが、特別肉親の情を感じるほど優しくされたわけじゃない。
叔母さま——と呼ぶと怒るので、エルゼ様と呼んでいる、姉の叔母に当たる人なんて、もはや僕に不干渉だった。
最初の頃のように何かをやってきたりもない。
もともと、みんな他人なんだ。別に、おかしなことじゃないと思う。
……やっぱり、僕の家族は姉だけだ。
「珍しいな、部屋に来るなど」
義父は書類に何か書きつけながらそう言った。
「ひとつ聞きたいことがありまして」
「ああ、なんだ」
顔を上げないまま、義父は返答した。
「あの、姉様は何の病気なんですか?」
「ん?」
ようやく、目があう。
視線には訝しがるような、不思議がる色があった。
「なんで急に」
「いえ、最近は元気なので、その、歩き回ったりしても大丈夫なのかって……」
「元気だと? 歩き回る? メリアーゼがか。……ありえない」
義父は首を振った。
幻想を打ち払うようでありながら、不安げにも見えた。
「分かってるのか。あの子の病気は、魔力過多だぞ?」
「え?」
——魔力過多?
魔力過多は魔法が使えない人がなる病気だ。
もちろん、魔法が使えなきゃ必ずなるというわけじゃなくて、なるのは魔力がすごく多いのに魔法が使えない人だけ。
年を取るほど悪化するから、確かにその病気なら今は歩き回れるはずはない。
でも、姉は魔法が使えるはずだ。
どうなってる?
「……ぃ、おい。聞いているのか」
「え? あ、はい。聞こえてます」
思考に意識を沈めて、ぼうっとしていたらしい。眉根を寄せた義父の顔が見えた。
義父は知らないのか?
姉が魔法を使えることを。
……姉のことを知ろうともしてない、のか?
言おうかと逡巡していると、義父は黙ってその姉とは違う、深い青の目を書類に戻した。
もう質問は終わっただろうとその姿は言っていた。
……言わない。言えない。
この人は、僕どころか——実の娘にも興味がないのかもしれない。
「失礼、しました」
僕はそのあと数日間、図書室の本を漁った。
魔力過多にまつわる本は少ない。
魔法を使える人がなった事例は無く、そして治った事例もない、はずだった。
しかしその数日後、僕はそんな常識を裏返す、この上ない吉報を得た。
「姉様、病気治ったって⁉︎」
思わずノックもせずに部屋に飛び込む。
姉は目をまんまるにして、驚いた顔をした。
「ねぇ、本当なの、姉様!」
「え、ええ……」
ぱぁあっ、と顔が綻ぶのが分かった。
いつものごとく姉が後ずさるけど、気にしない。
むしろ僕は笑顔を姉に寄せる。
「良かった、良かったね、姉様!」
「え、あ、はい、その良かった……ですね?」
なんで敬語? 疑問形?
と思わなくもなかったけど、そんなことが気にならないほど嬉しい。
「じゃあ、死なないんだね……いなくならないんだね、姉様」
「え? ええ」
僕が呟くようにいえば、姉は困ったようにこっちを見た。
すみれ色の瞳がこちらを伺うような色を帯びている。
僕がその目を見つめようとすれば、さっと逸らされる。
目を合わせてはくれないんだよね、いつも。
苦笑するけど、それはやっぱり嬉しさからきた笑みだった。
頭の冷静な部分は、何故だとか、そもそも魔力過多じゃなかったんじゃないかと言ってたけど、そんなのもどうでもよかった。
「姉様、じゃあこれからも、僕のこと……」
あれ、何を言おうと思ったのだろうか。
自分でも分からなくなった。
黙っていると、姉の顔が引きつる。
「い、いじめないから! 罵らないからね!」
「うん?」
いじめない? 罵らない?
何の話だろうか。
ともかく……。
「仲良くしてね、姉様!」
「え、あ、うん……」
よく分からないけど、こういう時に顔が青くなるのが不思議でならない。
じーっと見つめれば、面白いほどに目が泳いだ。
うん、やっぱりいいなぁ。
ニコニコと頬が緩む。
死なないんだ。
姉は、もう死なない……ああ、良かった。
ギュと抱きしめたいようなこんな感じが、家族愛なのかな。
ちょっと執着?を見せたジョシュア。
まあもともとヤンデレの素質はあるので←
ちなみに、義父のことは誤解です。
義父は別に冷たい人じゃないのです。
感想等、お待ちしています。
追記・一部変更しました。