義姉と夏を明かす件。
姉の存在は——。
夏は案外早く過ぎ去った。
瞬く間、というほどではないけれども、微睡む間ぐらいには。
もうすぐ新学期だ。
それぞれの学部に進む時期。
だけれど、それだけじゃない。
王都にまた戻るのだ。
姉にとって危険なあの場所に。
恐ろしい、あの男のいる場所に。
……絶対に、守る。
そう拳を握りしめた僕の部屋に、いきなり入ってきたのは——
「ジョシュアどうしよう! 宿題が終わらない!」
今にも泣きそうな姉だった。
「……は?」
泣きそうな顔がまた愛らしくて、なんとかしてあげたいという気持ちと、泣かせたいという気持ちが入り混じる。
それこそ、もっとぐちゃぐちゃに——。
って、僕は何を考えてるんだろう。
姉を悲しませるようなことはしないと決めたのに。
「宿題って、夏期休暇の課題のこと?」
「そう!」
夏期休暇の課題は、確かに出ていた。
二十枚組のプリント冊子が四冊ほど。
休み明けにあるというテストの予習用らしいけど……。
「え、なんで姉さん終わってないの?」
「……あれ、私がおかしい?」
だってあれくらいなら2日あれば終わるよ? と僕が言えば姉はなんだか憮然とした顔になった。
「おかしいのは私じゃなくて、絶対ジョシュアだ」
え、おかしいとか言われるまでなのか、僕?
「え、でも課題なんて最初のうちに終わらせとけば、こんな後になって苦労しなくていいわけだし……」
「ちょ、ジョシュア、全国の学生を敵に回したよ!」
「えええ……」
姉の言うことは時々、いや、いつもよく分からない。
でも、僕のところに来たってことは……。
「お、教えてあげよう、か?」
「本当!?」
それを期待してきたんだろう、と思いながら、やっぱりそうしてしまう僕は甘い。
このままじゃあ、姉が何もできない人になるかもしれない。
まあ、それなら願ったり叶ったりというやつだ。
僕がいなければダメな人になればいい。
僕にもっと依存して、僕から離れなくなればいいのだ。
「……ジョシュア?」
「え、あ、ごめん。それで、何が残ってるの?」
ああ、またやってしまった。
姉のことを考えてると、つい、ぼうっとしてしまうけど、それを姉の前でやってちゃ意味がない。
姉ははにかむような笑みを浮かべた。
思わずドキッとしたけれど、指を折って数えているのを見て、嫌な予感がする。
「数学と、国語と……」
「うん」
「歴史と、魔法学?」
「……全部ってこと?」
「え、えへ」
姉は困ったように笑った。
そんな顔しても駄目だよって言えたらいいのだけど、もう、可愛すぎて何も言えない。
ああもう、卑怯だなぁ。
「——じゃあ、何からやる?」
「歴史、かな。前に教えてもらったのがいくらか残ってるから……。補足でちょっと教えてもらえれば、なんとかできると思う」
「そっか」
本当は今日は姉に乗馬をちゃんと教えて、なんとか乗れるようにしてあげる予定だったんだけど……もういいよね。
姉の自業自得だし、ずっと、僕が乗せてあげればいいのだから。
それと姉さん、プリントの半分以上を教えるのは、補足とかちょっとっていえる量じゃないと思うんだけど?
なんとか課題が終わったのは、屋敷を出る前の最後の晩だった。
「や、やっと終わったー!」
「お疲れ様」
「ふぅ、ジョシュア、本当にありがとうね!」
「どういたしまして。良かったね、こっちにいるうちに終わって」
本当にね、と姉は笑った。
少し表情に疲れが滲んでいるように見えるけれど、大丈夫だろうか。
「姉さん、それしまったら、もう寝た方がいいんじゃないか? 明日も早いし」
「そうだね。でも、疲れたー。
動きたくないなぁ……」
「僕が運んであげようか?」
にっこり笑ってみると、姉はパチパチとまばたいた。
「へ?」
「え、だからこうやって運ぼうかって……」
両手で示すと、たちまち姉の顔が赤くなる。
「お、お姫様抱っこ!? おんぶとかでもなく?」
「え、これお姫様抱っこっていうの? いや、まあ別になんでもいいけど」
「よくないよ! そして結構です! じ、自分で帰れるよ!」
「そう?」
残念だなぁ。
遠慮することないのに。
さて、そうして学院に戻る馬車の中——僕たちはただ言葉を発せられないでいた。
あんなことになるとは……。
姉が沈痛な面持ちで口を開いた。
「まさか、お父様が男泣きするなんてね……」
「うん……」
さすがと言うべきは、それでも崩れない格好良さかもしれないけど、最近涙で送られすぎてウルリとも来なかった。
いや、我ながら薄情だとも思うけどさ。
「でも、あんまりにも、その、今生の別れとも言わんばかりに泣くから……!」
姉は少し笑った。僕もつられて苦笑する。
だって渋い雰囲気すらある大人の男が、子供と一学期間離れるだけで男泣きって……。
正直、父はたとえ今生の別れであろうとなくような人だとは思ってなかったから、余計におかしかった。
人間、よく関わってみないと分からない。
嬉しい思いは大きいが、ただ使用人たちが生暖かい目で見てくるのは、なんというか、かなり恥ずかしかったな……。
「そんな親バカなのに、本当に竜とか退治したのかな、お父様?」
「さあ? 魔法はすごいらしいけどね」
まだまだ分からないことだらけ、みたいだけど。
というか、一番分からないのは……。
「ん? ジョシュア、どうかした?」
「いや、なんでもないよ」
微笑めば、そう? と姉は納得したようなしていないような顔で首を傾げた。
姉は、誰より読めない。
姉が関わるだけで、全て予測も計画も狂う気さえする。
それが、僕が姉を好きだからっていう、ただそれだけの理由だったらいいのだけど……。
新学期に向けて希望に満ちている姉の横で、僕は少し、言いようもない不安に襲われていた。
というわけで、夏休みが終わりましたw
実際の季節が春なだけに、変な感じですね(^_^;)
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