義弟への気持ちに気づいた件。
義弟には、言わない。
愛しいものを見つめるように、深緑の瞳が細まる。
「姉さん、好きだよ。愛してる。
……姉さんは?」
「私……」
答えるよりも早く、ジョシュアの顔が近づいてきた。
そして、私の唇とジョシュアのそれが重なっ——
「ぶぅううわぁあああ!」
勢いよく掛布団をはねのけた。
ゆ、夢か。なんだ……。
って、な、なんと、なんという夢を見てるんだ、私。
顔が熱い。
その熱さをどうしていいか分からなくて、思わず枕をバンバンとベッドに叩きつけた。
声を聞きつけたのか、廊下でパタパタと足音がする。
「お嬢様、大丈夫ですか?!」
「だ、大丈夫! ちょっと驚いただけだから!」
「じゃあ、埃たつので枕を振り回すのやめてください!」
「またそれ!? 今そんな場合じゃないの!」
そ、そもそもだ。
昨日、ジョシュアが私にあんなことしてくるからいけないんだ。
あんなこと……。
「う、うわああああ!」
そうだよ!
なんでいきなり、き、キスなんてしてきたんだろう。
酔うとキス魔って知ってるけど、酔ってないって言ってたし……。
あれ、でも酔ってる人って「酔ってない!」って言うよね?
じゃあ、そっか、酔ってたのかジョシュア!
なるほど、それであんなことしたのか!
そうに違いない!
だけど……そうなると問題は私だ。
私、その、キス、をされた時——ときめいちゃった、んだよね。
「ふぅうううう!」
ダメだろ、私!
義理でも、弟なのに!
でも、見た目はどストライクだし、声だってイケボだし、ドキドキしたって仕方なくない? ……仕方ないよね?
しかも最後に、あ、愛してる、とか。
「うにゃああああ!」
ああもう、訳分からない。
実は夢だったりする? 白昼夢?
というかなんだ。
ジョシュア、軽々しくあんなことしちゃいけないと思う!
あんなこと言うのも、ご、誤解しちゃうぞ!
あ、愛してるだなんて、家族愛のくせに!
わ、悪い男だ! 私の弟が悪い男になろうとしている!
なんとかしなきゃ!
でも、今顔合わせられるだろうか。
またジョシュアの唇の感触が——
「ひゃあああああ!」
「……本当に大丈夫ですか?」
まだ残っていたらしいクレアの声が聞こえる。
「だ、大丈夫……」
「はい、じゃあ開けますよー?」
「それは無理!」
「何でですかー!?」
顔の熱がおさまってクレアを部屋に入れられるようになるまで、しばらくかかった。
服を着替えながら、ふと思う。
あの夢の中の私は、一体なんと言うつもりだったんだろう。
『私……』とだけ言っていた。
「私も」とか? まさか!
……まさか、ね。
階段を降りて、食間へ行く。
父がいたけれど、ジョシュアは見当たらない。
ちょっとホッとする。
今は顔を合わせづらい。
「おはよう。遅かったな」
「えっと、その、ね、寝坊しまして……」
「では、あれは寝言だったのか。随分大きな声だったように思うが」
聞こえていたらしい。
かああ、と顔が赤くなるのが分かる。
「あ、あれは……」
「あ、姉さんおはよう」
後ろから、ストンと重みが加わる。
振り返らなくても分かった。
今、最も見たくない顔が、最も近くにある。
「お、おはよう……」
「久しぶりの我が家だし、よく寝れたでしょ?」
「えっと、ああ、うん……」
残念ながらよく寝れたも何も、ゴロゴロしているうちに意識を失っていただけなんだけど。
そう、おもにあなたのせいで。
「その、ジョシュア?」
「何?」
「うひゃあ!」
み、耳元で囁くのやめてくれないかな!?
そして、後ろからもたれて来るのもやめて欲しい。
ドキドキっていうか、ゾワゾワするんだけど!
バタバタしてみるけど、思いのほか強い力で逃げられない。
く、くそう。
「姉さんって、ここの付近すらあんまり出かけたことないでしょう?
どこか行かない?」
「ど、どこかって……」
「どこでもいいよ」
耳にフッと息がかかる度に、痺れのようなものが背筋を這い上がる。
「それとも、家の中で何かしたい?」
「な、何か?」
「……それを聞くの?」
なんだそれ、なんだそれ!
私の誤解じゃなければ、ヤバい風に聞こえるんだけど!
姉に変な期待させないでってば!
期待? いやいや、期待って、その、別にそう言うのじゃなくて!
「……あ」
でもそこで、一つずっとお願いしたかったことを思い出した。
まるで懺悔みたいな、そんなことなんだけど。
「あ、あのねジョシュア……」
「何?」
近い近い近い。
顔は近づけなくてもいいと思うんだ。
「その、ガトーショコラが、食べたい。ジョシュア……作って?」
ジョシュアは離れて、不意に私の顔を覗き込んだ。背中が急に寒くなる。
ジョシュアはキョトンとしたような、びっくりしたような顔をしていた。
それから、にっこりと笑う。
「久しぶりの、ワガママだね」
うん、と頷いた。
ドキドキが消えたわけじゃないけど、この感情は、ジョシュアが向けてくれているものとはきっと違う。
家族愛なんかじゃなくて、もっと……。
隠さなきゃ。
ジョシュアには絶対に知られちゃいけない。
だって、家族だから。
絶対に……隠し続ける。
私はまた早くなった心臓に手を当てて、密かに決意した。
そんな私達を見ていた父が一言。
「二人とも、仲がいいな……」
なんですかお父様、嫉妬ですか。
朝食の後、ジョシュアは早速厨房を借りてガトーショコラを作っている。
出来次第、部屋に持って来てくれるそうだ。
コンコン、とノックされる。
あ、来た!
「どうぞ!」
ドアが開く。
お待たせ、とジョシュアの微笑んだ顔にまた高鳴りそうになる胸を抑える。
落ち着け、落ち着けーとトントンと叩いた。
「どうしたの?」
「……いや、なんでもないよ。食べていい?」
「うん、もちろん」
ありがとうと言って受け取った。
すごい、お店のみたいだ。
というか、高級レストランとかのデザートって感じ?
苺のものらしいソースも回しがけられていて、見た目も華やかだ。
前にもらった時よりもずっとグレードアップしてる気がする……。
うう、こんなとこまでハイスペックか。
小さく切って、ソースを絡めて、口に入れる。
「ん! 美味しい!」
「本当? 嬉しいな」
その笑みに、私は、なんだか申し訳なくなった。
もしも、あの時もこうやって言ってあげてたらなぁ、って思う。
嫌われようとしていたあの日々はもうとうに過去のもので、やり直すことなんてできないけど……。
そしたら、こんな風に笑ってくれたんだろうかと思うと、ああバカなことしたと後悔の気持ちが湧いてきた。
「……ごめんね」
「何が? 作るのは好きだから、謝るようなことじゃないよ?」
「そうじゃないけど……うん。ありがとう」
言わないよ、ジョシュア。
私も、なんて、言わないよ。
離れないでって、言ったでしょ?
うん、離れないよ。
私もそばにいたいから。
ずっと家族のまま、そばにいてあげるから——
「どうかしたの? 姉さん」
「なんでもないよって、ひゃあっ!」
耳に息吹きかけるのやめてってば!
はい、両片思いの始まりですw
下手にメリアーゼに自覚させてしまったせいで、むしろ無理ゲー化した予感(笑)
感想など、頂けると嬉しいです!




