義姉を落とすと決めた件。
短め。
ジョシュア、覚醒?
姉さん、僕は、姉さんのこと——。
「何をそんなに怖がってるの?」
姉は確かにそう言った。
怖がってる? 僕が? 何を?
さっきまであんなに強かった瞳は、今やひどく落ち着いていて、僕の方がずっと動揺していた。
「僕は、怖がってる……?」
「うん、そう。分かるよ、姉だから」
姉だから、なんて。
僕の気持ちをまるで分かってないくせによく言う。
けれど、その言葉は僕の中にストンと落ちた。
そうか、僕は怖いんだ。
セレス子爵は、運命から逃げるなと言った。
僕は逃げないと決めた。
背負うと決めた。
守ると決めた。
でも僕に、そんなことできるのか?
運命だなんて、目に見えないものの重みに苦しみながら、姉を守りあの国も救える?
絶対に簡単なことじゃないだろう。
苦痛と苦難に満ちているだろう。
なんで僕なんだ?
一体僕に、何があるっていうんだ。
血筋? 魔力?
頭が良かろうと踊りが剣が出来たって。
僕には、もっと根本的に何かがない。
城から逃げたあの日から。
森に駆け込んだあの時から。
孤児院でのあの日々を越えて——僕は、何もかも失った。大切な何かさえ、失ってしまった。
けれど、僕には姉を得た。家族を得た。
姉だけが僕の頼りで、僕の柱。
本当は、地位だって国だっていらない。
姉がいればそれでいい。
クロードは僕の世界の中心は姉だと言ったけど、むしろ姉が僕の世界の全てだ。
だからこそ、姉を守るための力が要る。
地位が要る。国が要る。
姉を守る、そのためなら、たとえどんな運命だろうと背負うと決めたはずなのに。
「ジョシュア?」
こんな体勢でも、姉はまるで狼狽える様子もない。
いかに姉が僕のことを意識してないのかを見せられているようで、胸が痛む。
そう、僕には、姉しかいない。
姉しかいないのだ。
姉がいなければ、僕はきっと、何もできなくなってしまう。
何もかも、また失ってしまう。
嫌だ!
姉はどうして分からないんだ。
何度も、僕は言ったはずだ。聞いたはずだ。
僕のそばからいなくならないでって。
いなくなったりしないよねって。
それでも、まだ離れようとするのか。
なら。
僕の中で、黒い焔が燃える。
ならもういっそ、その身を繋いでしまおうか。
逃げられないように、離れてしまわないように。
鎖をつけて、桎梏をつけて。
誰にも知られないところに閉じ込め——
「ジョシュア」
僕は、ハッとした。
「私でいいなら、話でもなんでも、聞いてあげるよ」
姉は優しく微笑んでいた。
僕を心配して、少しでも力になろうと、そんな。
……ああ、ダメだ。
僕がたとえその体を繋ぎとめたとしても、その時はきっと、姉の心を失ってしまう。
それじゃあ意味がない。
僕は、姉の全てが欲しい。
それなのに、なんで、こんなにも思い通りにならないんだろう。
……僕はなんでこんなにも姉のことが好きなのだろう。
恋は理由でも理屈でもないと言ったのはだけだったか。
愛にだって、理由も理屈もないじゃないか。
「姉さん——」
「なぁに?」
姉はただ、柔らかく笑っていた。
言ってしまおうか。
愛してるって言ってしまおうか。
言って、抱きしめてしまおうか。
「姉さん……お願いだから、僕から離れるなんて言わないで」
「でも、それじゃいつまでたっても、他の人と仲良くなれないよ?」
「ならなくていいよ。ねぇ、さっきからそう言ってるでしょ」
姉は困ったように眉を下げる。
そんな顔しないで。
困らせたいんじゃない。
「お願い、姉さん。
僕には姉さんしかいないんだ」
「……何言ってるの? お父様だって、アリスちゃん達だって——」
「違うんだよ。姉さんと他の誰かとでは、全然違う」
分かってよ、姉さん。
僕はそう言って口の端を上げた。
不恰好な笑み。不器用な笑み。
姉は、僕の腕の檻に閉じ込められて、わずかに身じろぐ。
それが逃げようとしているように見えて、僕は一層姉に覆いかぶさる。
姉が完全に僕の影に隠れた。
そのスミレ色の瞳には、僕しか写っていない。
……ずっと、そうであればいいのに。
やっぱり、抱きしめてしまいたい。
いつまでもこの腕の中で、けして逃がさないように。
そのためには、まず——。
僕はゆっくりと姉に顔を近づけた。
瞳が大きく見開かれる。
全部、僕のものになってよ、姉さん。
心も全て。
姉の唇を、そっとふさぐ。
ちゅっ、と軽い音。
パーティの時以来の、その感触。
ああ、愛しい。
姉は笑みを固めて、呆然と僕を見ていた。
「え、なに……」
僕は、自然に頬が緩むのを感じた。
やっと姉を動揺させられた。
「じ、ジョシュア、もしかして、また酔って——」
「酔ってなんかないよ」
あの日だって、酔ってなんかなかった。
もう、嘘はつかない。
「酔ってなんか、いないからね」
これはもっと純粋で、そして不純で穢れきった感情。
愛だ。
固まった姉の上からどいて、そっとドアの方へと向かう。
姉は、未だ起き上がることもできないようだった。
ドアを開けるその瞬間、僕は、小さな声で——姉に聞こえるかどうか分からないほど小さな声で言う。
「姉さん……愛してる」
ドアが閉まって、ベッドの上の姉の姿がその向こうへと消えた。
さあ、姉さん。
存分に愛してあげる。
落ちて堕ちて、僕に溺れればいい。
だから——覚悟していて。
甘いの書こうと思ってたのですけど、べっこう飴が焦げちゃったみたいになりました。あ、あれ?
覚醒ジョシュアはヘタレが抜けますねー。
まあ、現状、
弟→姉を全力で落としにかかってる。
姉→すでに落ちてる?(自覚無し)
……もう勝敗決まってるんですけど。
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