義弟が理解不能な件。
今度は長い。
前回の騒動の解決編です。
メリアーゼとクロードの視点で進みます。
「私の前世での名前は、吉沢 悠里って言って……普通の一般家庭に生まれた普通の子供だったよ」
なんか、こうやって話すのは変な感じがする。
今の私は吉沢 悠里である以前にメリアーゼ・レオンハイトなのだけど、どうにもあらためて自己紹介させられてる気分だ。
そして、私は今からこの世界が誰かの空想かもしれないという、突飛な事実をアリスちゃんに伝えなきゃいけないわけだ。
ゴクリと唾を飲み込む。
な、なんて言えばいいんだろう?
口をつぐんだ私にアリスちゃんが聞いてきた。
「普通の一般家庭というのは、貴族ではない、ということでしょうか?」
「うん。というか、貴族なんていないんだよ日本には。まあ、お金持ちとかそういうのはもちろんあるけどね」
「それでは、誰が政治を行うのです?」
「えっ?」
あー、そうか。この世界では政治を行うのは貴族なのか。
「えっと、選挙で選ばれた政治家が」
「選挙とは何ですの? 政治家とは?」
「うっ、それは……」
なんだろうか、私アリスちゃんの好奇心スイッチでも入れてしまったんだろうか。
なんにせよ、この質問ラッシュに答えられるほど私頭よくないし。
「ご、ごめん、それはまた今度まとめるから! その、今は別に話さなきゃいけないことがあって。
実は、この世界は——」
「メリアーゼ様の前にいらっしゃった世界の空想のもの、ということでしたら聞き及んでおりますわよ?」
「ゲームの……ってあれぇ!? それは知ってるの!?」
「ええ」
え、じゃあ何?
さっきまで悩んでた私は無駄だったのか?
マジかー……。
「先ほどは私も質問責めしてしまいまして、すみませんでした。私が真に聞きたいことは一つですわ」
「な、何?」
そんな風に言われると余計に緊張する。
アリスちゃんはその可愛い顔を引き締めて聞いた。
「あなた様は、メリアーゼ様、なのですよね?」
「どういう、意味? ……記憶があるから、違う人間なんじゃないかってこと?」
ひどく真剣な表情で、アリスちゃんは頷いた。
ふっ、と私の口から笑うような吐息が漏れた。
アリスちゃん、と私は言う。
「私は私だよ。行動が変わったとしても人間はそう変わらない。
この世界に生まれてから、私はメリアーゼ・レオンハイト。吉沢 悠里じゃなくてね。
記憶があろうとなかろうと、メリアーゼ・レオンハイト以外のものに、なる気はないよ」
私がはっきりとそう言えば、アリスちゃんはホッとしたようににっこりと笑った。
「その言葉が、お聞きしたかったのですわ」
×××
メリアーゼと別れたアリス姉は、俺のいるところに戻ってきた。
「クロ君、どうでした? 私、すごく上手にメリアーゼ様のお言葉を引き出したと——あれ? クロ君、主様はどうされたのですか?」
やばいなぁと思う。
誤魔化すように笑った。
「……ごっめーん、アリス姉。ジョシュアさん、メリアーゼさんが前世の名前言っただけで逃げちゃった」
「逃げた!? クロ君、逃がしたのですか!?」
「だってレンデヤ学院史上一の魔力保有者だよ? 捕縛系も拘束系も全部無効化されちゃったって」
む、とアリス姉は不機嫌そうに眉根を寄せたけど、こればっかりは俺のせいじゃない……と思いたい。
「折角、メリアーゼ様のお言葉が聞けましたのに……」
「うん、流石だったよアリス姉。大丈夫、録音しといたから」
「っ! クロ君、さすが私の弟ですわ!」
どんとぶつかるように抱きしめてきたアリス姉を受け止めて、えへへと頬をかく。
やっぱちょっと照れるなぁ、こういうの。
顔が赤くなっているのに気づかれないように必死で話をそらした。
「そ、それにしても……ジョシュアさんは、何がそんなに怖いんだろう? 姉が変わっちゃうこと?」
「それは、多分、そうなのでしょうけれど。それ以上に自分が揺らいでしまうのが、怖いのだと思いますわ」
自分が、揺らぐ?
聞き返すようにそう問えば、アリス姉はこくりと頷いた。
「あの方は、あれだけメリアーゼ様のことは話すのに、自分の素性や行動について、殆ど話しませんのよ。もちろん、触れられたくないというのもあるのかもしれませんけれど……」
「それだけじゃなさそうだって、そう思うわけか」
また頷く。
アリス姉はこういうとこ、結構カンが鋭かったりするからな。
「それだけ、ジョシュアさんの中でのメリアーゼさんの存在が大きすぎるってことなのか」
「そう、でしょうね」
アリス姉があまりに悩んだ表情だから、俺は思わずその頭をぐじゃぐしゃと撫でた。
「ふぅん、でも、前世の記憶を持つ俺でも、自分が揺らぐことなんてあんまり恐れないのに。——ジョシュアさんの過去には、一体何があったんだろうね?」
「……分かりませんの」
アリス姉はゆるゆると首を振る。
「アリス姉、いいこと教えてあげる。本物のメリアーゼ・レオンハイトは、弟に嫌われようなんてしないんだよ」
「それは、一体……」
「つまり、ジョシュアさんが知っているメリアーゼさんは、前世の記憶のあるメリアーゼさんだったってことだ」
アリス姉は顔を明るくした。
「それでは全て主様の杞憂ですのね! メリアーゼ様は、主様が好きになったメリアーゼ様のまま——」
「いいや、それは違う」
「人間は変わるよ。メリアーゼさんも変わるし、ジョシュアさんも変わっていく。
でも、それは決して悪いことばかりじゃないってことを……ジョシュアさんは知らなきゃならない」
×××
「姉さんは一体誰なの?」
「えっ」
待て待て、まず状況を整理しておこう。
あの後アリスちゃんが部屋をでて、入れ違いのように部屋にやってきたジョシュアが開口一番この質問。
うん、よしよし。
というか、今日はこんなような質問ばっかりな気がする。流行ってるのか?なんて。
「私は、メリアーゼ・レオンハイトで、ジョシュアの姉でしょう?」
「うん。そうだよね。——じゃあ、ヨシザワユウリって誰?」
「な、なんでそれを知って……!」
「答えて、姉さん!!」
ジョシュアには鬼気迫るような雰囲気があった。
「吉沢 悠里は前世の私だけど……」
「いつ、そのことを思い出したの?」
「え? えっと、ジョシュアに初めて会った時」
ジョシュアの肩がピクンとはねて、その表情が少し和らいだ。
「じゃあ、姉さんは、僕があった姉さんは、ずっと同じ?」
「同じって、どういうこと? あの時の私と今の私がまったく一緒かっていうことなら、それは違うわ」
ジョシュアの顔がさっと青ざめた。
え、という言葉も出ないほど驚く。
「い、嫌だ。嫌だいやだいやだいやだ、やだ!」
耳を覆って、ジョシュアは叫んだ。
急な変化に、私は驚いてただ手をウロウロと彷徨わせた。
「ねぇ、ジョシュア聞いて」
「嫌だ嫌だ嫌だ! 姉さんだって叔父上みたく」
「聞いて!」
叔父上というのが誰かは分からない。
どうしてこんなにジョシュアが怯えているのかも。
それでも、こんなジョシュアを放っておけるはずがない。
「私は変わるよ、そりゃあ。生きてるんだもん。
でも、ジョシュアのことはずっと好きでいるって、ほら、馬車で話したでしょう? ずっといるって。
——やくそく、したでしょう?」
私がそう言えば、
「本当に?」
ジョシュアがうかがうように上目で見つめてくる。
「うん。だって、私たち家族だから」
「……家族……」
家族と言った時、胸に奔った奇妙な感覚は無視することにする。
そうした方がいい気がしたから。
ジョシュアは何度か、家族、と繰り返して、じゃあ、と口を開いた。
「姉さんはどこにも行かないんだよね?」
「う、うん」
「じゃあ、どこかに嫁いだりもしないよね?」
「うん?」
え、なんで急にそんな話?
私、結婚願望ないわけでもないし、すると思うんだけど……?
私が首を傾げれば、ジョシュアは少し不貞腐れたように口をとがらせる。
「……だってアリスが、そのうち姉さんが家のために何処かに嫁がさせられるぞって……」
「うん」
「僕、それは嫌だから……」
だからそれがなんでか聞きたいんだけど、何故か顔真っ赤にしてるもんだから聞き辛い。
照れるとこなのか? ここ照れるとこなのか?
うーん、家のために嫁ぐのが嫌で、それで照れるって……あ、なるほど!
姉が政略結婚させられそうだと心配してるんだね!
何故この流れでそれを言ったのかはよく分かんないけど、ともかく、政略結婚でそばを離れるのは嫌だってことなのね!
うわぁ、やっぱりジョシュアってすごい姉思いだよ!
「分かったよ。(政略上の)結婚はしないから」
「本当!?」
よかったと抱きついてくる弟の背をポンポンと軽く叩きながら、私はふと思った。
……これ、一体なんだったんだ?
×××
「ふう、一応の決着はついたみたいだね。いざとなったら録音したの持ってこうかとも思ったけど、必要なかったようだ」
「……」
「そ、それでさアリス姉。いくらなんでも結婚前の淑女がね、弟とはいえ男にずっと抱きついているのは如何なものかなって……別に嫌とかじゃないから、誤解しないで欲しいんだけど!」
「……」
「でも、俺が限界というかその、ね、アリス姉?」
「……くぅ」
「アリス姉っ!? も、もしかして寝ていらっしゃるのかこれ! え、何ここに来て馬車旅の疲労が!? ちょ、アリス姉起きて! 起きて!」
「……すやすや」
「起きてぇええ! ウェイクア——ップ!」
振り回す側かと思いきや、振り回される側のクロードでしたw
さて、ついにこの小説書き始めて一ヶ月が経ちました!
長いようで短かったです。
これからも、メリアーゼたちをよろしくお願いします!
感想など、いただければ嬉しいです!
追記・この度、この小説の一ヶ月記念と逆お気に入りユーザー200人を祝しまして、小説を投稿しました!
そちらもよろしければご覧ください!




