義姉が実はいい人だった件。
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ちょっと話題がシリアスなところがあります(ー ー;)
義姉の真実を知ったのは、僕が屋敷に来て二年ほど経った時のことだった。
「ねぇ、ジョシュア。雪に触ってみたいわ。とってきてちょうだい」
どこか心苦しそうに義姉は言った。
うん、やっぱりワガママをいうのにこの態度は変だよなぁ。
僕が少し訝しげに眉を寄せれば、義姉はむしろパッと顔を綻ばせた。
何なんだろう、本当に。
外に出てみると、寒くて体が震えた。
うう、これはキツイ。
雪に氷結の魔法をかけたところでハッと気づく。
……器、持ってくるの忘れた。
仕方ない、手で持って行くか。
冷たいのを唇を引き締めて耐える。
落とさないように丁寧に部屋まで運んで、がんばって片手でドアを開けた。
しかし義姉は、雪より先に顔や手に気遣わしげな視線を向けてくる。
雪が見たかったんじゃないのか?
僕が何も言わないでいると、義姉はさっと不機嫌そうに顔を歪めた。
いつもの、わざとらしい表情。
「全く、遅いわよ」
言った瞬間にその目が後悔に染まる。不機嫌そうな表情が崩れ、困ったように視線をそらされた。
何で、そんな顔をするんだろう?
僕には義姉が分からない。
心中で首を傾げながら、ベッドの側まで雪を持って行った。
義姉は雪に触ると、まるで幼い子供のように「ひゃあっ、冷たい!」と声を上げて、楽しげに笑った。
……こういうところが素のような気がする。
じゃあ、義姉は演技してるのか?
なんでだ?
考えれば考えるほど分からなくなる。
僕がため息をつけば、義姉はボソボソと何かをつぶやいた。
「義姉様、何か言った?」
「い、いいえ!」
本当に、分からない。
分からないから……知りたいと思う。
屋敷を出れば、庭は一面の銀世界と化していた。
雪をそっと地面に下ろす。
ハァと手に息を吹きかける。白くなって、消えていった。
手が冷たい。ひどく冷えている。
霜焼けになってしまうかもしれない、と霜焼け防止の魔法をかける——が、かからなかった。
「えっ⁉︎」
魔法がかからない原因は主に三つある。
魔力が足らない。
呪文が違う。
そして——すでにかかっている、だ。
魔力が足らないはずもなければ、呪文はあってる。
なら誰かが僕に霜焼け防止の魔法をかけたことになる。
でも。
「一体、誰が?」
他にも最近、義姉と特別仲がいい侍女——確か名前はクレアと言ったっけ——がやたら
「あの、ジョシュア様は、メリアーゼお嬢様のことをお嫌いですか?」
って聞いてくるのが不思議でならない。
嫌いじゃないと答えると、ホッとしたような残念そうな顔になる。
よくわからないのは、義姉だけじゃなかった……。
それらの疑問は案外すぐに解決することになる。
ふらりと義姉の部屋の前を通ると、そのクレアの声が聞こえた。
「お嬢様、ジョシュア様とはどうなっているんです?」
僕の話?
思わずドアにへばりついて聞き耳を立てる。
「どうなっているって、何が?」
「だから、ジョシュア様に嫌われる計画、ですよ」
僕に嫌われる計画?
何のことだ?
「ああ、それならものすごーく順調よ! えへへ」
「本当ですか? うーん。ジョシュア様に聞いた時はそんなことなさそうだったけどなぁ」
「大丈夫だよ。私がワガママを言うたび、嫌な顔してるし、ジョシュア」
えっと……あの質問は計画とやらの進行を確かめるためのもので、ワガママは僕に嫌われるためだったって、そういうこと?
「でも、その割にはいちいち魔法かけて怪我したりしないようになさってますよね。すぐに呼びだせるようにーなんてこと言って、本館の部屋を手配なさったり……何がしたいのです?」
魔法も義姉がやったことなのか。
そういえば、最初は別館の使用人部屋の予定だった気がする。
何で変われたのか不思議だったけど、義姉が手を回してたって?
本当に何がしたいのだろう。
僕に嫌われたい計画じゃなかったのか?
聞けないのがもどかしい。
「もう、何故そんなことをするのですか? ワガママだって、使用人からも嫌われてしまいますよ、お嬢様」
よくぞ聞いた! と思わず部屋の外で拳を握る。
さっきから微妙にクレアが僕の気持ちを代弁してくれてる気がする。
僕は少しわくわくしながら耳をそばだてる。
しかし、しんと部屋が静かになった。
どうしたんだ、何か言ってよ、とじれったくなる。
もう中に入ろうとドアに手を掛けた時、義姉は聞こえるギリギリの声で、ポツリと言った。
「……だって。私、死んじゃうじゃない」
えっ、と声が出そうになる。慌てて、口を塞いだ。
中でクレアが何かを言っているけど、耳に入ってこない。
ドアノブから手がするりと落ちる。
足から力が抜けて行く気がした。
死ぬ? 誰が? ……義姉が?
よく分からない人だけど、決して嫌いじゃない義姉が?
死んでしまう?
頭が真っ白になりかかるのを、義姉の声でハッとする。
「涙で送られるのは、嫌なのよ」
きっぱりした声だった。
覚悟と決意のこもった声。
なんで、こんな声が出せるのだろう。
ずっと部屋にこもって、世界を見ることもしてないのに。できないのに。
「だから私は、私が死んじゃって悲しむ人を増やしたくはないの。——嫌われるくらいの方が、いいのよ」
きっと、義姉は傷ついたような、さみしそうな笑顔で笑っているのだろう。
……なんだよ。なんだ、分かってしまった。
義姉の奇妙なワガママの原因も。
僕が、義姉を嫌いなんかなれそうもないことも。
義姉は——姉は、僕を嫌ってなんかいなくて、他の人みたいに同情とかでもなくて。
むしろ、僕を思ってくれてる、優しい人だから。
僕は次の日の朝、花を姉の部屋に持っていくことにした。
花言葉は「真実」。
僕は本当のこと分かってるからね、別に僕のことは気にしなくていいからね、っていう意思表示だ。
姉はどうやらクレアや幾人かの侍女以外には計画を隠しているようだから、こういう方法の方がいいかと思ったのだ。
僕は詳しくはないけど、女の人はこういうの好きっていうし、知っているかもしれない。
うまく気づいてくれればいいんだけど。
昨日と同じ、何も知らないように、僕は部屋へ入る。
「姉様、見て! 綺麗な花が咲いてたから、持ってきたんだ」
姉はわぁというように微笑みそうになって——慌ててピシャリと引き締めた。
ああ、頑張ってるなぁ。
思わず顔が綻ぶ。
「確かに綺麗ね……でも、花なんてすぐ枯れるわ。いらない。戻してきて」
花言葉には気づかなかったみたいだ。残念。
でも、わざとらしく顔を背けて、口を尖らせているのはむしろ微笑ましい。
笑い出しそうなのを堪えたけど、どうしても口の端しが緩んでしまう。
ちらり、とこちらを伺ってくるものだから、一層笑みが深くなった。
姉がピシリと音を立てて固まる。
なんでそんな怖いものを見たような顔をしてるんだろう?
「そっか。ごめんよ姉様。戻してくるね」
「え、ええ」
花言葉に気づいたのかな? いや、そういう感じじゃなさそうだなぁ、と思いながらパタンとドアを閉めた。
部屋に戻ってきた僕に姉が意を決したように、
「わ、私はお腹が空いてるの! 花を持って来るくらいなら、お菓子を持ってきてよね! この、や、役立たず!」
と怒鳴った。
必死なんだろう。声が震えてる。
やっぱり微笑ましい。
僕はそのにやけた顔のまま「ごめんね、姉様」と言った。
あれ、どうしたのかな、姉の顔が青い。
「やっぱりMに……」とか「ヤンデレとどっちの方がひどいかな……」とか聞こえるけど、どういう意味だろう。
つくづくすれ違っている義姉弟。
ジョシュアは割と天然かもしれません……。
感想、お待ちしています。
誤字訂正しました。
シリアスな場面が危うくシリアルになるところだった…(ーー;)