美しいは醜い。
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クロ君(笑)視点です。
そして、アリスのあれこれも少し。
「話を、聞いて欲しいっす」
俺はそう、切り出した。
文章に比べて、口調がチャラい? よく言われる。
フリーター生活が長くて、いわゆるバイト敬語が板についたというか。敬語を話そうと思うと、どうしてもこうなってしまう。
って、俺がチャラかろうとどうでもいいんだ。
とりあえず、俺の話をしよう。
ヤンデレキャラに転生してしまった、哀れな男の話だ。
え、俺の名前?
言ってなかったっけ。
——俺はクロード。クロード・セレスだ。
前世の俺はそれなりにオタクだった、と思う。
生活費以外の金はほぼメイトに消えてたし。
あ、カロリーの方じゃなくて。
ヤンデレ乙女ゲーに手ェ出したりはしてなかったけど、従兄弟が働いてるゲーム会社のテスターのバイトで、『キミボク』をプレイした。
これがなんか時給が良かったものだから、一番プレイ時間が長くなるという隠しキャラ、クロードを俺は攻略することに決めた。
まあ、その見た目が女っぽかったからあんまり抵抗がなかったってのもあるけどさ。
……結果は、ひどかった。
女にさえ見えるその美少年が、ヒロインに炎浴びせて笑ってるとか、軽くトラウマものだった。
ヤンデレ怖え、と俺に本能的な恐怖が刻み込まれたのはこの時だ。
なのに、なのにだ。
生まれ変わった俺は、何でよりにもよってそのクロードになってるんだ!?
——クロードに転生したことに気づいたのは確か、初めてフルネームを知ったときだろうか。
結構幼かったと思う。
クロード・セレス?
あれ、なんか聞き覚えあるなぁ。
あ、そうだ、あのヤンデレキャラじゃん。
そっかそっか——って、えええ!?
みたいな。
いやー、心臓がリアルに止まるかと思った。
それでも、俺自身がヤンデレ化しないように頑張ればいいのかなぁ、とか楽観視してたんだけど。
残念ながら、俺のあの性質は生まれながらのものだったらしい。
庭で、羽を痛めていたらしい蝶を踏んでしまった時、俺はそれに心動かされたんだ。
ああ、なんて醜い。
そして、素晴らしい。
その感動を自覚した時、俺はゾッとした。
これはクロードの異常性のはずなのに、普通に育てられたと思う俺にも宿っていたのだと。
ヤンデレからは逃げられないのかと。
ゲームのクロードはその異常性を隠して生きてきたと言っていたけれど、俺には到底、これが背負えそうになかった。
ああ、ここで一つ情報を追加しておく。
俺には一つ上の姉がいる。
アリス・セレスといって、母に似たウサギのような容貌の、少し変わってはいるがやさしい姉。
姉のいいところを聞かれれば、何百と出てくるけど、美人かと聞かれれば、俺は答えられない。
俺の異常性の二つ目。
美しいというのが、理解できないのだ。
「アリス姉、どうしよう」
俺はソファに座っていた姉に、そう声をかけた。
「どうしたのです?」
姉は弟である俺相手でも敬語を崩さない。
その赤っぽいの瞳に俺の姿が映る。
「俺、変かもしれない」
「……いつも変だと思うのですけれど」
いや、そうなんだけど!
日本人がぬけてないのか、未だに変な行動しちゃうけど!
ただ日本語で萌えとか燃えとか言うと植物生えたり火がついたりするのは俺のせいじゃないと思う。多分。
「何がどんな風に変ですの?」
ちゃんと話を聞いてくれるあたり、やっぱり姉はいい人だと思う。
真剣そうな顔で見つめられて、俺の声は少し小さくなった。
「美しいとか綺麗とか、そういうものが理解できなくて……むしろ醜いものに、その、心惹かれるというか……」
自分でも何言ってんだとは思ってる。
実際に俺がいきなりこんなこと言われたら、適当に流して距離を置くだろう。
今までだって、確かに変だとは思ってた。
可愛いとか言われる子が、全然そう見えないし。
美しい花も綺麗な光景も心に響かなかった。
それでも、異常じゃないと信じたかったのだ。
まあ、もう異常だと、そう分かってしまったのだけど。
姉も嫌うのだろうか。
俺を避けるのだろうか。
安易に話してしまったことを、後悔しかけた。
でも、姉はただ、笑った。
「なら、私とは正反対ですけれど、似ていますのね」
声は明るかったけれど、表情は笑っていたけれど、俺には分かった。
姉は今、泣きそうだ。
「私も、変ですわ。醜いとか汚いとか、分からないんですの。美しいものにしか心が反応しないんですの。
崩れてこその情感も、完璧じゃない素晴らしさも——理解できないんですのよ」
「……」
姉のそれは、極めて普通に近いと、俺は思う。
けど、ここでそんなことはどうでもいいんだ。
姉も自分がおかしいと思う部分を晒した。
現に姉は無理に演技している。
演技のうまい姉だけれど、俺には、分かるのだ。
俺もまた、泣きそうに笑った。
「じゃあ、俺ら、似たもの同士なんだ」
「……え?」
姉の顔が、僅かに揺らいだ。
俺と違って、と小さく言う。
「俺と違って、アリス姉の美しいもの好きは、きっと大丈夫だ。みんなに受け入れてもらえるよ」
パチパチとまばたく姉の瞳から、涙がこぼれた。
安堵したのか、それとも、俺が心配になったのか。
優しい姉は、やっぱり後者だった。
「じゃあ、クロ君は……? クロ君のそれは、誰が受け入れてくれるのですか?」
声も震えている。
俺はそっと指先で涙を拭った。
「誰も。誰も受け入れてなんてくれないよ」
「そんな……」
頼むから、そんな顔をしないで欲しいと思う。
姉を追い詰めてしまったと、酷く心が痛む。
俺は思いついたままの言葉を口に乗せた。
「ねぇ、アリス姉。美しいものが分かるなら、俺に教えてくれない?」
「……お、教えるって、どうすれば……?」
最初に相談に来たのは俺のはずなのに、と思わず苦笑した。
「アリス姉の方が早く学院に行くでしょ? そこでとびきり綺麗な人を見つけてさ、俺に見せてよ。そしたら、俺はそれが美しいってことだって、そう思うようにするから」
姉はしばらく瞳を揺らして、それから目をこすった。
その目は普段よりもさらに赤い。
けれど表情はずっと明るくて、俺は少し安心した。
「では、学院で私が主君を見つけてこれば良いのですわね!」
「うん……ん?」
なるほど、と姉はしきりに呟いている。
ああ、そういえば、と思い出した。
姉と俺はずっと城の暗部と呼ばれるところに出入りしてたのだけど、姉は隠密としてすごく優秀で……とびきり美しい人をいつか主君にする、とか言ってた気がする。
子爵令嬢だし、冗談だと思ってたんだけど、どうやら本気だったらしい。
「その、アリス姉? 別に主君じゃなくても……」
「いえ、クロ君、何も言わなくていいのですわ。私は見つけ出します! 私の主君を!」
だめだ、話聞いてないよこの人。
俺は何度も誤解を解こうとしたけど、姉はその決意を胸にしたまま、学院に行ってしまった。
そして昨日、館に書簡が届いた。
『夏季休暇に、私の主君と真・主君をそちらの館にお連れいたしますわ!』
からその手紙は始まった。
なんだ真・主君って。
僕は手紙を読み進めて、その名前を目にした。
『私の主君はジョシュア・レオンハイト様で、真・主君はメリアーゼ・レオンハイト様とおっしゃいますのよ。お二人とも……』
その先に進むことができなかった。
「ジョシュア・レオンハイト……?」
あの、ヤンデレの。
……俺の受難は、まだこれからのようだった。
——もうすぐ、夏がやってくる。
ということでした。
クロードもアリスも悩んでたのですけど、互いに正反対の同士になったのです、というお話。
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