義姉の平穏を守りたい件。
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微シリアスです。
義姉のための共同戦線が結ばれた。
「不肖、私アリス……あなた様の恋に、ご協力いたしますわ?」
と言ってきたのは姉が最近よく一緒にいる女子生徒。
ピンクブロンドにスカーレットの瞳は兎を連想させ油断を誘うが、壁に叩きつけても平然としている時点で普通じゃない。
というか、いつも睨みつけているのに気づいた上で無視するなんて……どんな胆力をしているのか。
いや、僕の眼力がないわけじゃない、はず。
まあともかく、怪しいのだ、この女は。
だから、
「断る」
言えば、女は目に見えて狼狽えた。
「な、何故ですの? あなた様は私が今どんな立場にいるのかご存知でしょう⁉︎」
「……姉さんの友人、なんだろう」
そこは分かっていらっしゃるのね、とその女はホッと息をつくが、すぐさままた騒ぎ出した。
忙しいし騒がしいやつだと眉を顰める。
「ならば、考えてみてくださいませ! メリアーゼ様に近づく不埒な輩を最も排除しやすい立場に、私はいるのですわよ⁉︎」
「いや、一番不埒なのはお前のように見えるぞ」
沈黙。何より雄弁とはまさにこのことだ。
「こ、こほんこほん。それはともかくなのです。自分で言うのも何ですが、私ほどの逸材を見逃す手はありませんわよ?
半径200mに渡る気配の察知、半径50mに限り、知人であれば誰であるかすらもわかり、それに加え半径300mに及ぶ遠見遠耳は、この国でも数少ないほどのものだと自負して……」
「それで?」
正直、僕は姉以外にはそこまでの興味はない。
第一、このアリスという女が近くにいるせいで僕は姉と過ごす時間が減っているのだ。
……だからと言って別に八つ当たりしているわけじゃない。
絶対多分きっとおそらくもしかすると!
「お前がそこまでの逸材というなら、学院がもっと囲ってもおかしくないだろう。それに、お前の利益が見えない。そんな状態で話を受けられると思うか」
「……弟君はお姉様に比べて随分と警戒心がお強いですのね」
それは違う。姉に警戒心がなさすぎるだけの話だ。
女は少し逡巡したように視線を惑わせた後、観念のため息を落とした。
「笑わないでくださいましね?」
「何を?」
「私がこの学院に来た、そもそもの目的です。……私は、主君を探しに来たのですわ」
「主君?」
ええ、と女は頷いた。
「メリアーゼ様を見て、この人こそ、と思ったのですけれど、あのお方はそういうのはお嫌だとお見受け致しましたの。
だから、メリアーゼ様の 一 心 同 体 で 運 命 共 同 体 であるジョシュア様にお仕えしますこと、それ即ちメリアーゼ様にお仕えすることかと」
やけに一心同体と運命共同体を強調していたけれど、まあ、悪い気はしない。
悪い気はしないが……。
「僕は学院の回し者を手中に入れるほど甘くはないぞ?」
「学院の回し者? まさか、試しの儀で能力が露見したとお思いですか? 幼き頃から領内の隠密のところに通いつめ、遂に最高の隠密とまで呼ばれた私に、ああいった類など容易に欺けますのよ?」
女はニヤリと笑った。姉の前では見せない、腹黒そうな笑みだ。
「それを学院で声高々と言っていいのか?」
「ご心配なく。周囲に消音、不可視の結界をすでに展開済みですわ」
女はまるで宣言するように大声を出した。
「一度本気でかくれんぼをして領内総出でも見つけてもらえなかった私をなめないでくださいまし!」
「……」
見つけてもらえなかったそうだ。
ちょっと憐れむような視線を向ければ顔を伏せた。
「……間違えましたわ。もっといい感じのことを言う予定でしたのに」
いい感じのことを言おうと思っている時点でなかなかに悲しい。
女は顔を真っ赤にした。
「ど、同情するなら良い返事をくださいませ!
そうすればあなた様は優秀な隠密を得て、私は主君を得られますわ」
「……別に、隠密が必要だとは思っていない」
そう言えば、明らかな失望を表に出した。
顔が思わずけわしくなるが、女は気にも留めない。
「あなた様は事態を楽観視しなさりすぎですわ。あなた様方のご尊父、レオンハイト伯爵がどうして竜退治の手柄を持ちながら未だ伯爵なのか、まさかご存じないのですか?」
竜退治? それすら聞いたこともない。
首を振れば、「なるほど、由々しきことですわ」と女はつぶやいた。
一体なんなのだろう?
「レオンハイト伯爵は、その手柄を以って、ありとあらゆるものを褒美として与える、そう王よりお言葉を賜りましたわ。
爵位も領地も金銀財宝すべてが手に入るその状況で……伯爵が選んだのは、宰相の娘でおありになった、“巫女姫”メルゼ様——メリアーゼ様のご母堂様でごさいました。
その結果、宰相の怒りを買い、伯爵位の剥奪こそなかったものの伯爵領は僻地へと移されたのです」
……僻地とは随分な言い方だと思うが、そんなことも気にならないくらい、僕はあの男の存在が出てきたことに震えた。
「そして今、お二人のご令嬢たるメリアーゼ様と、高い才能を有するジョシュア様がこの学院に入学なされたこと、これはかなり危険な事態ですのよ。
不埒な輩は勿論ですけれど、権力による世論の操作もまた、恐ろしいものですわ」
グッと拳を握る。知らなかった。
そして、その無知と甘い考えが姉を危険に晒そうとしている。
「私は隠密ですから、筆跡の鑑定や偽造、変声術変装術を含む情報操作は得意ですわよ。
……状況がお分かりになっていただけたということで申し上げますわ。隠密の一人くらい、必要かと存じます」
変声術、というところから女は老若男女さまざまな声を出した。
信頼できるかはともかく、優秀なのは嘘ではなさそうだ。
これだけ騒いでも人が誰も気づかないのだし、結界だってかなりのものだろう。
……姉の平穏を守るのに、手足となる者が必要なのは確かだった。
「わかった。お前の主君になること、引き受けよう」
「本当でございますか!」
女——アリスは子供のごとくはしゃいだかと思うと、すぐに僕の足元に傅く。
手には魔法結晶。僕はそこでハッとした。
「まさか、結晶契約をする気か⁉︎ それは、契約に背いたなら……」
「存じております。結晶契約の後、あなた様にこの結晶を預け、あなた様からしか解除できないようにすれば——私でも、いくらか信頼いただけるかと」
なんという、覚悟だろう。
僕は思わず気圧されるように頷いた。
この契約を破って裁きを受けるのは誓約したもののみ。
つまり、自分が裏切らぬと、そして裏切られても構わないと、そう言っているのだ。
アリスは魔法結晶を頭上に掲げて宣誓する。
「誓約致します。私、アリス・セレスはジョシュア・レオンハイト様ならびにメリアーゼ・レオンハイト様に終身、服従致します。たとえこの身がどこにあろうとも、全ては御身らのために。我が忠誠の全てを捧げます」
「……承認する」
魔法結晶に僕が触れれば、契約はなされた。
光と風が巻き起こったかと思うと、一瞬でおさまる。
どうぞと渡されたそれを受け取れば、人の命の重みとも言えるそれの軽さに、僕は目眩のようなものを覚えた。
「なぁ、聞かせてくれないか。何故、最初僕の恋に協力すると言った? そして何故姉さんや僕を主君に選んだ?」
アリスはやはりニヤリと笑う。
「お答えしますわ、主様。
美しいもの達が結ばれるのを見たい、そして美しいもののお側にいたい。私の“欲”は、それだけですの。
端的に申し上げますと——見た目です」
本気ですぐ契約を破棄しようかと思った。
ちなみに、アリスは特殊魔法の他に魔法道具や魔法武器の分野に適性があります。
実はかなりハイスペックなアリスちゃんでした(*^^*)
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