能ある兎は爪を研ぐ
いつもお気に入り等、本当にありがとうございます。
番外編というより、二人以外の視点からという感じです。
ごきげんよう。アリス・セレスでございますわ。
前話とまるで雰囲気が違う?
よく言われますわ。その度に私は微笑んで、
「あら、大人しい子ほど怖いということ、ご存じないのかしら?」
と言って差し上げるのです。
この度は僭越ながら、私めのお話を聞いていただきたく思います。
私アリスは、美しいものが好きなのです。愛していると言っていいでしょう。
それはもちろん人においても同じです。
性別も年齢も全く関係なく、美しさは正義ですから。
さて、そんな私ですが、先日、一応子爵の娘としてレンデヤ学院に入学いたしました。
そこで私は運命の出会いを果たしたのです。
ああ、メリアーゼ・レオンハイト様。
それはもう美しいお方でした。
何より、ご自分の美しさに無自覚でいらっしゃるところがいいのです。
父は私の美しいもの好きを知っていますので、度々美しいと言われるご令嬢やらご子息やらを招待なさるのです。
しかし、集まるものは大抵、その美しさをまるで何かの免状かのように振りかざすものばかり。
美しさは正義ですけれど、それは見た目だけの話じゃございませんのよ?
ああ、こんなどうでも良い話をしている場合ではありませんでした!
メリアーゼ様のことです。
聞けば、屋敷の奥で長くご療養なさっていたとかで、少し世間知らずなところがあるお方のようです。
しかし、あの美貌ですとそれすら浮世離れした魅力になるのでしょう。
オリエンテーションであの方にお会いした時、私は神と学院の先生方を心の中でたたえましたわ。
これほどまでの理想の美しい人に引き合わせてくださるなど、私の普段の行いがよほど良いということでしょう。
あら、異論は認めませんわよ?
ラヴェンダーの髪もスミレの瞳も、白磁の肌も細く長い手足も、まさしく私がまみえたく思ってきたものでした。
オリエンテーションで真っ先に私はあの方に話しかけ申し上げました。
ああ、みっともなく声が震えたことはなんたる屈辱!
しかし、メリアーゼ様はお気になさらず、返事をしようとなさいました。
声も鈴のようでございましたけれど、“しようとなさった”ということはつまり、邪魔が入ったのでした。
相手の方々が私より爵位の高いお家に生まれになった方々でしたから、私も引かざるを得なかったのですけど。
それでも、臍をかむ思いをしましたことよ!
その後あの方のお名前を知ることができましたからよかったものの……。
まさか、あの“愛の騎士”レオンハイト伯爵と“巫女姫”メルゼ様のご令嬢とは、さすがの私も驚きましたわ。
それにしても、美しいものに群がるとはいえ、そのお方を困らせるような真似は、なんとみっともないことでしょう!
もう少しでこの大人しいお嬢様の仮面を破って「恥を知りなさい!」と怒鳴るところでしたわ。
学院の生活が始まり、私は幸せに打ち震えておりました。
オリエンテーションでは他のご令嬢がメリアーゼ様を取り囲むものですからなかなかお話が出来なかったのですが、そのあと声をかけてくださって、一気に親しくなったのです。
あの美しさを間近で見られる日々……同じ日数ほど地下に閉じ込められてもいっこうにかまわないと思うほど、それは幸福でございました。
それより数日のことでしたわ、私がかの方の視線に気づきましたのは。
金の髪に深緑の瞳のお方もまた、美しくあられました。
その方が時折——いえ、ほぼいつもメリアーゼ様といる時の私に怨みのこもった視線をお向けになるのです。
残念ながら男子の方と交流のない私はその方を存じませんでした。
メリアーゼ様の美しさにやられてしまい、男子をチェックする暇がなかったのです。
メリアーゼ様と並ぶ美しさのその方は、もしもメリアーゼ様がいらっしゃらなかったら私が夢中になっていただろうほどのお方でした。
そんな方の視線を受けることは、たとえどんな視線でも嬉しいものなのですけれど、続けば流石に気になりますわ。
メリアーゼ様に問えば、なんと弟君だとおっしゃいました。
ジョシュア様と仰るそうですの。
なんという、なんということでしょう!
しかもお二方は同室で、一つ屋根どころか一つ部屋に暮らす仲。
そしてあのジョシュア様の視線。
それも姉君と一緒にいる時だけ向けられるとあらば、もう答えは見えたものでしょう。
ジョシュア様は、メリアーゼ様をお慕いになっているのですわ!
来ましたわ! と私は内心で叫びました。
美男美女どころでなく二人でいれば、それはまるで名作どころか神作の画のようなお方々ですのよ!
ああ、神は私をどれだけ幸せにすれは気が済むのでしょう。
いつか幸せ死にしてしまいそうですけれど、メリアーゼ様方のお姿を近くで見られなくなると言うなら、私は奈落の底から不死鳥のごとく蘇ってみせますわ!
そうとなれば、弟君に接触を図りました。
「ジョシュア様、少しお話がございますの。お付き合いくださいませ」
「……お前と話すことなんて」
ジョシュア様はギュッと眉間にシワを寄せます。
メリアーゼ様とお二人でいらっしゃる時は、花咲かんばかりの笑顔ですのに、他の方にはこの無愛想さだなんて!
もはや素晴らしいですわ!
……え? お二人でいらっしゃる時のことをなぜ知っているのかって?
うふふ。そうですわね、私は特殊魔法——諜報や潜入に使う——が得意だとだけ言っておきますわ。
結構珍しいですのよ?
ともかく、目前の苛立ちなさったようなジョシュア様ですけれど、メリアーゼ様のことだというとむしろ警戒した表情になられました。
「お前は、姉さんの何だ」
「あのお方の、しがない学友の一人ですわ。……単刀直入に申し上げますの。ジョシュア様はメリアーゼ様をお慕いになられているで——ぐっ」
壁に思い切り叩きつけられました。
私は女でも弱い方なので手加減願いところではありますけれど、愛ゆえの行動ですから仕方ありませんわね。
愛とはそういうものでしょう?
ジョシュア様は壁にゴンと手をつきます。
「お前、それを知っていてどうするつもりだ? 姉さんに伝えるのか? それとも、周りに言いふらすのか?」
「とんでもございませんわ。それより、このような格好を誰かに見られることの方が問題です……誤解されたいんですの?」
そう申し上げればジョシュア様はチッと舌打ちして離してくださいました。
「じゃあ、何をしようって言うんだ? 俺を脅すのか」
「まさか、そんなことはいたしません。私はただ、お二人の様子を近くで見たいという傍観者ですので」
「何が言いたい?」
胡乱げなジョシュア様の視線に、私はにっこりと——或いはニヤリと——笑いました。
「不肖、私アリス……あなた様の恋に、ご協力いたしますわ?」
というわけで、能ある兎、アリスちゃんのお話でした。
私と書いてわたくしと読む、諜報系お嬢様です。
なんか敬語ばっか書いてると古文訳してる気分になるのはなぜだろう。
〜し申し上げる、とか、〜ことよ、とか。
感想など、お待ちしています!