義弟が家庭教師になった件。
義弟が私にダンスや勉強を教えている。
……姉の尊厳どこいった。
久しぶりにちゃんとした姿のジョシュアは、随分と背が伸びていた。
成長痛だったんだから当たり前といえば当たり前なんだけど、伸びてるのが足ばっかりっていうのはどうなってるんだ。
何より、割と小柄な私の背なんてとうに抜かしていたのに腹がたつ。
くっ、この前まではちっこかったくせに!
しかも、だ。
ジョシュアが私に家庭教師をするらしい。
父に、ジョシュアが私に勉強やダンスを教えてくれると言った時、私はそれはもう嫌がった。
でも、だからと言って外から講師を呼ぶのも父に迷惑かけそうだし、自学でできるほど勉強もダンスも甘くないことは分かる。
しょうがないので、妥協した。
我慢したと言ってもいい。
とかそんなことを考えていた私だけれど、結果だけ言うなら、ジョシュアの教え方はうまかった。
それはもう上手かった。
もちろん個人授業だからっていうのもあるんだろうが、前世で受けたどの授業よりも分かりやすかったとさえ思った。
なんというか、完全に理解しているものだから、どこを聞かれても答えられるし、どこが疑問になりやすいのかを知ってる感じというか。
分厚い本のうちのいくつかなんて、内容をまとめて必要なところだけを抜き出して教えてくれたりもした。
おかげで、自力でやっていたら何日もかかるだろう物が、一日で終わった。
……ジョシュアさん、スゴイっす。
今、私たちは部屋で一つの机越し私とジョシュアが向き合っている。
机の上には魔法学の参考書が広げられていた。
「姉様、ここは注意して。間違いやすいけど、これとそれとの違いはね、」
「うんうん」
分かりやすい。分かりやすすぎて、なんだか悔しい。
あーあ、と心の中でため息をつく。
「昔は可愛かったのに」じゃないけど、熱出てた時のジョシュアは良かったのに。
勉強に疲れて、見舞いを言い訳に抜け出してジョシュアの部屋に行けば、苦しそうに寝込んでいた。
そんな姿を見るのは初めてだったから、少し変な感じだった。
案の定熱があったようで、すぐに眠ってしまったけど。
眠る様子は、なんだか幼い子供みたいに安心しきった顔をしてた。
こっそり頭をなでなでしたことは内緒だ。
あ、でもおでこを合わせた時の反応はビックリしたなぁ。
この世界には、おでこで熱測るっていうのはないのだっけ?
……うーん、分からない。どうにも私はここの知識が少なすぎる。
まあ、あれだけ驚くってことは、ないってことなんだろう。
今後は気をつけようっと。
「姉様?」
ハッと気がつけば、緑の瞳が近くにあった。
わぁ、と後ずさってしまったのは、もはや条件反射だ。
「勉強、飽きた?」
「うん? ……そうだね、ちょっと疲れた」
「そっか」
ジョシュアはかなり緩い。
疲れたと私が言えば、今も休憩にしようかとお茶をもらいに行った。
私が取りに行こうかとも言ったのに、姉様にそんなことをさせられないと言い張った。
いや、病み上がりのジョシュアにやらせる方が私の心が痛いんだけども?
机の上の本を閉じ、端に寄せておく。
積み上がっていたものも、随分減ったものだなぁ。
四分の一くらいは終わったんじゃないだろうか。
「ふー」
ため息のような声を出して、椅子にもたれかかった。
しばらくして戻ってきたジョシュアは、私が好きな、緑茶によく似たお茶を持ってきてくれていた。
それを私の前に置くと、椅子に腰掛ける。
「ありがとう」
「どういたしまして」
……うん、やっぱりこのお茶いいなぁ。
父も他の人もあんまり好きじゃないけど、私はこれが一番好きだ。
ジョシュアも私に付き合って飲むうちに気に入ったらしく、最近はよく飲んでいた。
カップの中身が半分ほどになった時、
「これ飲み終わったら、ダンスの練習しようか」
「えっ」
唐突な言葉に驚く。
ダンス。
「あのさ、ジョシュア。その、私、ダンスやったことないのだけど……」
「うん、知ってるよ」
なんでそこで笑うのかは分からないが、ともかくジョシュアは微笑んだ。
「私、ジョシュアの足踏むかもしれないけど……」
「それなら大丈夫だよ」
あ、そうだこの子Mだった!
確かにそれなら、大丈夫に違いないけども!
硬直してしまった私に、ジョシュアはもう一度繰り返した。
「大丈夫」
結局私はジョシュアの足を一度も踏まなかった。
それは私の上達が早かったからではなく、ジョシュアのレベルが高すぎたからだ。
軽やかなステップとかいうが、そんなものじゃない。
私が足を踏みそうになると、すっと私の手を引いてバランスをとる。
その時、注意やアドバイスも忘れない。
ジョシュアはあれか。チートか。
実は私と同じ転生者だったりするのか。
……じゃなかったら私のところに入り浸ってたくせに何でこんなになんでもできるのさ⁉︎
腹立たしくなって足を踏んづけてやろうとしたら、その足は空を切った。
ば、馬鹿な! 躱すだと⁉︎
思わず顔を見上げれば、少し得意げに微笑んでいた。
ちょっとドキリとする。
そうなんだよね、顔だけなら、ジョシュアはすごい好みなんだよなぁ。
ちょっと照れ臭くなって足元に視線を戻した。
「ジョシュア、なんか背伸びてイケメンになったね」
「イケメンって?」
リズムを崩すことなく会話を続ける。
やっぱりハイスペック。
というか、イケメンってこの世界じゃ通じないのか。
なんて言えばいいのかな。
「えーっと、かっこいい人のこと?」
瞬間、ジョシュアの足が止まるものだから、そのままぶつかってしまう。
「な、何? どうしたの?」
ジョシュアの顔は真っ赤になっていた。
耳まで赤い。
まさか照れてる?
いやいや、そんなはずないな。
かっこいいだなんて言われ慣れてるだろうし。
だとしたら……
「大丈夫? 風邪、ぶり返した?」
こんなに顔が赤いのは熱があるからかもしれない。
「ちょっと、おでこ出して」
「えっ!」
「ほら、かがんでくれないと届かないよ」
ジョシュアは言われた通りにかがんだ。
いや、目はつぶらなくていいんだけど。
そっと片方の手を自分の、もう片方をジョシュアの額に当てた。
……熱はないみたいだな。よかったよかった。
ジョシュアが、あれ、という顔で目をパチパチと開いた。
「どうしたの?」
「いや、その額を合わせるんじゃ……」
「え、だって、あんまりああいうのってやらないんでしょう? この前は驚かせてごめんね」
私がそう言うと、ジョシュアは「……うん」とどこか残念そうに頷いた。
何なんだ?
よく分からないけど、と私はジョシュアの手を握り込んだ。
見上げるように視線を向ける。
「ほら、ダンス教えくれるんでしょ?」
そう言って見つめていれば、ジョシュアはまたボッと顔を赤くして、それから空気が抜けたようにへたり込んだ。
え、なになに?
「……そういうのは、反則だと思う……」
何のことだろう?
ますますジョシュアのことがよくわからない今日この頃だ。
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