第5話:ガールズトーク -ファーストキス-
一緒にお風呂?え?え?
色々混乱しながら、部屋のドアを開ける。
「部屋に入って、美夜。で、話を聞こうか。一緒にお風呂ってどう言うこと?」
着替えか何かの入った袋を持って、美夜がボクの部屋へ入る。
そして、少し考えてから美夜が部屋のドアを閉じる。
これで、部屋の外にはあまり声がもれないだろう。
「今日カットハウスではカットのみと聞いています。細かな毛クズを落とすために洗髪の必要があります」
美夜は続ける。
「セイネ様が髪を伸ばした時困らないように、頭皮の洗い方ではなく髪の洗い方、髪の手入れの仕方を覚えて頂くよう、お風呂をご一緒にとお誘いしているのです」
美夜の言う事は理解できた。でも、何かもやもやする。
「いや、でもさ」
「女同士です、恥ずかしがる必要はありません」
美夜の言葉で益々もやもやする。
もやもやが背骨の腰の辺りに集中する。
「月子の前では肌を晒された様ですね。私には、肌を晒す事が出来ないのですか?」
美夜の声が、緊張しているのか少し震えた。
その震えた声を色っぽいと感じ、腰にたまったもやもやが強くなる。
あぁ、そうかぁ、もうごまかせないや。ボクの心も、美夜の気持ちも。
「美夜」
「・・・はい」
「恥ずかしい話をする。聞いてもらえる?」
「・・・はい」
「ボクはまだ女の子2年生だからね、男の心がかなり残っているんだ」
「・・・はい」
「だから美夜の裸を見たいし、体にも触れたい、そう思う。一緒にお風呂に入ればきっと性的に興奮する」
「・・・」
「美夜は婚約者でボクだけのモノだ!、抱きしめたいし、それ以上の事もしたい!、男だった時には内緒にしてたけどね、そう言う事も考えてしまう」
「・・・」
「でも今のボクの体ではそんな気持ちの持って行き場が無い。それがとても苦しい」
「・・・セイネ様」
美夜がゆっくりと抱きついてきた。
月子より立派な胸が、ボクにぎゅっと押し付けられた。
いいのかな?ボクも美夜を抱きしめる。中一のあの時を思い出す。
「セイネ様、今、興奮してますか?」
「うん、少し、してる」
「私も少し、興奮してます。おかしいですよね、セイネ様はもう女の子なのに」
美夜の腕が解かれた。ボクも抱きしめていた腕を解く。
美夜がボクを見て言った。
「セイネ様の心が男性であるのと同様、私の中のセイネ様も男性のままなのです。セイネ様も私も、今のままでは前へ進めません」
美夜の言いたい事が何となく分かった。
「だから、なの?」
「はい。セイネ様が女性であると、私にはっきり分からせて下さい。一緒にお風呂に入りましょう」
「・・・美夜に興奮しちゃうかもしれないけれど、いい?」
「はい、・・・私もセイネ様に興奮してしまうかもしれません」
部屋に詰まれたダンボールの一つを開けると、新品の肌着や寝巻きが入っていた。
準備してくれたのはきっと、御邸の大野さんだろう。
用意されていた下着は女性用のものだった。
上はキャミソールって言うのかな?色々レースが付いていた。キャミもショーツも、どちらも使うのは初めてだ。
「えーと、バスルームには着替えだけ持って行けばいいのかな?」
「はい、タオルもバスタオルもバスルームに有ります、シャンプー等は取り寄せてあります」
「そっか」
二人で2階にあるバスルームへ向かった。お湯は既に張ってあるという。
脱衣所には脱衣篭が4つ置かれてあった。4人まで入れる大きな風呂なのだろう。
二人並んで服を脱いだ。少し恥ずかしくて美夜の体から視線を外す。
ボクは部屋着代わりにしている長袖ロングTシャツを脱いだ。機能性繊維で作られたインナーも脱いだ。最期にコットンのトランクスを脱いだ。
恥ずかしくなってタオルで下を隠す。
隣を見ると、パンツを脱ぎ終えた美夜が、手を背中に回してブラを外していた。結構大きい。
脱衣かごの中、脱いだパンツを隠すように、その上にカップをそろえたブラを置いた。
美夜はタオルを手に取ると、その豊かな胸を隠した。
脱衣所からお風呂場へ入る。家庭用としては、割と大き目のお風呂だ。洗い場も広い。
浴槽は、縦に足を伸ばして入っても余裕で2人並べる幅があった。
足をたたんで浴槽を横に使えば、確かに4人で使っても十分な広さが在るだろう。
前かがみでタオルで下を隠すしぐさが、とても滑稽なモノに思えてきてやめた。美夜に習って膨らんでも居ない胸を隠す。
シャワーが二つ付いている。イスも二つ。洗い場は二人並んで体を洗うのに十分な広さがある。
「セイネ様」
「何、美夜?」
「最後かも知れませんので、お体を洗う御奉仕をさせて下さい」
「・・・うん、わかった」
色々と思う所はあったが、美夜の提案を受け入れた。
美夜もきっと思う所は有ったのだろう、最初はおそるおそる、そして徐々に大胆にその手を動かした。タオルと手のひらと指先と体の全てを使って、ボクの体の全部を余す所無く丁寧に洗ってくれた。
「この辺りは」すっと美夜が指先でなぞる「すっかり女性なのですね」
「この辺りは」ボクの背筋を美夜の指先がなぞる「男性のなごりがあります」
ボクも美夜の体を洗ってあげた。乳房ってブラで支えないと開いて下がるんだね。だからブラは寄せて上げるのか。
生まれて始めて見た同世代の女の子の乳首は、アニメや漫画から想像していた場所よりアウトコース低めにあった。
それと長髪女性はシャワーキャップが必須なのかも。髪の毛が邪魔で背中洗うの大変そうだ。
「セイネ様」
「何」
「興奮しましたか?」
「・・・うん」
「私もしました。でも、それは女の子同士の戯れです」
「・・・うん」
「湯船に入りましょう」
「あ、でも洗髪がまだ」
「それは体を温めた後です」
ふたり並んで湯船に体を沈める。浴槽を縦に使って、美夜と2人裸の体を延ばして湯に浸かるのは恥ずかしかったので、足を抱えて浴槽を横に使った。これで体の横方向は大きな余裕が出来るはずだけど、美夜はボクにぴたりと身を寄せてきてくれた。
その時、脱衣所に誰かが入ってきた。そのまま服を脱いでいるみたいだ。
月子の声がした。
「美夜姉様、セイネ君、体洗い終わった?」
美夜が答える。
「月子、大丈夫よ、入ってきて」
月子まで入ってきた。やはりタオルで胸を隠してる。女子はこれがデフォルトなのか?
月子はボクの視線を気にする事無く浴室に入ってきて浴槽に背を向けて座り、体を洗い出した。
シャカシャカシャカと、何と言うか、とても元気の良い洗い方だ。
その様子を美夜と二人、浴槽に並んで入って眺めていた。
ボクの右肩と右腕と右足が、浴槽の中、裸の美夜の左肩と左腕と左足に触れ合っている。
湯に沈んだ美夜の長い髪がたゆたい、ボクの体にまとわる。毛先が胸に触れると、少しだけ気持ちいい。
「セイネ様と、これだけ体も心も近しくするの、あの時以来ですね」
美夜がつぶやく。
彼女もボクと同じ事を考えていたんだ。ボクも中1のあの時を思い出していた。
「あの日、セイネ様の中学入学祝として『魔宝師のローブ』を持っておじい様の御邸でお会いして・・・」
あぁ、そうだったね。ボクもよく覚えているよ。
2人だけのあの部屋で、入学おめでとう御座いますと、真っ赤な顔してローブを渡してくれた美夜の事を。
「セイネ様は仰いました。親が決めたからとか、おじい様の血統とか、関係ないんだ」
あぁ、そうだね、確かにそう言った。
「他の人は関係ない。ボクの心が美夜を選んだ、美夜の心にもボクを選んで欲しい、と」
えーと、確かに言ったけどさ、美夜さん、そろそろ止めませんか?
「そして二人の心に誠実に生きるよう、セイネ様の唇で私の唇に『誠実の刻印』を刻まれました」
「ちょー!ちょっと待って美夜、ココには月子も居るんだよ!」
「え、何?セイネ君気にしないで。同じ日に私もカノン君から『誠実の刻印』もらってるから」
待て待て待て-っ!、あの時月子ちゃんまだ小6だろ?!、カノン何やってるんだ!!
それよりも何だ?姉妹ってのはお互いのファーストキスを報告しあっているのか?
怖いよ、ガールズトーク、怖いよぉ。
さっさと体を洗い終えた月子が、浴槽のボクの左側に入ってきた。
月子もボクにピッタリ体を密着させてくる。
右に裸の美夜、左に裸の月子、ボクはドキドキする。鼓動が速くなる。
美夜や月子は平気なのか?ボクがもう女の子だから気にならないのか?
そう思って美夜を見る。湯に上気した肌が赤く染まっている。
ボクの視線を気にしたのか、美夜が目を伏せ、少し恥ずかしそうに話し出した。
「セイネ様、私達はあの時の『誠実の刻印』に囚われています。思いを遂げる事の出来ない恋に心を縛られ、前に進めないで居ます」
美夜が続ける。
「私は前に進みたい。セイネ様にも進んで欲しい。ですから」
美夜がボクの目を見てはっきりと言った。
「セイネ様の唇が私の唇に刻んだ刻印、セイネ様の唇で解放して下さい」
あぁ、わかったよ。「男のボク」がする最後の仕事だ。
美夜のアゴに左手を伸ばす。美夜が目を閉じる。右手で肩を抱き寄せる。
ボクは美夜の唇に唇を重ねた。
美夜の両腕がボクの背中に回されきつく抱きついてくる。
ボクは美夜の唇に残された刻印の全てを消し去るよう、必死に舌を動かす。
美夜もそれに応え、ボクの唇や歯茎や歯や口腔や舌に残された刻印を全て消し去るよう舌を動かしてくれた。
唇を重ねたまま「セイネ様」と美夜がつぶやいた。
それは空気を伝わる音ではなく、ボクの口腔を振動させ、頭と心に響いた。
長い、本当に長い口付けの後、ボクと美夜を繋いでいた『誠実の刻印』は消えた。消えてしまった。
それまで確かにあった見えない何かは、ボクの心に大きな喪失感だけを残し、完全に無くなっていた。
美夜がポツリと言った。
「月子はどうするの?」
月子が言う。
「・・・いいの?」
「月子にとっても大切で、そして必要なことです。だから我慢します」
「ありがとう、美夜姉様」
ボクをはさんで右、左。何か暗号のようなことを話してる。
美夜が言った。
「セイネ様。月子も刻印に縛られ、前に進めないで居ます」
「うん」
「刻印を消せるのはカノン様だけですが、カノン様はもうココにはおりません」
浴槽の中、ボクの体に触れている月子の体が強張ったのが分かる。
「もし代わりに刻印を消せるとしたら、それはセイネ様だけでしょう」
「月子がセイネ様の中にカノン様の残香を見つける事ができれば、刻印を解放できるかも知れません」
そうか、そう言う事か。
ボクが月子に聞く。
「月子は、いいの?」
「・・・おねがいします」
ボクは月子を抱きしめ、ゆっくりと唇を重ねた。
舌で丁寧に、刻印を消し去った。
月子もがんばってボクの舌に応えてくれた。
「カノン君」ボクに抱きつく月子が、ココには居ない誰かの名前を呼んだ気がした。
月子の目から一滴涙がこぼれた、様な気もした、風呂で上気して汗が流れただけかもしれない・・・
・・・3人の刻印の解放が完了した。
「これで、私達の幼い恋が本当に終わりました。これからは、私達は3人姉妹です。時々は終わった恋がうずくかもしれませんが、それでも前に進みましょう」
美夜が、ボクと月子を抱きしめた。
湯船の中、狭くてきついよ、とボクや月子は文句を言った。
それから約束通り、美夜と月子に髪の毛を洗ってもらった。
シャンプーが目にしみて、涙があふれて止まらなかった。
ボクは美夜が好きだし美夜もボクを好きだ、でも、もう終わらせて前に進まなければいけないんだ。
ボクが女だから。
もう男ではないから。