第1話:魔宝実験の失敗で女性化??
「魔宝が暴走した!!」
ボク、東郷 聖音と双子の兄、神音は、二人同時に叫んだ。
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先の東南戦争の活躍により『鉄壁』『救国の英雄』『銀の彗星』と数々の二つ名をもった祖父、東郷 神聖。
彼が魔宝師の第一線から退く事になった時、唯二人の直系男子である中学2年に進級したばかりのボク等双子の兄弟に、国宝級とも言われる祖父の魔宝石が譲られる事になった。
それも、精霊の七属性、全ての加護を存分に受けられるだけの数を。
すなわち、七属性
・聖 :ダイヤモンドの首飾り
・闇 :ガーネット の指環
・火 :ルビー の指環
・水 :アクアマリンの指環
・生 :エメラルド の指環
・風 :サファイヤ の指環
・土 :トパーズ の指環
加護の強化が期待できる
・知者の石であるアメジストの耳飾
・聖者の石であるクォーツ の耳飾
までもが。
これだけの魔宝石が1式ずつ合計2式、ボク、セイネと兄、カノンに贈られるのだ。
祖父所有のファーストクラスの魔宝石の6割とも7割とも言われる量らしい。
魔宝石の『所有の刻印』書き換えの儀式が完了し、晴れて祖父からボク等へ所有権が移った魔宝石を手にした時、一体どれだけの魔宝が使えるのか試してみたくなってしまったのも無理ない事だったのだ、と今でも思う。
祖父の発動する魔宝は、ソレまでの人類の常識のはるか上を行っていた。
例を挙げれば、祖父の人類常識外な魔宝伝説の中で最も有名な物の一つに、「核ミサイル絶対防御」がある。
東南戦争で、当時は絶対に防御不能と言われていた陸海空宙ミサイル同時発射による完全飽和攻撃をわが国が受けた時の事。
レーダーが悲鳴と共に「核を含む9千発以上」と報告した戦略級ミサイル全てに対し、祖父は魔宝でミサイルの運動ベクトルを変換し、全数を敵国首都上空へ誘導してしまったらしい。
更にその上、ミサイルを一つも爆発させること無く、一瞬で全てを消し去ったのだと言う。
かくして両国の人的被害は0のまま開戦と同時に一時休戦となり、わが国に一人の英雄が誕生したのだそうな。
伝説の信憑性を祖父に尋ねると、「国防軍のレーダーも馬鹿だったね。正確には、ミサイル9750発だったよ」と笑って話してくれた。
そんな人外級魔宝の使い手の祖父が実際に使っていた魔宝石だ。
魔宝師を志す者としてどれ程の力を秘めているのか是非試してみたい、そう思ってしまう事は誰も責められないだろう。
でもね、まだまだ魔宝制御の未熟なボク等だ。
最大魔力実験を行うのは危険が有るかもしれないので、『その時』は気を付けないと。
千代田区にある祖父の邸宅で『所有の刻印』書き換えの儀を滞りなく終えた晩のこと。
石が所有者を認めず、刻印の書き換えが失敗した時には『戒め』が発動するらしい。
『戒め』が無い事を確認するために、一晩魔宝石を身に付けたまま祖父の御邸に泊まっていくよう言われた時、ボク等の心は決まっていた。
所有権が譲渡されたとは言え、ボク等は未成年だ。ファーストクラスの魔宝石に触れられる機会は当面無いであろう。
魔宝管理局の公式なレギュレーションで、「育成途上の中高はセカンドクラスまで」と、定められている。
18歳になるまでは、今まで同様セカンドクラスの石で修練を積むことになるのだ、だから是が非でもこの機会に・・・
「太陽の出ていない夜こそがボク等の時間、だから」
「うん、だから今夜こっそりおじい様の石を試してみよう」
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「夜こそがボク等の時間」について、若干説明をしておく。
ボク等は一卵性双生児なんだけど、実は二人とも体に幾つもの欠陥を抱えている。
その欠点の一つがアルビノだ。日本語では先天性色素欠乏症とも言って、体を守ってくれるメラニン色素が無い。
だから日本人なのに髪は銀色、眉毛も睫毛も銀色だ。
肌は寒ければ病的な乳白色、暑ければ血の色が透けて赤色。瞳はウサギの目の様に赤い。
こんなボク等にとって太陽の光は、オゾンホールを抜けてくる宇宙線と同じ位に難敵なのだ。
太陽の下で活動するにはそれなりの装備が求められる。
夏でも長袖長ズボン、手袋、マスク、サングラス、帽子、首元を守るマフラーかネッカチーフ、等だ。
マスク・サングラス等で肌を一切見せない完全防備の格好は、小学生ならともかくある程度の年齢になっての装いとしては問題がある。
花粉の時期を過ぎると、うかつにコンビニにでも入ろうものなら通報等されかねない格好だ、英雄の孫としてはよろしくない。
女の子ならマスクの変わりにたっぷりの遮光クリームと日傘で顔をガードするのも有りだろうけど、思春期男子にはハードルが高い。日傘はない。
中2になるのに背が低く、声変わりもまだで、女顔で、銀髪で、白い肌で、目と唇だけ妙に赤くて「西洋人形みたい」と言われ続けて来たのがコンプレックスで、そんなボク等に日傘は絶対に有り得ない。
それが理由なのであろうか中学入学のお祝いに、日傘代わりになる極端にツバの大きい『とんがり帽子』と、指先と足首までをカバーする『魔宝師のローブ』を色々事情を知る親戚から頂いた。
入学にちなんだのであろう帽子もローブも桜色で、「いかにも魔宝師」って感じでは無いのは良いのだけど、男子が使うには少しだけ恥ずかしい色だ。
でも日傘よりはマシだろう。
帽子もローブも『聖金の糸』と『聖銀の糸』等の魔宝糸がたっぷりと織り込まれているので、体の成長に合わせて魔宝で大きさが変わるらしい。
らしいっと伝聞調で言っているのは、ボク、カノンも弟セイネも身長はまだ135cmで、体の成長を実感するのも帽子やローブの伸長を実感するのもこれからだからだ。
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その夜、考えられる範囲で最高の魔宝装備をして、祖父の館の裏庭に出た。
機能性インナーの上には膝丈まである白銀色の『聖絹の長袖Tシャツ』。ぱっと見、膝丈のワンピースにも見えるが、これはれっきとしたロングTシャツだ。
薄紫色の袖なしの『防岩のベスト』、桜色の長袖カーディガン、桜色のネッカチーフ。
ボトムは黒のレギンスにライトブラウンのショートブーツ。22.5cmのサイズが無かったので残念ながらレディス用。
そして首には聖の首飾り。
右手に、闇、火、水の指環。
左手に、生、風、土の指環。
知者の石、聖者の石の耳飾も付ける。
「七属性」7石+「増幅石」2石。現代魔宝理論で分かっている魔宝装備の上限だ。
アウターに桜色のとんがり帽子と桜色のローブを着る。
夜だからサングラスは不要だろう。
実は頂いたローブの左内ポケットは『心臓の扉』という魔宝具になっている。
これは所有者以外には開けることはできない上に、魔宝具なら何でも仕舞えると言う便利物だ。
そしてその内ポケットには、二つの魔宝具の皮袋を忍ばせた。
皮袋の一つは『強欲の胃袋』。
彼女『強欲の胃袋』には、祖父に魔宝石を譲られる前から使っていたセカンドクラスの魔宝石七属性1式(ネックレス×1、リング×6、耳飾×2の七属性フルセット)と、魔宝力切れ時に魔宝力タンクとして使い捨てで使用するサードクラスのダイヤのリングを持っているだけ全部で4個入れた。
彼女は宝石が大好きなんだ。
皮袋のもう一つは『節制の胃袋』。
彼『節制の胃袋』には、『絶縁の刃』、『結縁の針』、『聖縁の短剣』、『聖銀の糸』等の魔宝具を収めておいた。
彼は魔宝の力を帯びた物全般を好むけど、魔宝石よりは魔宝具の方が好きだという。宝石を欲しがるなんて女みたいで好ましくナイらしい、なんとなく理解できる。
これが二人おそろいの、今考えられる最強装備だ。
2重、3重に耐魔効果のある衣類を重ね着し、魔宝石は予備まで含めて七属性万全、魔宝具までも出来る範囲でそろえたのだ。
二人手をつないで、人目につかないよう裏庭の奥を目指す。
ふと兄のカノンを見ると、月明かりの下、中学に入ってから伸ばし始めた銀髪が風に揺れ、白い顔に瞳と唇だけが怪しく赤く浮かび上がっている。
女顔はボク等二人の共通のコンプレックスなのだけど、衣装が上から下まで桜色の服である事も手伝って、やはり可愛らしい女の子にも見えてしまう。
裏庭の奥の木立の影に隠れると、ボク等はそっと近付き、お互いをぎゅっと抱きしめた。
帽子のツバがすごく邪魔だったけど、なんとか額と額をこすり合わせた。
そして目を閉じる。
属性魔宝の威力は掛け算だ。1属性10の魔宝力と2属性それぞれ5合計10の魔宝力を比べたとする。
もし2属性魔宝を同時に発動できるのなら、10の魔宝力と5×5の魔宝力の比較になるので、10:25の魔宝力の差となり2属性の方が強い。2属性を同時に発動できないなら、当然10:5の勝負を2回やることになるので1属性10の方が強い。
ボク等は一卵性双生児だからなのか、強く体を密着させるとお互いの魔宝の上に、お互いの魔宝を掛け合わせることができる。
そしてボク等は二人とも七属性全ての魔宝を同時に発動することができる。
全属性で同じ魔宝力を出せると仮定すれば、一人でもその威力は7乗だ。
二人が密着すれば14乗、今回はそこに祖父の魔宝石が加わる事になる。
多分とんでもない力が精霊様から借りられるだろう。
「闇の精霊よ、我に力を貸し与えよ」
呪文の詠唱で、カノンの右手に闇の魔方陣が展開したのが目を閉じていても分かる。
「闇の精霊よ、我に力を貸し与えよ」
ボクの連唱で魔方陣が展開、魔宝力が2乗になったことが感覚としてわかる。
「火の精霊よ、我に力を貸し与えよ」
「火の精霊よ、我に力を貸し与えよ」
「水の精霊よ、我に力を貸し与えよ」
「水の精霊よ、我に力を貸し与えよ」
「生の精霊よ、我に力を貸し与えよ」
「生の精霊よ、我に力を貸し与えよ」
「風の精霊よ、我に力を貸し与えよ」
「風の精霊よ、我に力を貸し与えよ」
「土の精霊よ、我に力を貸し与えよ」
「土の精霊よ、我に力を貸し与えよ」
12個の魔方陣が展開している。目を閉じているのにまぶしく感じる位だ。
何だかとんでもない事になっている感じがする。
「聖の精霊よ、我に力を貸し与えよ」
「聖の精霊よ、我に力を貸し与えよ」
最後に聖属性の魔宝陣を展開した時、やらなければよかったと後悔した。
これはもう絶対に地上で魔宝を発動させては不味い事が本能的にわかった・・・
それどころか、地下とか海中ですら、かなりやばいのではないだろうか?・・・
更に借りた力が大きすぎて、力を使わずに御返しする事さえボク等には無理そう・・・
これだけの規模になってしまったから、もう既に国防軍はおろか世界中の国々が、ボク等がやらかした魔宝力発動を検知している事だろう。
あまりに力が大きすぎて、地球上のどこにも、振り上げたコブシの下ろし所がない。
ぴったり密着したボクとカノンなら、声に出さずともお互いの考えを通じ合う事が出来る。
・・地球上はムリ。宇宙に力を解放しよう・・
・・それでも魔宝が発散すると危険、恐竜みたいに絶滅したくない・・
・・宇宙に何か目標が必要、でも太陽系内だと地球に影響出るかも・・
・・2光年先に生命体の存在しない惑星がある、見える?・・
・・うん、見える・・
・・魔宝を一気に解放し爆縮させ、マイクロブラックホールを作る・・
・・ブラックホールに全ての魔宝を封じ込めるんだね、わかった・・
精霊様から、借りられるだけの力を借りてしまった。次からは借りすぎに注意しよう。
後は借りた力を実行するため、声に出して言霊を精霊に届けなければならない。
ボク等は、二人そろって言霊を発した。
「「かの星を圧縮したまえ」」
星は自身の重力でつぶれ出し、質量はそのままに体積をどんどん小さくしていった。
どんどん、どんどんつぶれていった。
光を持たなかった惑星が最初は赤く輝き、その輝きが、青、白へと変化する。
わずか数十秒で巨大な惑星が米粒位の白い光の粒へと変わった。
このまま無限の小ささまでつぶれていくと思ったその瞬間、
星が爆発した。
中性子星が出来上がってしまった!!!
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「魔宝が暴走した!!」
ボク、東郷 聖音と双子の兄、神音は、二人同時に叫んだ。
直後、とんでもない変質魔宝の嵐がボク等を包んだ。
気がつくと、ボクは一人祖父の館の裏庭で座り込んでいた。
兄カノンの姿が見えないことだけが気がかりだった。
自分の体が変質し、女性になっていただなんて、この時は気付きもしなかった。