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EVOLVERSE FANTASY  作者: 交差化 道也
対章1
18/22

 住居やパブやその他がすし詰めになった中の一つ、古ぼけた、いつか自重で潰れてしまうのではないかと思われるボロ()の裏手。壊れないと分かっていながらも俺は慎重に階段を上り、2階のドアを開けた。温和な男の声が俺を出迎える。

「おかえり、ソーウィル。素材は集まったかい?」

「ああ、問題ない。すぐにでも作ってくれると有り難いな、ハラルド」


 狭苦しい部屋の隅に腰掛けて目を細めている男。見かけの歳はせいぜい二十歳くらいだが、この世界での実質年齢を見切る材料にはならない。

「全く、人使いが荒いね。今日は遠出して人助けをしてきたばかりだってのに」

 奴の口からは耳慣れない言葉を聞いて、思わず聞き返す。

「人助け? なんでまた。何があったんだ」

 奴は薄く笑いながら答える。

「……そうだね、初めて君を助けたときと同じさ。まだ右も左も分からないような人たちが、PKプレイヤー・キルされかかってたところに通りがかってね。これから成長しそうだったから、加勢してあげたのさ」


 確かにこの男と出会ったとき、俺は何の覚えも無いのに卑怯な手段で殺されかけていた。

 しかし不審な点もある。ハラルドは俺のときも『通りがかった』などとうそぶいていたが、奴は見かけによらず超高レベルのベテランだ。ランクの低いフィールドをうろつく意味が無い。

「あんたが戦ったんじゃ、そのPKerも可哀想だったな。……それで、だ」

 俺は一度そこで言葉を切る。


「どうせその助けた奴らも、なんか《ビビっと》来たんだろ?」


 冗談の色を消した俺の問いに対して、ハラルドは調子を変えずに答えた。

「さあ、どうだか……ね。あの子たちの中で特に面白かったのは一人だけさ。でもそうだね、ソーウィル。あの子に限って言えば、もしかしたら君以上に何かあるかもしれないな」

 俺は答えない。現実世界のことなど考えたくもない。


 ハラルドは初めて俺と会ったとき、なぜか《あっち》で俺の身体が抱えている問題を一目で見抜いた。そして襲撃者をコテンパンにした後で、『君のサポートをさせてくれないか』などと宣ったのだ。その後、奴に言われるがままにホームを移し、支援を受けながら己を強化しているのだが――。

 ハラルドは恐らく、あいつ独自のアンテナに引っかかる興味深いプレイヤーを見つけ次第、追跡・監視しているのだろう。いつか通報されるのではないだろうか、と俺は密かに期待している。


「まぁ、彼らのことはひとまず置いておくとして。さっさと作製に取り掛かろうじゃないか」

 その言葉で我に返った俺は、トレードウィンドウを呼び出して、今日集めた素材を全て並べた。

「ええっと…………うん、大丈夫! 新しい武器が作製可能だ。君のナックルを渡してくれるかい」

 まだ武装を解除していなかったことに気付いて、ナックルを奴に預けるとともにその他の装備品をストレージに放り込む。


 現在の俺の主武装メインアームである《メタルナックル》は、店売りの低級品を強化したものでしかない。無論ショップに売っている武器も強力なものはあるが、今の俺の経済力ではとてもではないが手を出せない。そうすると、今より強い武器を得るには、素材を集めて新たな武器を合成するかしかないのだ。


「前に言ったかもしれないけど、武器作製にはランダム要素がついて回る。ソーウィルの期待通りの性能になるかどうかは分からないよ」

「手数料無しで合成・強化・修理までやってくれてるんだ、文句なんか言えるか」

 俺の言葉に対し片頬の笑みを浮かべると、ハラルドは部屋の隅の合成炉を起動した。こんなボロ家の二階で火など起こしたら大変なことになりそうだが、街中の建築物は如何なる手段でも破壊不能だ。


 ハラルドは炉に俺のナックルを放りり込んだ。性能が大したことないとは言え、それでも俺の相棒だった得物を手放したことに、若干の寂寥感を覚える。しかしこれは、俺と相棒が永く共に戦うために必要な作業なのだ。

「君のおかげで、こうして手間が一つ増えるんだよね、気持ちは良く分かるけど」

 赤々と力強く燃える炉の中で、俺のメタルナックルが完全に融け落ちた。そして、代わりに――。

「ほら、君の相棒の魂だよ。見るかい?」

ハラルドが炉の中から取り出したのは、鈍色に光る数個の立方体だった。メタルナックルを形作っていた金属素材の一部だ。

 俺は神妙な顔で高密度の物体を眺めていた。


 アイテムを融かすと、そのアイテムのランクに応じた素材が手に入る。メタルナックルはごく一般的な鉱石とその他皮革などで出来ているため、炉で分解するとそれらの一部が残るのだ。

 これを合成素材や強化素材にすることで、自分の愛器を、精神的にだが多少長く使うことが出来る。もちろん、次の装備の素材が今の装備と全くかぶらなければそれで終わりだし、強力なドロップ品が手に入ればそれに乗り換えるのだが。

「それじゃハラルド、頼んだ」

「オーケイ」

 ハラルドは俺の集めた素材と奴の手持ち、そしてメタルナックルの残滓を手順を踏んで炉に投入した。一つ、また一つと新たな素材が炎に飲まれる度に、真紅の輝きが一段と強い光を放つ。赤く融けかけた鉱石とモンスターの体の一部が融合し、一つの直方体状の物体へと姿を変えた。

 ファイアドラゴンのブレスのような炉の熱気を受けながら、ハラルドは合成された素材を左手のヤットコで取り出した。静かに金床に下ろす。そうして、右手に握り締めたハンマーを振り上げて――


 カァアアン!


 高らかな槌音が響き渡る。ハラルドは動きを止めることなく、二度、三度と合成金属を叩き続ける。一定のリズムを刻みながら、力強く。普段は謎めいた目つきで俺をけむに巻くハラルドだが、一度その手に武器か合成用槌を持てば、ただひたすら真っ直ぐな気迫で目の前の目標と対峙するのだ。

 俺がコイツについて来たのは、この真剣さに惹かれたからかも知れない。そんなことを思いながら、俺は無心にハンマーを振り続けるハラルドを見つめていた。今はまだまだ低級な装備でしかない。しかしいずれは奴と同じ位の力を得て、とんでもない強敵相手に戦いたいと、このときだけは思う。


 五十回を数えた頃だろうか。ハラルドがその槌を振り上げるのを止めた。規定回数を叩き終わった合成金属が光を放ち、その姿を変える。まず細胞のように二つに分裂し、それぞれが同じ変化を始めた。

 五指を覆うプレート、手首を守る籠手。厚みと細部の構造がまるで生き物のように完成形へと向かう。表面が滑らかな白の骨に覆われ、拳の部分がゴツゴツと尖り、俺が狩り続けたオーガフォックスの鬼面にそっくりの彫りが施された。

 生まれ変わったナックルがひときわ強い輝きを放ち、合成は終わった。


 差し出された白いナックルを礼を言って受け取る。指先でタタンと軽く叩くと、鈴を弾くような音と共にウィンドウが表示される。武器名、《オーガフィスト》。制作者の銘は勿論ハラルドだ。

「オーガフィスト。メタルナックルに比べれば狩りの効率も多少はマシになるはずだよ」

「本当に助かるよ。ありがとう、ハラルド」

「劇的な違いは出ないだろうけどね。それよりちょっと防具の方が心配だな……裁縫スキルは取ってないから、トレノを貯めて商業街の店に行った方がいい」

 この世界の装備品は押しなべて高価であり、貯まる度にメシへと散財してしまう俺には、良質の防具などなかなかに遠い目標だ。

「まあそのうちなあ……ブラウズ」

 ウィンドウを呼び出し、新武器オーガフィストを装備フィギュアに設定する。俺の両腕に、それまでより少し重く、冷たい感覚が上書きされた。

 俺はハラルドに断って、部屋の中で数回ASを発動した。武器が変わるとスキルの感覚も変わるものだが、オーガフィストはメタルナックルよりむしろ扱いやすいくらいで、今持っている最高八連続技も難なく最後まで出すことが出来た。


「その分なら大丈夫そうだね、ソーウィル。よく似合ってるし」

「申し分ないな、これは。明日の狩りが楽しみだ」

「明日の狩りの前に、今日の睡眠だよ。もうとっくに日が暮れてるんだ」

 気が付いてみれば、窓から見える外の景色はすでに暗く、家々の明かりがハトルグリームスの街に散らばっている。一際明るいのは、ホールや円形劇場などが溢れる芸術街だ。夜も船が発着する機公城は光の塔のごとき威容を見せる。


 この街をホームタウンにしてからというもの、折に触れては俺は飽きずにこの夜景に見入ってきた。猥雑で、だからこそなんともいえない生活感のあるハトルグリームスの街の夜は、一つしかないベッドをジャンケンで奪い合う毎日を考えてもなお釣りが来るくらいに美しい。


 俺はハラルドに向き直った。今夜もバトルの時間だ。


「今日こそあんたを床に転がしてやるよ、ハラルド」

「ふふっ、これまでの戦績では僕の勝率は八割越えだからね。返り討ちにしてあげるよ、ソーウィル」

 俺とハラルドはアツイ視線を交わした。なんの合図も無しに、同時に勝負のモーションを取る。

「「最初はグー!」」

 そのとき俺は右手に違和感を覚えた。しかし一度幕を落とされた勝負は止まらない。

「「ジャンケン、ポン!!」」

 奴の手はパー。

 俺の手は、解除していなかったオーガフィストの装備状態で、無意識にもっとも自然な手の形――

 すなわち、グーを出していた。

「今日もベッドは僕がいただきだね」勝ち誇るハラルド。

 防具が貧弱だろうと、部屋が更に狭くなろうと。トレノが貯まったらベッドを買おうと、俺は強く決心した。

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