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 クラスに関係無く自分でボーナスを振ることが出来るパラメータはHPとMPを除く全てだ。HPとMPはクラス固定なのでどうしようもない。

 また、他のパラメータも固定上昇値が設定されており、好きに振れるボーナスは一度のレベルにつき1、2ポイントしかない。

 曲刀はクリティカルが命の武器なので、片手剣使いの成長型では本領を発揮出来ない。よってフィンブルは貴重な成長ボーナス2ポイントを、クリティカル発生率に影響を与える♯LUK♯(幸運)に慎重な手つきで振った。


「お待たせ。それじゃあ行くとしますか!」

 ブンむくれた顔のフレアが突き出したワンドを華麗に避けながら明るい顔でフィンブルは言った。こんなふざけは現実では到底無理なはずなのに、言い尽くされた表現だが心に羽根が生えたように体が軽い。本当なら行方不明の隼也を探すことや、3度死んだときのデスペナを考えればもう少しシリアスになってもいいのだが、湧き上がるワクワクを抑えることが出来なかった。

「一発! 食らわせなきゃ! わたしの気が! 済まないの!」

 時折繰り出される打撃攻撃を、襲撃者の為を思って回避するその格闘劇を見て目を白黒させるムートに冗談を飛ばしながら、フィンブルたちは草原を探索し続けた。


 途中アクティブモンスターが何回か襲いかかって来たが、ついにスキルのコツを覚えたフィンブルとフラストレーションの塊となっていたフレアがバーサーカーのように打ち砕いていった。この世界ではMPは本当にゆっくりではあるが自動回復するようで、まだ高価なMP回復POTは購入していない。

 ムートはと言えば、Mobへの恐怖かはたまた暴れ散らす馬鹿二人への恐怖か、雑魚戦には滅多に加わらなかった。

 それでもパーティーを組んだことで経験値は加算され、何度も戦闘を行ううちに、フレアとムートはレベルが上がっていた。レベル2からの必要経験値はかなり上がるようで、フィンブルもレベル2のままだ。


 広大な草地を歩くうちに、突如フィンブルたちはごく低い崖のようになった場所に突き当たった。崖の縁は緩い弧を描いて広がり、その先の低地を遠くから見えないように隠していた。眼前の窪地は奥行きを持って先へと続き、ここだけ違うフィールドのように思える。


 崖の縁に座り込んだフレアとムートが成長ボーナスを操作し終わったところで、機嫌を直したらしくフレアが言った。

「という訳で、これじゃラチが明かないと思うの。いつになったらヒールハーブのある泉を見つけられるのよ!」

「何がどういう訳なのかさっぱり分からないけど、俺も全面的に賛成する」

「どうしたもんかしらね……アイデア! 挙手!」

 自分で言い出してすぐに黙り込むアホ2人。

 そのとき、本当におずおずといった感じで小さな手が挙げられた。


「あの……方法が無くはないと思うよ」


 その言葉でアホの表情が変わる。

「「詳しく」」

 そろって身体を乗り出して訊くフィンブルたちに、ムートは詰まりながら驚くべき答えを返した。


「あの……えっと……さっきから、水の匂いがするんだけど……」


「「匂い?」」

「えっと……死んじゃったおじいちゃんと一緒に、里山の中とかよく遊びに行ってたから……分かるんだ」

 意外過ぎるムートの特殊能力を知って、フィンブルは思わず感嘆する。

「ムートすげーな……」

「……本当は、もっと早く言うべきだと思ったんだけど……ごめんなさい」

 ふと、さっきから少し控え目なムートの態度に違和感を感じてフィンブルは問いかける。

「どうした、ムート? さっきから元気がないけど」

 心配に思って顔を覗きこむが、ムートは俯いてつややかな唇を噛むばかりだ。フレアも突如重苦しくなった空気を察知して、心配してムートを見つめるも言葉は無い。

「ムート……?」

 体感時間で60秒ほどの沈黙の後、ムートは絞り出すように空気を揺らした。


「…………さっきから、助けてもらってばっかりで、ボクは何もできてないから……ここに来るまでだって、助けてもらった以上戦わなきゃいけなかったのに……怖くて、カラダが動かなかったんだ」


 その台詞は、フィンブルに昔自分が感じていた気持ちを思い出させた。中学でいじめられていたときに、自分の味方になってくれていたフレアに抱いていた気持ち。こんなに力を分けてくれる友達がいるのに、自分は正面から立ち向かうことも出来なかった、そのときの無力感を。

 我知らず、フィンブルは口を開いていた。


「ムート」

「……本当にごめん、フィン――――」

「――――あやまるな!!」

 びくっ、とムートが背中を振るわせる。

「仲間なんだよ、俺たちは。そうだろ?」

「でも……」

「ムートがそう言ってくれるだけで、俺たちは全然何も気にしないし、その気持ちを有難く思えるよ。でもな、仲間なら、そんなことは気にしなくていいんだ。もしそれで気になるんなら、何も言わずとも自ら行動で示す、そうだろ、ムート」


 その言葉は、ほとんどフィンブル自身に向けて放たれた言葉だった。あの日から何も強くなれていない、憎むべき自分を鞭打つ言葉だった。顔は出来るかぎり明るく言いながら、多分フィンブルの瞳にはこれ以上無く苦く暗い光が揺らめいていた。

「フィンブル、あんた――」

 表情からフィンブルの考えていることが分かったのか、フレアが気遣うような色の視線を送る。しかし、それをムートに気付かれる前に、フィンブルはニヤッと笑ってムートに喋りかけた。

「だからさ、一緒にがんばろうぜ、ムート」

 フィンブルの目に隠し切れない暗い光があるのに気付かなかった訳ではないだろうが、ようやくムートも笑顔を取り戻した。

「……うん!」

 元気を回復したムートを見たフレアが、声のトーンを上げて言った。

「ほら、もう休憩は終了! 戦士たちよ、シシ神の森へいこう!」

「森じゃなくて草原だけどな。しかもその台詞を言ったイノシシは満身創痍だった気が」

「じゃあラピスラズリの鉱脈を探す旅へ!」

「実は薬草を探す旅だけどな」

 2人のやりとりを聴きながらムートがくすくすと笑った。

「……でもたぶん、もうそんな遠くないよ。その、なんていうか、この先明らかに目的地っぽいし」


 その通り。低い崖の先へと広がる窪地は、植生も草原とはまるで違う。


「おいフレア、バカにされてるぞ」

「冗談は髪型だけにしてよね。フィンブルに向けた言葉に決まってるじゃない」

「……ゴホン。まあそういう血迷った台詞はさておき、ここからどうやって下に降りるかが問題だな。2メートル以上あるし、下手すりゃ高所落下ダメージが発生しそうだ」

 真面目に顔を引き締めて言うと、他の2人も少し思案顔になる。

「わたし、飛び降りるわ」

 フレアが真顔でとんでもないことをさらっと言った。

「はあ!?」

 思わず顎を落としてフレアを見つめる。「だってたかだか2メートルちょっとでしょ? 全速力で走ったときの衝撃が、自分の身長と同じ高さから飛び降りたときと同じってどっかの本に書いてあった気がするし、この世界の身体は現実よりも少し強化されてるみたいだし」

「お前の知識は信じるには怪し過ぎるんだが……」

「……ごめんおねえちゃん、ボクもちょっと……」

「それじゃ、フレア、いっきまーす!!」

 2人から批判を食らってもお構い無しに、あっさりとフレアは垂直な崖の縁へと歩いて身を躍らせた。

 慌ててフィンブルたちは低地を覗き込むが、流石の運動能力を持ったフレアは着地の衝撃を上手く吸収し、HPを全く削ること無く少し色の濃い草地へと降り立った。

「ほら、早く来なさいよー!」

「お前の辞書に恐怖の2字はないのか」

「踏み切っちゃえばそれほど怖くないわよ?」

 隣のムートは驚きと少しの呆れで声も出ないようだ。


 しかし、フレアが下の窪地に降りてしまった以上、フレア自身の安全性の面からフィンブルたちもなるべく早く降りなければならない。フレアは魔法職であり、近接戦用スキルは一切取っていないからだ。

 これで下に続く道を探している内に合流が遅れ、フレアがMobに殺されていたなんてことになればフィンブルはパーティーメンバー失格である。フィンブルは覚悟を決めた。

「降りよう、ムート」

「む、ムリだよそんなの……」

「それで俺たちが下に続く道を探してるうちに、フレアがモンスに襲われたらヤバいだろ? 怖いかもしれないけど、行くしかないんだ」

「…………わ、わかったよ」

 フィンブルとムートは崖の縁に立った。下にはフレアが待ちくたびれている。

「……意外と怖いな、2メートル」

「……うん」

「いっせーの、せ、で跳ぼう。いいな?」

「……う、うん」

 ムートが唾を飲み込む。

「行くぞ、いっせーのー、せっ!!」


 フィンブルは少し強張った脚を無理に動かし、フィールドを蹴った。革装備の裾がひらめき、下方向へ一気に加速する。着地の瞬間脚のクッションで衝撃を吸収するが、上手くはいかなかったようで、不快な痺れが残る。幸い、HPは削れていなかった。

 さて、ムートは果たして大丈夫だろうか、とあたりを見回してみるのだが、なかなかその姿を見つけることが出来ない。となると。


「上かっ!!」


「……ごめん、フィンブル」

 上の草原にはまだムートが跳べずにいた。心の底から困ったような顔をしている。ようやくフィンブルは、自分よりずっと背の低いムートの場合、同じ高さでも感じる恐怖が桁違いだということに気付いた。

 フィンブルはゆっくりと土の壁に近付く。

「ほらムート、後ろ向いて、ゆっくり降りてこいよ」

 上に向かって両腕を伸ばす。フィンブルのやろうとしていることを理解してくれたようで、ムートは後ろを向いて、地面の縁に掴まって、壁面に足を着ける。

「よっ……こらせっと」

 フィンブルはムートの身体を両手で支えて、下まで降ろしてあげた。

「お待たせ、フレア」

「……フィンブル、いいお兄ちゃんになるわね」

 待っていたフレアが神妙な顔をしてそんなことを言ったが、どういう意味がよくわからない。

「まぁ、とにかくさっさと行こうぜ」

 そういってフィンブルは窪地の奥へと歩き出した。後ろでフレアがムートに「あいつ本当はひどい奴なんだよ。わたしが小学校のときなんか……」などと有ること無いこと言っているのが聞こえて、慌てて叫ぶ。

「おい、この世界でリアルの話は無しだろ!?」

「そんなやましいことがあるの?」

「ロールプレイングの意味でだよ! ああいいぜ、そっちがその気なら……おいムート、フレアって実は――」

「言ったらぶっ殺す!」


 フィンブルはまたもフレアとのカオスに巻き込まれたムートを置いて、ワンドを振り上げるフレアを懸命に回避し始めた。心の中でこっそり呟く。


 ――なんかこれだけで、《移動マスタリー》のスキル熟練度が上がりそうだな。

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