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ムートの話を聞いたところ、どうもエヴォルヴァースにおける魔法剣士というクラスは、一般的な魔法剣士や魔法戦士のイメージとは違う、エヴォルヴァース内での初期クラスとしてもかなりイレギュラーな存在のようだった。
通常、例えばソードマンならその時点で解放されている片手で扱える剣系武器をなんでも装備できる。メイジであれば魔法系の武器で同じことが言える。上位クラスになると選択の幅が狭まってくるが、取り敢えず初期クラスならば、成長タイプとその他多少の制約が付くくらいというのがエヴォルヴァースの常識らしい。
魔法剣士と聞くとついつい武器+魔法というのを想像してしまいがちだが、ムートに聞いたその実態を一言で言うと《超近接型魔法クラス》だ。その理由になるのが魔法剣士系クラス専用スキル、《魔法剣》。
魔法剣というのは、《魔力を剣の形に構成し近接格闘を行う》という技が集まったスキルらしい。特徴として、《武器を装備する必要が無い》、《攻撃力に関係する主要ステータスが♯STR♯(力)ではなく♯INT♯(知力)》、《武器を具現化するとMPが消費される》などがある。
武器を装備しなくてよいので、防具に見合った最低限のSTRがあれば、高いASPDを誇れるが、魔力でもって肉体を強化しているため、純物理型戦士のような頑健さがないことなどが挙げられる。エンチャントや武器具現化などMPの消費も馬鹿にならないので、基本的に短期決戦を求められるクラスのようだ。
今のムートのステータスとスキル熟練度では、まだ小さなナイフ程度しか具現化出来ないらしく、威力も店売りの最低級品と同等らしい。
「でもさ、なんか極めたら凄そうなクラスだよな、魔法の刃で攻撃なんてさ」
魔法剣ASの感覚をつかもうと、緑色の光のナイフを振るムートを眺めながらフィンブルは零した。
「うーん、どうなんだろ。ムートくん、いかにも戦闘は怖い! って感じだからねー。極められるかどうかが問題よ」
「普通戦闘は怖いんだよ。メイジの装備でオオカミ相手に豪胆に戦えるお前が異常なだけでさ」
「フィンブルだってそのオオカミと戦ったじゃない」
「全力でちびりそうだったよ俺は…………しかし、こうなるといわゆる《魔法戦士》にあたるクラスっていうのはあるのかな」
「ステ振りとスキル構成でなんとかするしかないんじゃない? どっちにしろ、あたしは魔法戦士ってなんか中途半端な感じで好みじゃないけど」
「それムートに伝えてこようか」
「だから魔法剣士は純粋に魔法系クラスじゃない。アンタ馬鹿なの? 死ぬの?」
「好きに言ってろ。俺はそんな咄嗟の暴言に対応するだけのボキャブラリーはないからな」
相変わらずフィンブルに対してのみ超攻撃的な発言をかましまくるフレアをほっといてムートの方へと歩き出す。
「おーい、ムート」
「あ、フィンブル!」
ムートはそのあどけない顔に自慢げな光をたたえている。
「どうだった? ASマスターできたか?」
「うん! もう完璧だよ」
「それはよかったな! そういや、魔法剣の初期ASって幾つあるんだっけ?」
「今使えるのが2つだよ。フィンブルの曲刀は? まだボクあの縦に斬る技しか見てないけど。練習いいの?」
曲刀で最初から解放されているASは、先ほどの戦闘で使った垂直斬り《クリーヴ》と水平斬りの《ガッシュ》だけだ。
「まぁ、垂直斬りはつかめた感はあるし、ダッシュASのステップも一発で成功したしなあ。大丈夫だと思う……けど。まぁやってみるか」
腰を落として曲刀を中段に構え、垂直斬りASのファーストモーションを取る。
「はあっ!」
しゅきいいいいん! と派手なサウンドエフェクトを立てて、薄赤い閃光が駆け抜けた。しかし。
「うーん……なんかこれ、実戦で使えないと思わないか、ムート」
突如質問を受けたムートがきょとんとする。
「え? なんで、さっきだってその技でボクを助けてくれたのに」
「いやまあそれはそうなんだけど……多分、今俺、剣を構えてからASが発動するまでに確実に1秒かかってたからな。こんなんじゃよほど長い硬直を狙うか、ダウンさせるしかない。お互いに激しく動いてる状態で、確実に入れられるようにならないと……ごめんムート、少し練習させてくれ」 全く面目ない台詞だ。ところがムートは、首をぶんぶん振って答えた。
「ううん、それならボクも練習するよ。まだボクも、時間があれば確実に出せるって程度だし。あ!」
「どうした?」
「エンチャントのスペルワード、覚えてなかった……」
魔法剣スキルには使用者のステータスを高めるエンチャントMSがある。近接戦闘には多いに役立つはずだ。
「頑張れ。どっちが早くマスター出来るか勝負しようぜ? 3、2――」
「え、ちょっと待ってよ!」
「0。スタート」
脱兎のごとく駆け出して曲刀を振り回し始めるフィンブルを見て、ムートも慌てて魔法剣を構えて叫ぶ。
「ま、まってよフィンブル!」
「待たねえよ!」
呆気に取られるムートを置いて、フィンブルは手持ちのASの修行を開始した。
「うーん、なかなか難しいぞこれは……」
曲刀カテゴリの水平斬りスキル《ガッシュ》を繰り出して、フィンブルは呟いた。
《クリーヴ》よりも身体の軸がブレ易く、動きながら出すと不発に終わることが多い。 ムートと競争開始してから5分程かけて《クリーヴ》と《ステップ》の発動感覚はマスターでき、普通に曲刀を振る中でどちらのASも発動に成功したのだが、水平斬り《ガッシュ》だけはまだまだ安定した発動に至っていない。
「勝負は完全にムートの勝ちだな、これは」
見ると、ムートは既にスキルの練習を終えて、一心不乱に自分のステータスウィンドウを見ている。多分、今MSのスペルワードを暗記しているのだろう。武器スキルに同様の補助技があるかどうかはまだ情報が無いが、ソロで戦うような事態になれば是非欲しい。
とにかく今は、水平斬りの練習だ。
フィンブルは曲刀を握ると、右半身に構えて腰を落とし、右腕をかるく身体の前で曲げた。しかし、ASの起動する感覚は無い。
こんなカクカクな動きなんかじゃ駄目だ。大事なのはフォームじゃない、モーションなんだ。
「ブラウズ」
ステータスウィンドウを片手で操作し、スキル一覧から《ガッシュ》の動きをもう一度見直して閉じる。
フィンブルは今度こそ複数の要素を繋いだ《初動》を行った。
ここで溜める!
ついに刀身を液体のようなオレンジの輝きが包み、そのままほぼ自動的に身体が動いた。右腕がアシスト無しではとても出来ないスピードで鋭く動く。
「おお、なんかコツを掴んだっぽいな」
何度も水平斬りを繰り返す。無理な動きをせずにシステムアシストに身を任せれば大丈夫そうだ。流れに逆らわない動きならばさらに威力を増すことも出来そうだが、その修行は多分一朝一夕のものにはならないだろう。帰ったら街の練習人形相手のカラ撃ちをやりまくろうと決意する。
その後、さらなる練習で3つのASをマスターしたフィンブルは、とうにスペルを暗記したらしいムートに声をかけた。
「完全に俺の負けだったな、ムート」
「フィンブル、ステータスからスキルのところ見て!」
「スキル? 自分のか?」
「うん」
「なんだよ一体……ブラウズ」
ウィンドウを呼び出し、スキル一覧を見る。随分曲刀を振ったからか、曲刀スキルの熟練度が初期値の0から9.3に上昇している。5.0を超えたところで、《クリーヴ》や《ガッシュ》と同じような感じの基本技、斜め斬り《ティルト》が解放されていた。ダッシュの方はあまり使わなかったので、3.8と曲刀に比べれば控えめである。しかし伸び率としてはどちらのスキルも良い方なのは確かで、これが熟練度が高くなるにつれてどんどん悪くなるのだ。
「おお、熟練度上がってる」
「これもっと上げればいろんな技覚えられるんだよね?」
「そうだな。俺もう1個増えてたし」
「え! いいなあ……」
「まぁ見た感じ今使える基本技と大差なかったけどな。ただの斜め斬りだった」
「連続技への道は遠そうだね……」
スキル熟練度は果てしなく遅々としたスピードでじりじりと上がっていく。何連撃と知れぬ必殺技や、一撃で巨岩を打ち砕く重攻撃があるらしいのだが、今はフィンブルもムートもそれを空想して憧れることしか出来ない。
しばしお互いに似たような表情をしてほけっと自分の侘びしいステータスを見ていたら、耳元でとんでもない音量の声が響いた。
「いつまで! わたしを! ほっといたら! 気が済むの、よっ!」
「ぅおあっ…………!」
「あうぅっ…………!」
揃って耳を塞いでうずくまる男二人。
「そりゃAS覚えてるあんたたちは面白いでしょうよ! でもわたしは3つしかないMS覚えるくらいしかやることないのよ」
「だから構って貰いたかった、か。ウサギかよ?」
五月蝿く鳴き散らすウサギもといフレアをうんざりした目で見る。ムートはまだ転がっている。もしかしてフレアの声は何らかのスタンパラメータがあるのかも知れない。
「はぁ? 何ワケ分かんないこと言ってんのよ」
「はいはい、俺たちが悪かったよ。ありがとう、待っててくれて」
真面目な顔で謝ると、フレアも機嫌を直したようだった。
「ふん、わかったらさっさと行くわよ……」
「あぁ待った」
ぷいっとそっぽを向いて歩き出したフレアを呼び止める。
「なーに?」
「ムート。コケてんぞ」
指さした先には、草地に倒れているムート。
「あらやだ」
「あらやだ、じゃねえよ……ほら、ムート? 大丈夫か?」
「う、う~ん……フィンブル?」
どうやら気絶していたらしい。
「行こうぜ、出発だ」
「う、うん」
まだ状況が飲み込めてないらしいムートに、フレアが申し訳なさそうな顔をして謝った。
「ごめん、ムートくん」
「え、なんでお姉ちゃんが謝るの?」
ムートはきょとんとしている。記憶を失ったのか? フィンブルは戦慄を覚えながら言った。
「お前、歩くゲームオーバーだな…………」
「う、うるさい! ほら行くわよ!!」
再びローブを翻して歩き出す日乃の足を、またフィンブルは止めた。
「あ、ちょい待ち」
「なによ?」
「ステ振り。さっきレベル上がったのにやってなかった」
「……あーんーたーねーえぇ!!」
激昂した日乃が犯罪者フラグ成立上等で殴りかかってくるのを、フィンブルは覚えたばかりのステップを使って回避する羽目になった。