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 耳慣れないファンファーレが響き、フィンブルは目を開けた。視界右下にシステムメッセージが表示されている。


【レベルが 2 に上昇しました。】


 これまでにレベル1を二体、レベル3一体を倒している。共闘というのを考えると少し早いような気もしたが、上がるに越したことはない。レベルアップボーナスはクラス固定分の他に僅かだが自分で好きに振れるポイントがあるのだが、今はちょっとやる気になれない。


 フィールドに横たわったフィンブルはしばらくの間、これまでまるで意識していなかった、草原にさざ波を立てる微風に耳を澄ませていた。全身の力を抜くと、1秒ごとに何ドットかずつHPが回復していくような気すらする。

 そのフィンブルに近付く2人分の足音が、地面を通して鋭敏に伝わった。


 フィンブルは体を起こした。

 褪せた赤のローブ姿のフレアと、名前も分からない白い革装備の男の子が、フィンブルの前にゆっくりと歩み寄ってくる。


 男の子が一歩進み出て、口を開いた。よくよく見る暇もなかったのだが、かなり顔立ちは幼い。多分、小学4年――いや3年だろうか。

「あ、あの、助けてくれて、ありがとうございました、えっと……」

 第二次発育急進期など遠い先の話だと言わんばかりの澄んだ声が流れる。

「俺の名前か? フィンブルヴェトルだ」

「あ、ありがとうございました、フィン、フィンブルヴェトルさん」

 小さな拳を握り締め大きな目を見開き、濁りのない黒目をうるうるさせて、全力で子犬のような表情でフィンブルを見る。


 フィンブルは思わず笑いながら、現実世界の天沢雪成なら絶対にしないような反応を返した。

「堅苦しいのはいいよ、俺のことはフィンブルって呼んでくれ。『よお、フィンブル!』って感じで気楽にさ」

 すると男の子も少し気が楽になったのか、「う、うん。わかったよ、フィンブル」とはにかみながら答える。

「それで、オマエの名前は?」

「ボクの名前は、えっと……」

「あぁ、キャラの名前だよ」

「……ムート。ボクの名前はムートだよ、フィンブル」

「ああ、よろしくな、ムート」


 ムート。エヴォルヴァースのキャラネームはアルファベットで表示されるので、少しスペリングが気になった。しかしどうしようか考えるうちに、少し苛立ったフレアの声がインタラプトした。

「ちょっと、わたしのことは完全ガン無視なわけ?」


 どんっ、とフィンブルの肩をどつく。足腰のフラフラなフィンブルはそれだけでまた地面に倒れた。恐ろしいことに衝撃でHPゲージがドット単位ではあるが減少する。既にゲージが黄色いフィンブルは、とっさに起き直って叫んだ。

「ちょっ……お前殺す気か!?」

「2回までは死ねるんでしょ? 問題ないわ」

「大アリだよ! 大体な、今のは地面に激突したダメージだったけどな、もしこの《HP保護圏外》で俺に直接ダメージを与えたら、《犯罪者フラグ》が立つんだぞ? 分かってるだろ」

「ああ、そういえばそうだったわね」


 街の外――HP保護圏外でプレイヤーにダメージを与えたプレイヤーには犯罪者フラグが立ち、しばらく保護圏内に入ることが出来なくなる。もとのまっさらな状態に戻るためには、特定の面倒なクエストを受けねばならない。

 ちなみに、戦闘中は魔法と同じように、共闘している限り武器攻撃にもダメージは発生しない。しかし衝撃は発生するので、複数人で戦うときには注意が要る――と掲示板にあった。


 フィンブルはため息をついてムートの方を向いた。

「ムート……まぁ、なんだ。こいつが俺の仲間のフレアだ。生暖かい目で見てやってくれ」

「ちょっとどういう意味よフィンブル! ムートくん、これからよろしくね?」

 これまでのやりとりを見ていたムートが、若干引きつった顔で答えた。

「う……うん。ヨロシクおねがいします」

 引き気味のムートを見て、フレアが毒虫を一気飲みさせられたような顔をした。

「なんなのこの敗北感……」

「これが世界の意志ってヤツさ」

「……アンタ、殺すわよ?」

 そんなことを言ってるからムートに引かれるんだよ――という言葉は飲み込んで、フィンブルはムートに話しかけた。


「ムート、自己紹介が終わった後で何だけどさ、俺たちと《ネームプレート》を交換しないか?」

《ネームプレート》とは、プレイヤーのキャラネーム、性別、クラス、所属ギルドなどの情報が記載されたデータで、ウィンドウから実体化させて交換出来る名刺のようなものだ。これを交換していると、ごく短いメッセージを送れるようになる。


 フィンブルとフレアは、ムートとネームプレートを交換しあった。キャラネームは《Mut》と綴るらしい。クラスは《魔法剣士》とある。

 互いのプロフィールを確認した後、フレアが思い出したように言った。

「そう言えばさ、ムートはここで何をしてたの?」

 すると、ムートが困った顔で答えた。

「その……何がなんだかボクはよく分からないんだ。気が付いたらあの街にいて、ゲームみたいだったからお店で武器を買ったり、依頼掲示板でクエストを受けてみたりしたんだけど……」

 ムートの言葉を聞いて、フィンブルはフレアと顔を見合わせた。さらにフレアが早口になりながら訊ねる。

「クエスト!? なんて名前の?」


「えっと……《薬師見習いの悩み》っていうのを……」


 フィンブルたちは今度こそ驚いた。

「そ、そのクエストは……!」

「薬草をとるだけなら、出来ると思ったんだ。ランク2っていうのがどういうものなのか分からなかったけど……そうしたら、道に迷っちゃった上に、突然オオカミが襲いかかってきたんだ。にげてるうちにネズミもひっかけちゃって……そこにフィンブルたちが助けにきてくれて……」

「たった一人で草原をうろついてたのはそういう理由だったのか……」


 ここまでの経緯を取り敢えず納得するフィンブルの肩をフレアがつついた。

 なんだよ? と目で問い掛けると、フレアは相談するような顔をした。表情の意味するところは、『パーティー組む?』だ。 フィンブルはしゅんと俯くムートの肩をポンポンとたたいた。驚いたようにムートが顔を上げる。

「実はさ、俺たちもやってるんだ、《薬師》のクエ。ムート、俺たちとパーティー組まないか?」

 ムートが驚いて首を振った。

「そんな、助けてもらっただけで十分なのに、ボクみたいな足手まといが増えたら、フィンブルたちに迷惑かけちゃうし……」

「そんなことねえって! 実は、俺たちも今日、ほんの少し前にこの世界に来たばっかりなんだ。だからさ、同じ右も左も分からない同士、集団行動ってのは悪くないだろ?」


 フィンブルの力説に、ムートも心を動かされたようだった。安心と喜び、そしてさっきよりは大幅に減った不安とがない交ぜになった顔で、今度はフレアの方を見る。

「ボクもついていっていいの? おねえちゃん」

 ムートにおねえちゃんと呼ばれたことがお気に召したのか、フレアはテンション5割増しの顔で応答する。

「当たり前じゃない! あぁ、ずっとこういう弟が欲しかったのよね!」

 小さく跳ねながら踊っているフレアにバレないように、フィンブルとムートは互いに目を合わせ、『やっぱコイツヤバい』という共通認識を交わし、同時にコクッと頷いた。男と男の感情の交流方法であった。


 ようやく興奮が収まったらしいフレアが、我に帰ってこちらを見た。

「ん? 何話してんのアンタたち」

 ここで、フィンブルのアドリブ性能が光る。

「あぁ、パーティー組んだりとかの後、まず動く前にASの練習をしようぜって話をな。フレアは♯MS♯(マジックスペル)しかまだ使えないと思うけど、俺はソードマン、ムートは魔法剣士だからな。ASの感覚をモノにしないと戦いにくい」

「なるほどね……確かにその通りかも」

「もともと街中で練習しておくべきだったし、俺も探索中にそう言ったはずなんだけどな……」

「過ぎたことを悔いても仕方ないわね」

 どうやら完璧に誤魔化せたようだった。フィンブルはムートにしか見えないようにサムズアップを送り、ムートも小さくくすっと笑った。

「フレアが『狩り! 狩りよ!』って騒いで封殺したんだよな、確か。……まあそんなことはいい! と、とにかく、全員HPを回復して、パーティー編成を済ましたら修行だ! 頑張ろうな、ムート!!」

「う、うん! ボク頑張るよフィンブル!」


 二人の少し高すぎるテンションを見て、フレアが首を傾げながら独りごちた。


「…………? なんか、ひっかかるわね……」

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