浴衣の心
『お母さん!俺の浴衣ないの?』
『楓はいらないって言ったでしょ?ないわよ!』
『何でぇ!』
朝からゴタゴタしていた。今日は皆で花火大会に行く日。夕方には綾音が迎えに来る…
昨日の夜、まるで連絡網の様に綾音から電話が…
『楓?明日、大丈夫?』
『あぁ、大丈夫だよ!』
『何か、皆浴衣着て来てって……優希が!』
『おぅ、わかった!明日、楽しみだな!』
『ホント楽しみぃ!夕方迎え行くから、ちゃんと準備しておいてね?お願いね?』
綾音…楽しみにしてんだろうなぁ…
電話越しからでもテンションが上がってるのが声のト-ンですぐにわかった。
どうしよお…
俺は花火大会の為に浴衣をおねだりしたが、買って貰える訳もなく…。
ピンポン!
綾音が来てしまった…
俺は恐る恐る玄関の前に立ち……覗き穴から外を覗いた。
外には薄いピンクと赤の綺麗な浴衣を着た綾音が立っていた。
髪をアップにした後ろ姿が……たまらない!
『はい!』
如何にも今来たように返事をし、玄関を開けた…
俺は改めて想った…。浴衣姿の綾音は綺麗だ。そして、夏の心地良い風に流されてくる仄かな香り……
同い年とは思えない綾音。大人だ……
『あれ?楓…浴衣は?』
鼻の下を伸ばしてる俺を現実へと呼び戻す一言…
『………ない!』
口を尖らせながら正直に薄情した…
綾音は、はぁ…とため息を吐き、口を尖らせながら…
『楓の浴衣姿…見たかったなぁ…』と残念そうに呟いた。
綾音の残念そうな顔…。俺は心の中で謝り、私服で出掛ける事にした。
綾音は浴衣…
俺は白Tシャツにジ-パン……
『綾音、ちょっと待ってて?』
俺は少し時間を気にして裏から自転車を持ってきた…
『はい、乗って?』
綾音はキョトンとした表情で俺を見つめていた。
『ほれ、早くしないと……あぁ!』
『……楓のバカ!』
浴衣姿の綾音。自転車なんか乗れる訳もなく…
走らせて汗だくになるのも嫌だし、ゆっくりと夕陽を見ながら歩いて向かう事にした。
ゆっくりと、チョコチョコ歩く綾音。まるでペンギンみたいだな…
履きなれてない履き物のせいか、歩きづらいみたいだ…
俺は『…ん!』と手を出した。
『え?』
少し驚いた顔をし、俺の顔を見つめる綾音。
『ほれ、手!何か転びそうだから!』
俺は鼻の横を人差し指でかきながら『早く!』って…
『…うん』
綾音は俯きながら少し微笑み、そしてソッと手を繋いだ。
お互い意識してなのか、何か目が合わせられない。一歩づつ…ドキドキしながら歩み始めた。
祭り会場が近付くにつれ、人が徐々に増えてくる。きっと向かう先は同じなんだな…
親子だったり友達、カップル……
皆、幸せそうな顔して歩いてる。祭りって凄いパワ-だな…。人を幸せな気持ちにさせる凄い力。
後少しで集合場所だ!待たせてごめん!
さぁ、祭りの始まりだ!