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君を守りたい  作者: 長井雪
第一部
8/62

剣は紙を裁つ

 少女は音もなくベッドから起き上がった。薄暗い部屋の中で、白くしなやかな身体が浮き上がる。

 目的は重厚な机のようだった。燭台に火をともし、引き出しから細く小さな剣を取り出す。


 次に白いノートを取り出し、中の一枚を切り取る。それを折りたたみ片手に持って窓を開けた。

 風と共に白く美しい花びらが部屋に入る。どうやら窓のすぐ傍に木があるようだ。


 少女は窓辺に身を乗り出し木の枝に片方の手をかけ、もう一方の手を木に伸ばし、紙を枝に結ぶ。


 最後に取れないようにと確認し、躊躇うように紙に口づけ部屋に戻った。




――私はどうしようもない愚か者だ! 早くリードへ調査の続行の依頼をせねばならんのに寝ようとしていた。

(風呂上がりにベッドに身体を沈めて、ほっ等としてから思い出すとは、腑抜けである)


 まぁ、自分への罵倒をこんな夜中に叫べるわけもなく、日記に書き込んでいる状況が一番馬鹿らしいとは思うのだが。

(いや、日中でも叫ぶ事など出来ないか。家族と執事とメイドが即座に来るだろう。私の名を絶叫しながら)


 はぁ、こんな自戒行動が意味を持っていればいいのだが。



 ペーパーナイフで切った紙は数時間前の不注意で滲んだページだ。

 いらぬページを処分したまで。その後の行動も、別段おかしくはない。

 行動の意味は、勿論リードへの調査続行の合図だ。


 あからさま過ぎる? それが実はそうではない。


 一年ほど前から、貴族の婦女の間で恋のまじないとして流行っているのだ。


 白いユリエの花が咲く木に、思いを込めて紙を結ぶ。必要なのは乙女の口づけただ一つ。この紙が木から外れる事がなければ恋は叶うという。


 この、まじないを知り、私が合図として使う事を考えたのだ。



……のだったら私もここまで落ち込む事もなかったな。


 ふふっ愚痴ろう。今日は愚痴るぞ!

 一年と少し前に私はリードと知り合った。彼は腕のいい情報屋だ。

(リードは私を誇り高い、強い人間だと、最高の褒め言葉を贈ってくれる。が、姫とも呼ぶ、貶したいのか褒めたいのか分からん奴だ。まぁ有能だから構わないが)


 だが仕事を依頼するにも頻繁に街に出て会うわけにもいかず、簡単な指示は合図で知らせる事になった。

(リードの事は家族にも秘密だからな。手紙等は以っての外だ)


 だがな、私のこの不出来な頭では、合図と悟られない合図など難し過ぎたのだ。


 それでも、まぁ精一杯の知恵を絞り、窓の外のユリエに紙を結んだのだ。白い花の中、見分けもつかないだろうと。


 それに何も書いておらぬし、誰も気になどしないだろう、そう思っていたのだ。


(……まぁリードには、なんて分かりやすい! と大笑いされたのだが)



 そして、確か三日後に招かれた茶会で、進退窮まる事態に追い詰められたのだ。


『アリア様! アリア様! 先日、お部屋の窓の傍のユリエの木に紙を結んでましたでしょう。あれは一体何のおまじないですの?』


 比較的家が近い少女からまさかの言葉が出た。

 そして頭の中が真っ白になっている内に、少女達につめよられていた。


『まぁアリア様の』

『気になりますわ』

『是非教えて下さいまし』


 違いますわ、などと言える空気は既になかった。

 だから咄嗟に、嘘を、苦し紛れに言ったのだ。


『皆様、ごめんなさい。そんな素晴らしいおまじないではないの。……来週から兄様が演習で遠くへ行ってしまわれるから、この国に一番多いユリエの木に紙を結んで、私の代わりに見守ってくれるよう頼んだの』


 来週から兄上が演習で国境付近まで行く事は本当だった。心配したのも本当だ。だが、まじない等、私の頭によぎるわけがない。


(私は27年、男として生きた記憶があるのだぞ。精々、お気をつけて、と言うくらいが精一杯である)


 もうこの会話を終わらせたくて、その場で兄様に伝わると恥ずかしいから皆様は真似しないで。と言い、やり過ごしたはずだった。


 はずだったんだ。


 なぜか二日後、兄上に熱烈に抱きしめられ、頬に口づけられた。

(心配性だな、アリアは。大丈夫だ、絶対帰ってくる。の言葉に、消えたくなった)


 そしてウォルシュ伯爵の子供達の麗しい兄妹愛と(なぜか美貌と)おまじないが爆発的に国中に広まったのだった。


 なぜか恋を叶えるまじないとして。

(兄妹愛の需要はないのかね)


 恋、恋か。みな好きだな。


 そういえばエミリオ少年も恋をしてるそうだな。

 若いな、初恋か。手伝いが出来ればよいが。いらぬ世話にならぬ程度にしよう。


 うん? 今日は風が強いのか、何やら外が騒がしい。もう寝るとするか。



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