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君を守りたい  作者: 長井雪
第一部
7/62

滲んだページ

――日記を書く事を再開しようと思う。

(晩餐の時刻だと呼ばれたのだ。仕方ない。私が来ないと食べ始めないのだ、あの方達は)


 さて、どこまで書いたのだったのか。


――あぁ、魔の領域が見え、恐るべき未来予測図が脳裏に走ったところまでか。

 ふふっこの私が唯々諾々と受け入れたと思うのかね?


 勿論、全力で拒否したとも!!


(何が悲しくて、妻に抱き上げられねばならないのだ! 違うだろう、むしろするのは私だ。……いや、もうこの先する事はないのだが。な、涙などこぼれておらぬぞ!)


 私は駆けた。魔の領域が視界に入って一瞬後には。

 即座に行かねばならなかったのだ。彼が私を振り返る前に。



 ドレスの裾を持って走り出す。


 目標はぬかるんだ地面にある、均等に配置された石だった。十個、十分だ。


 石と石の間を跳ぶ。多少の無様さは気にしない。

(やるしかない、やらねばならない。ゆくぞ私!! 跳ぶのだ!)


 カツッカツッと石とヒールのぶつかる音が響く。


 全てを跳び終えて、舗装された道にたどり着く。

 よしっ!! と拳を掲げたくなる衝動を抑え、呆気にとられた面々を見る。


 私は取り付けたように微笑んだ。


「ごめんなさい。お手を煩わしたくなくて」


(言わねばならなかった。私はアリアだったから)


 そこで私は勝利の余韻に酔いしれていたのだが。

(なぜ、なぜ私はそこで呆けていたのだ。即座に行動していれば、この様な事にはならなかったのに)


 はぁ、大変動揺する事が起きたのだ。




 呆気にとられた面々でいち早く、我にかえったのはエミリオ少年だった。

(彼の呼び方はエミリオ少年にしよう。なんだか気に入ってしまった)



 クスッと笑い、私と同じ様に石を跳んできた。


 優雅である。

 茶の髪はさらっと光り輝き、長い脚は石を跳ぶ事も苦ではないらしい。


(私の必死の跳躍に対する当てつけだろうか。私の被害妄想か、これは)


 私はズンッと沈み込んだ気持ちのままエミリオ少年を見ていた。


 邪魔になるなと思い、一歩下がった。

――その時だ、想定外の事が起きたのは。


 一歩下がった私の手は、なぜか少年にとられ、彼は私の前で片膝をついていた。

(この時の私は、その小綺麗な服の膝が汚れるぞ少年。などと内心で思う余裕もなく、呆然として見ていた)



「この手に力を貸す事を煩わしい等と思う男がおりますでしょうか。少なくとも私は思いません。……もしお嫌でなければ、今後この様なときは私をお使い下さい」



 美しい少年が真摯に見上げ言っている。


(卒倒しなかった私を、誰か褒めてくれ。褒めちぎってくれ! ひぃぃぃぃ!! 思い出すだけで気が遠くなる)


 だが私は頑張った。震えながらも手を振り払わずに答えた。


「……覚えていたら頼みますわ」



(私は忘れるっ!! 明日には絶対に忘れるぞ)


 私はエミリアに女性扱いされた事が本当に堪えてしまったようだ。それだけだ。


 本当は『ここは学院、知識を学ぶ場所です。社交界ではないのですし、必要以上に紳士として接しなくてもよろしいのです。私も守られるつもりはありませんの』と言うつもりだった。

 他の男どもならこの台詞だ。


 つまり『その様な扱いは社交場で充分である。なぜにこの学ぶべき場でまで、かような扱いを受けねばなるまい!』と言いたいところだったのだ。


(伸びた鼻の下をへし折ってやるのだ)


 だが、少年はエミリアなのだ。私にどうしろというんだ。



 幸せになって欲しい。

 この世の誰よりもだ。


 だが私は普通ではない。

 彼が紳士的な人間で、女性相手にはその様に振る舞う事が彼の常識なのだとしても。

(その彼を尊重したいと思っていても)耐えれる事ではないのだ。



 ……嗚呼、インクが次のページにまで滲んでしまったようだ。


 私の、この苦悩は続くだろう。


 彼女から離れればすぐ終わることだ。だが、それは出来ない。したくない。



 彼女を守る、その私の望みを叶えるために。



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