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君を守りたい  作者: 長井雪
第一部
53/62

君を守りたい

 寝苦しく、身体は燃える様に熱かった。

 それでも目を開き、かすかに認識できる景色は見覚えのない部屋だった。

 小さな音が聞こえた。視線を動かす。

 薄暗闇の中、見えたのはよく知る金色だった。


「……アリ、ア?」

「っ! 気がつきましたか」


 アリアが振り返った。嬉しくて、でも泣きそうな表情で。

 思わず彼女に手をのばしす。でも思うようには動かなくて寝台に手が落ちる。

 その手を彼女が握ってくれた。苦しみがやわらいだ気がした。


 夢じゃなかったと思った。

 会いたくて、会いたくて胸が張り裂けそうだった。

 こんな最後は嫌だった。

 まだ自分はなにもしていない。ようやく始まったところなのに。


 私の人生も、彼女との未来も。



「もう、大丈夫です。安心して休んでください」


 その声にとても安堵して、穏やかな眠りに身をまかせた。



「……貴方は、絶対にお返しします」






 そこは本邸の中、寝室のなかでも一番大きく鍵も厳重だった部屋だった。


 アリアは暖炉に薪を入れ、火にくべた。これで明日の朝までは暖かいだろう。あとは多少の食料に薬。それと武器。準備は整っていた。


 背後の寝台を振り返る。荒い呼吸をしながらエミリオが眠っていた。綺麗な茶の髪が汗で額に張り付いている。それをそっと布で拭う。


 エミリオを看病するのは二度目の事だった。多少の違いがあっても、とても状況が似ていた。

 エミリオの症状が熱である事。敵がいる状況での看病である事。その原因にアリアがある事だ。


 風の吹きすさぶ牢の中で抱きしめられても、彼の身体は冷たくなかった。むしろ熱すぎるほどで、彼の身体を熱が蝕んでいる事は明白だった。


 だから私の行動は間違ってはいなかったと思う。そう思う事にした。



 静かだった。

 眠る君になら、話してもいいだろうか。


「……誕生日、おめでとう。もう過ぎてしまったけれど、本当におめでとう」


 君の誕生日を聞いて、私は悲しかった。


「――私の誕生日は今日なんだ」


 このずれの意味が、すぐに分かったから。


 君を一人にした。

 君が血を流し傷ついたとき、私は君の傍にいなかった。

 君より後に死ぬなんて、あるはずがないと思ってた。


「同じ日がよかった、な。でも本当は、一番は――違う」


 私のずっと、ずっと後に。

 君には穏やかな死をむかえてほしかった。


「エミリオ、私は君を守りたい」





 夜が明けた。アリアは安堵した。エミリオの熱が下がったのだ。それでも身体はつらい様でアリアの渡す水や薬をなんとか嚥下していた。


「歩けますか?」

「……うん」


 肌が痛くなるような寒さ。そんな空気の中をアリアはエミリオに肩をかしながら歩く。


 ゆっくり、一歩一歩前に進む。本邸をでると、すぐ傍に馬車が見えた。

 馬車の扉を開け、エミリオを乗せる。ぐったりとしていて、身体が崩れて座席から落ちてしまいそうだった。


――こんなに苦しめた。


「――……これは毛布です。この袋には水と食料と薬が入っています。あと最後に、これを――」


 剣を座席の傍に置く。やれる事はこれで最後だった。


「アリ、ア?」


 あとは、君に別れを。


「君をまき込んでしまった。これは私が原因で、私が始末をつけなければいけない事だったのに」


 理由は言わない。でも何も言わずに去るような事もしたくなかった。

 君を傷つけずに、君の人生から退場する。そんな事が上手くできるかは分からない。でもこれは私の意志なのだと告げる。


「だから、行きます」


 まっすぐに君を見る。記憶に焼きつけるように。


「まって、い、くな」


 扉を閉め鍵をかける。のばされた手を無視して。



「――ずっと君を守りたかった、エミリア」







「大変か弱い方ですね」


 馬車を見送るアリアに背後から声がかけられた。この本邸でアリアを出迎えた青年だった。


「碌な防寒具もなしに牢の中で一日すごしたんだ。おかしくはない」


「あの少年にそんな配慮をするわけがないじゃないですか。――こちらは譲歩して明け方までお待ちし、馬車の用意までした。次は貴方様が約束を守って下さる番だと信じています」


 アリアに対しては驚くほど丁寧に話す青年が、エミリオに対しては憎悪を滲ませて話す。

 それがエリクの影響である事は簡単に予想がついた。


「わかっている」





――門で待ち構えていた騎士の青年はアリアに剣をむけ斬り合い、そして取引を持ちかけてきた。



「貴方様はお強い。英雄と呼ばれたのもわかります。その様な惰弱な肉体でよくそこまで動ける。感服いたしました」


 アリアは内心驚いていた。この時代にこんな使い手がまだいる事。そして青年の技と動きが、記憶の中のエリクと一致していたからだ。


――それは自分にも似ている事を意味していた。エリクは弟子ではなかったがアリアスの剣を最上とし、目指していたから。


「ですが私と殺りあうなら、互角に持っていけるか不安、といったところですか。――私は貴方様を殺すつもりはありませんが、私の願いを聞いていただけないなら、確実に彼を殺します」


 青年は言う。

 貴方様にとってのエリク様。エリク様のとっての私。

 そして私にも剣を捧げてくれた部下がいる。――私の意志は引き継がれるだろうと。


「エリク様の命数は残り少ない。だが私が、私の部下がいる限り、あの少年に安息はありません」


 騎士の青年は、そこではじめて表情を崩した。冷静に戦況を見極め、取引という名の脅迫をしても顔色一つ変えなかったというのに。



「エリク様にお会いしてください。あの方は貴方だけを待っている」





みなさまは地震では大丈夫だったでしょうか。私は親族が被災地に近く、ニュースを見ては胸が痛かったです。こんな風に文章を書く気にはなりませんでした。


ですが地震があった日からも、評価やお気に入り登録が増え、アクセス数が一定にあり続けるのを見て、ちゃんと完結すべきだと思いました。


更新を待っていた方には、すみません。悲しい事は多いですが、私の書いた物語で少しでも楽しんでいただけたらいいのですが。


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