君に会いたい
整備などされていない道を馬で駆ける。視界には生い茂る木々しかない。建物もなく、人もいず、生き物の音もあまりない。
そんな中をアリアは無心で馬を走らせる。いかに早く着くか――ただそれだけの為に身体を動かした。
「すまない、飛ばしすぎてしまった」
アリアは川の傍で馬から下りると、労うために馬の首を撫でた。栗毛の馬は荒く息を吐きながらも、アリアの導くままに水を飲む。
ささやかな小川と木々で囲まれた場所。休憩には最適だった。
馬を潰してしまうほど走らせてはいなかった。それは馬がよかったのが幸いしたのだ。
アリアが騎乗するときも側近の反応を見て判断し抗う事なくアリアを乗せた。
とても賢く、足もそこそこ速い。そして何より体力のある良い馬だった。
道のりはまだ遠い。王都を遠く離れ、既にヘイクリッド公爵領には到着した。時刻は既に昼だった。それでも別邸にはまだ遠い。
落ち着いて考えれば、とても早くここまで来る事ができたといえる。だが――
「焦ってもよい事などないと知っているのに」
なんて遅いのだと思ってしまう。
思い出す言葉。まだ色濃く残る、執着。リードの調査報告の中の一文。
『――……それから金獅子の熱狂的な信奉者であることが有名ですねぇ。かの英雄の絵を描かせて、それが不出来だと画家を斬ったなんて話まであるくらいだ』
『あとは普段は邸宅から、いや、別邸から出ない事も有名です。……噂の域をでませんが、かの英雄の遺品の蒐集し、それらから離れない為に別邸から出ないのだとか』
『――姫さんがどういった理由でこの人物の調査を俺に頼んだかは知りやせんが、客観的な見解を書きますとこうですね。戦争が終わって約60年、だがこの人物の中で終わっていないのでしょう』
――英雄に狂ったままだ。
胸が騒いで、静まらない。
別邸を視認できる距離に着く。一体何年ぶりだろうか。建物がとても古びたと思う。それと遠目からでは確認できないが、本邸と塔をつなぐ橋かなにかが出来ていた。
アリアは偵察を終えると馬を道から離れ木々で隠れた場所に連れていく。
「君の主人を連れてく来るから、待っていてね」
逃走手段の確保としてなら、手綱を木に結ぶべきだった。
だが、他の動物に襲われたときや、発見されてしまったときの事を考え、あえて手綱は結ばなかった。
襲撃の前に装備を確認する。小剣が一。投擲用のナイフは三。蛇の神経毒の入った小瓶が一。ナイフに浸らせケースに仕舞う。これらは日常的に携帯している装備だった。服に隠せるという理由で。
そして長剣が一。布を外す。充実した装備。今日でよかったと心から思った。
少し悩んで茶の外套は脱ぐ。寒さと目立つからという理由で着ていたが、今は動きやすさを優先した。ヒールのある靴は嫌だったが替えがないから仕方ない。
白のドレスに白の靴。本当に戦闘服になってしまった。アリアは昨日の会話を思い出して少し笑った。それだけの余裕がまだある事が嬉しかった。
木々で隠れた場所からナイフを投擲し、門番をまず倒す。
潜入なら背格好が同じなら衣装を取り替えるのが一番楽なのだが。アリアの身体ではできるわけもない。なら確実に一人ずつ倒すのみ。
門番の身体が傾くと同時に走り出し、正門の中を窺う。
本邸と正門の間。そこに、一人の青年がいた。門番の男とは明らかに違う、騎士の青年だった。こちらに気づいている。おそらく多少以上に腕が立つ人物なのだろう。
青年は上半身を前に傾け、右手を左胸に当てる仕草をした。それは歓迎の意を表すもの。
出迎えの為に用意された人間なのだろう。アリアは姿を表し青年に剣をむけた。
「ずっと、お待ちしておりました」
すぐ言葉を返さなかった。ここに呼ばれた理由の確認をする為に。
「わざわざの歓待ご苦労。だが、招待の方法がいささか乱暴ではないのかね?」
「“貴方様”である事を確認したかったのです。金獅子――いえ、アリアス様」
分かっていたが、悲しかった。
陽は暮れる。時刻は夕暮れ、赤に染まる。アリアは本邸の二階部分からつながる橋を駆け、塔へと入る。
エミリオは塔の二階部分の牢に監禁されていると敵兵から情報はつかんでいた。
だがそれは知らされる事がなくても、十分予想の範囲内の事だった。
塔――旧時代の遺物。見張り台として、囚人の収容所としても使われたもの。牢があるのだ、使わぬ手はない。
本邸内での軟禁で済んでいる事を願っていたが。あの男がそんな配慮をするわけがない。
この冬の中、風の吹きすさぶ石の牢。凍死する可能性だってある。
少しでも早く君の傍に行きたかった。
石材の上を走る。靴音が響き渡った。二重の扉をくぐり、ようやくたどり着く。
視界に入った石壁に鉄格子。高い位置につけらられた小窓からは陽の光が差し込む。すべては赤に染め上げられ――
「エミリオっ!!」
まるで炎の中のよう。その中でエミリオは蹲っていた。膝に顔をうめているせいで、様子がよく分からなかった。すぐに傍に駆けよる。
鉄格子の隙間から手を伸ばした。彼の腕に触れる。
温かい。涙がこみ上げてきた。
――彼が生きてる。
彼の顔が上がる。寒さで血色が悪くなってしまった、蒼白な顔。
早く、早く、君を出さなくては。
「私の、せいです。私が貴方に――」
――出会わなければ、君の傍にいなければ、こんな事にはならなかったのに。
言おうとした。でも。
言葉が遮られた。
手がうまく動かない。鍵を開けようとしていたのに。
抱きしめられた。鉄格子に身体がぶつかる。
痛い。でも本当に痛んだのは。
「会いたかった」
涙がこぼれた。とまらない。次から次へと溢れてくる。
「……貴女にだけ会いたかった。たとえ望めない願いであると分かっていても――会いたかったんだ」
彼の冷たい手に頬を包まれた。優しい瞳が私だけを見ている。
「――私も、貴方に会いたかった」
眼の前の彼を抱きしめた。彼に触れたかった。
お知らせです。
現在、一話から二十話くらいまで、漢字と数字の変換の統一や文章の修正をしている最中です。
(どれが一番読みやすいか。を判断しているといいますか。)
なので、それ以降を読むと違和感があると思います。すみません。修正完了までお待ちください。
あと、前話の感想の返信にて今回の話に『君を守りたい』で一番書きたかったところが入ると書いたのですが。
すみません、二話分になるほど文字数がかかってしまい分ける事にしました。なので次の話にその部分が入ります。
(二千字程度では無理だろうと思っていたのですが、まさかの四千字。……計画通りには難しいです。)