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君を守りたい  作者: 長井雪
第一部
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君の思い、私の心

 聞いてください――その言葉を言い終わって、すぐにエミリオが話しだすという事はなかった。躊躇いがあるのか、椅子に腰掛け目線は下をむいたままだった。


 その姿を見ながら、アリアスは今日リードから聞いた言葉を思いだしていた。


 ハーウェルン公爵家に接触を図ろうとする貴族がいると。それは別段、不思議なことではない。だがリードがその身元をつかめないという事が異常だった。

 だから今日の依頼もその事に関することかもしれないとも。


 緊張を表にださぬように、だが言葉を聞き逃さぬようにと耳をすませた。

 そしてか細い、苦悩に満ちた声を聞いた。



「大切な人を助けられない私に意味はあるのでしょうか」

「大切な人?」


 父親、叔父、親友、家庭教師。彼の大事な人を思い浮かべる。


「以前お話した私の好きな方のことです」


 目を見開いた。なら、今日のは――


「こんなことに、つき合わせてしまって悪いと思っています。ですが私は、心を、感情を吐き出してしまいたかった」


 不甲斐なさ。無力さ。そんなものを。


「そんなことをしても変わらないことは分かっているのに――」


 彼は両手をきつく握り締めた。


「役に立てないものに、意味はない。だから私は彼女の役に立ちたい。彼女の意味あるものになりたいから――だが彼女は、悩んでいる理由を言ってくれない。私にそれを改善する力がないと思っているのか。話す必要がないと思っているのか」


 そんな事、あるはずがない。いえるものなら言いたかった。


「……傍にいて、自分の事をそれだけ大事に思ってくれる人がいて、なんの意味もないなんて事があると本当に思っているのか」


 こんな顔をさせたくないのに。また私は間違えてしまった。

 だから今、この姿で言える精一杯の言葉を。


「君の存在に感謝している。君がいてくれることに。君が思ってくれることに。……きっと、な。だから焦ることはない」


 彼がようやく目線を上げてくれた。だが苦悩の影が消えていない。


「ですが私には……時間がない」

「なにかあったのか?」


 静かに、微笑むように彼は言った。



「留学することになりました」


 頭が真っ白になる。驚愕で思考が一瞬とまった。

 どこの国に、なんの目的で。本当は聞いてしまいたかった。

 この年齢、しかも公爵家の後継者が。尋常ではなかった。

 だが今この姿で聞ける事には限りがあった。


「……どれくらい行くんだ?」

「予定では一年。長くて三年といったところです。……やはり言いだすのに緊張しますね」

「緊張?」


 そう言う彼は少しだけおかしそうに笑った。心なし表情もやわらかい。


「アリアスにはじめて言いましたから」

「なぜ?」

「助けてくれたからですね。貴方には聞く権利がある。いえ、ただ私が聞いてほしいだけですが」


 助けた?なら、あの事件で彼の打った手は――


「あの王女との縁談の代わりです。安いといえば安い、代償です。殿下をこちらに、というか私の味方になって頂くため、私の将来を買って頂いたというだけです。……そして、だから私は殿下の留学の供として一緒に行くことになった。ただ、それだけのことですが」


 それは――


「……女のために主君を選んだのか?」


 最高の後ろ盾。磐石な地盤。王女との婚姻など要らぬ最強のカード。

 その代償に絶対の恭順を。



「いいえ――私のためです」


 射抜くような、まっすぐな視線。曇り一つない。


「そうか」


 覚悟を決めた彼に、他に言える言葉はなかった。





「そろそろ、帰らなくてはな」


 窓から見える外は暗く、打ちつける雨しか見えない。それに髪も乾いたし、服も帽子と同じで私が彼の為に買ったものだ。このまま帰ってもなんの問題もない。


「泊まっていきませんか」

「はぁ!?」


 あまりの言葉に素っ頓狂な声をだしてしまった。

 それを気にせず、エミリオが言う。


「いいでしょう。雨が降っている」


 私たちが一緒にいられる時間はもう残り少ないのだから。寂しげな顔で言われてしまった。


「そうだな」


 思わずそう返事していた。

 だが!!


「おいっ!」

「いいじゃないですか」


 いや、よくないだろう。なぜ君の寝台に私と君が倒れているのかね。君が私の袖をつかみ、強引に引き倒したからではないのかね。そして君も私の横で、にこにことうつ伏せになっている。


――とても問題があると思うのだが。思わず心の捌け口、という名の日記があるなら荒ぶる筆跡で書いていただろう。



「こういう仲のいい兄弟みたいな、友達みたいなこと憧れてたんです」


 その一言で抵抗は完璧に捻じ伏せられた。





「ねぇ、アリアス。もし私の傍で働いてみませんか、と聞いたらどうします?」


 軽く晩餐を部屋でとり、寝台の上で雑談をしているときだった。

 エミリオがそんな質問をしたのは。


「働いてほしい、とは言わないんだな」

「なぜか、いいとは言ってもらえない気がするので」

「そうか」


 アリアスは明確な返答はせず、会話は流れた。






 燭台の明かりがなければ、そこは暗闇だった。夜目のきく人間には見える世界だったが。


 大きな寝台の上には眠る少年と、その彼をみつめる少年がいた。

 正確にはその少年の片方の手を。切なく焦がれるように。





『私の傍で働いてみませんか』


 私が中流階級に生まれ、少年で、剣の腕がたち、真実、アリアスだったなら。きっと快諾していた。そして今日は人生で最良の日になっただろう。

 だが私は、アリアなのだ。


「君の友達になりたい」


 なのにこの手はとれない。私は偽りなのだから。


 アリアスとして生きれば体が嘘をつかねばならない。

 アリアとして生きるには心が嘘をつかねばならない。

 だから私は。


「この手に触れることはできない」


 どう生きようとも。


 儚い声は夜にまぎれて。



また更新までに時間がかかってしまいました。すみません。

悩んで苦労した分いいものになっていればいいのですが。

ですが勢いで書いた部分もあるので、修正するかもしれません。


ようやく今回のシリーズ(君と私とでも書けばいいのか)の山場というか

大事な場面が終わりました。

(といっても次の話とかもメインですが。)


第一部完結まであと少しです。みなさまに飽きられないうちに終われるよう

頑張ります。

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