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君を守りたい  作者: 長井雪
第一部
47/62

君にしかできない

「――何か、ありましたか?」


 アリアは驚いた。

 声をかけられた事ではない。声をかけてきた相手にでもない。意識しなくとも近づく気配を瞬時に察知する自分が、目の前に相手が来ても気づかなかった事にだ。


 そして周囲を見渡すと、講義室はがらんとしていた。席に座ったままの自分と、目の前に立つ茶の髪の少年――エミリオしかいない。


「他のみなは、次の講義のために移動しました。あとは貴女と私だけだ」


 アリアが気づかぬうちに講義は終わっていたようだ。

――急いで移動しなくては。いつもなら、アリアはそう思っただろう。


 だが、目の前に立つ少年はそんな事を望んでいなかった。目を見れば、その声を聞けばすぐに分かる事だった。


「何が、貴女にあったのです。貴女はあの舞踏会の夜から、ずっとおかしい。……私が離れた間に一緒にいたのは殿下だけ、なのでしょう。ただ話をしただけだとあの方は言っていたが。……何か、言われたのですか?」


 『なにか』はあった。ただ殿下は全く関係はない。他の誰かに言われた事が原因でもない。


「……いいえ。殿下とはお話しましたが、本当に挨拶だけでしたし」


 嘘ではなかった。アリアはあの日、見ただけだ。言われた事は関係はない。

 心配をさせたくなくてアリアは笑った。


 だが、やはり彼には通じない。


「私では、頼りになりませんか?」

「そんな事はないのです」


 アリアは心を込めて言った。アリアなりの、彼を思っての言葉。

 だが、少年の望むものではなかった。



「私に悩みは言えませんか。私が貴女にしてあげられることはない?」


 机に置いていた手に、彼の手が重ねられた。優しくいたわる様に。

 凍えて感覚のない指先が。停滞していた心が。つつまれる感覚。

 

 泣いてしまいそうだった。


 切なくて悲しくて。苦しかった。でも今は、あたたかい。


 アリアは何度も首を振る。思っている気持ちの、ほんの少しでも彼に伝わればいいと思って。


 こんな事は、彼にしかできない。





――エミリオ少年に心配をかけてしまった。

 今日はみなが移動している事にも気づかぬほど、ぼぉっとしてしまった。

 そして家族にも。……階段から落ちそうになったのだ。心配という名の監視がはじまってしまった。

(今日の晩餐は、というかここ最近の晩餐は私の好物ばかりでるのだが。……気のせい、ではないな。)



 気にするな、気にしてはいけない。そう思えば思うほど、私は駄目になっているようだ。

 過去に縛られ、囚われている。というか……過去を忘れる事のできぬ自分の心にか。


 私は全てを吐き出したつもりだったが、まだ書かなくてはいけないようだ。



――……私が死んで、それほど時間がたっていない。問題はそこにある。


 この日記にも何度か書いたな。私は七十年前、今通っているのと同じ学院に入学した。そして、それから十五年後に暗殺されたのだ。


 つまりまだ私が死んで五十五年ほどしかたっていないのだ。


 正確な年数が分かってはいないのだが、おそらくあっている。金獅子という英雄がいたのは約六十年前の事だからだ。国の歴史書が嘘を書いていないなら間違いはない。


――五十五年前、エリクはまだ十代の少年だった。


 私の遠縁にあたる、血筋のよい若くして才能の溢れた少年だった。

 五十五年という月日は彼を少年から青年へ。そして成人から老人へと変えるには十分な時間だ。


 舞踏会のあの夜。ヘイクリッド公爵として会ったあの男は――髪が白くなろうとも、顔にいくつもの皺ができようとも、分からないはずがない。

 エリクだった。


 どういった経緯でエリクが公爵の座についたか、それは分からない。暗殺の報酬か、叔父すらもエリクが暗殺したのか。


 アリアとなって、もうすぐ十二年。気にならない、という事はなかった。だが、過去は過去。変えれるものでもない。調べて、何かを知ったとしても悲しみが増えるだけだと思っていた。


 私の骸も仲間の骸も全ては土にかえり、彼女を殺した相手もそれは同じだと、思っていた。


 だが今考えると、きっと知りたくなかったのだ。私はアリアとして生まれ、今を、現在を生きようと思った。限りある命を彼女のために使うのだと。


 もしエリクが生きていたら、あのときの悲しみが、行き場のない思いが甦ってしまうだろうと。


 土に穴を深く掘り、土を被せるように。何度も、何度も。二度と日の目を見ぬように。私すらも忘れるように。葬り去った私の過去と、私の思い。


 それがあの夜。


――踏みとどまるためには、私を止めるしかない。そう思った。


 捨てるには、もう少し時間がいりそうだ。だが、きっと遠くはない。今日の彼を見て、そう感じた。


 あれほど苦しかったのに、彼の言葉は私をあたたかくさせてくれる。幸せだと思える。――いや、幸せなのだ。彼が傍にいて、生きて、私を思ってくれている。これ以上の幸せがどこにあるというのだ。


 前を見ろ。立ち止まるな。私には二本の足がある。手も動く。言葉も出せる。目も見える。――なんだってできるではないか。


 私は彼のために生きる。そう決めたくせに、あの腑抜けた姿をさらすとは何事か。むしろ落ちこみ悩む彼を助けるのが年長者の役目であろうが!!


 明日は頑張るぞ!!

……そういえば明日は休息日だったな。なんとも肩透かしな。あ、明後日は頑張るぞ!!



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