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君を守りたい  作者: 長井雪
第一部
46/62

誰に語ることなく終わる物語[三章]

 乱戦、だったな。敵の数が多かった。怪我人を庇いながら、戦い抜けれる数ではなかった。でも仲間を見捨てれるわけがなかった。


 背後を取られぬように、一人一人確実に仕留めていく。敵の目的は私であるし、なら目立つ場所で戦う事が、私のすべき事であると判断したからだ。



 己以外に立つ者がいなくなって、私は剣をしまった。いくつもの怪我人か骸か区別のつかぬ人の山で、ただ一人。

 腹を切られたせいで、荒く息を吐き出すだけで痛みが走る。だが我慢できぬ程ではない。それよりも――


 途中から周囲に敵しかいない事は分かっていた。気づいてはいけない、考えてはいけない、そう思いながら剣をふるった。剣が迷うから。

 震える体を叱咤して仲間のもとへと走る。






 声がした。


「……なにを、しているのです」

「ジークっ!! 待ってろっ! 今行くから」


 折り重なる骸の山の中で、顔しか見えない。優秀すぎる副官の一人。私より年上で兄の様な、いつも助言をくれ導いてくれる人。

 とても大事な、私の仲間。


 音のない世界でようやく聞けた音だった。助け出そうと、ジークに乗る骸をどかそうと体に力を入れた。だが。


「……もう無理なのです。わかるでしょう」


 大地を染める赤きもの。あまりにも流れすぎてしまったもの。

 わかりたくなかった。


 体を起こす事はやめ、手を握った。


「……私がおそらく最後です。他のみなはもう、先にいったのでしょう。この場はそのままにしておきなさい。貴方にはすべき事がある。わかりますね?」


 敵の裏をかいたつもりが、敵の術中に嵌っている。内通者がいるのだろう。――彼女が危ない。


 だがこの場に背をむけることも私には、とても難しい事だった。悲しみに囚われていた。動けない。


 ジークはそんな私の背を押してくれたのだ。


「獅子が泣いてどうするのです。……さぁ、お行きなさい」


 彼は眠るように目を閉じた。

 私は立ち上がる。振り切る様に。







 馬車に繋いでいた馬をつかって別邸にむかう。近づくとまず塔が見える。旧時代の名残だ。その次に門扉と本邸が見えた。


 今日の昼に一度来たばかりの場所だった。なのに違和感を感じる。


 静かすぎた。門番もいない。馬から降り、門の中へと入る。

 胸が早鐘をうつ。血のにおいがした。





 本邸の中では、使用人、護衛の騎士の全てが斬り殺されていた。相当の手練と分かる。一撃で急所を仕留めていた。

 だが、エミリアと彼女の護衛を任せた仲間はいなかった。中をくまなく捜したというのに。


 そこでようやく塔の存在を思い出し、私は正面扉にむかった。そして。



「アリアス様!!」

「エリクっ!! 無事だったのか! 彼女はどこだ?」


 淡い金の髪の男、いや少年といっていい年齢か。そんな幼い風貌に似合わぬ血しぶきをあびた姿。――戦闘が激しかったのだろう。

 エリクは彼女の護衛を任せた仲間だった。だがその背後に彼女の姿がない。


 エリクは私の質問には答えず。私の腹の傷を見て、ひどく悲しげな顔をした。


「……怪我を、したのですか」

「大丈夫だ。少し深いが、そこまでではない。それより彼女はどこだ?」


 一応、腹部は布で縛ってはいるが、血がとまるわけではない。彼女の無事な姿を見るまでは、と思っていた。



「いいではないですか。あの女のことなど。それより早く処置をしなくては」


 私は、私の手をとろうと伸ばされたエリクの手を振り払った。

 言われた意味が分からなかった。呆然とする私をおいてエリクの言葉は続く。


「貴方はあの女がいたせいで弱くなった!! あんな程度のやつらの剣をくらうなど、昔の貴方ならなかった!」


「……お前が、したのか」


 言いたいことは百はあった。

――内通者。裏切り。倒れた仲間。死んでいった人々。

 だがその全てを呑み込んだ。今、一番しなくてはいけない事を。


「彼女はどこだ」

「どうでもいいではないですか。あの女など」

「エミリアはどこなんだ!!」

「……あの女がいなければ目が覚めると思ったのですが」


 我が友。優秀な私の副官。剣の腕は私の次に強い。彼女を任せられるほどの。ずっと戦場で私を支えてくれた一人。

 最後の最後まで、信じていた。


「私が領主になる事と、彼女はなんの関係もない。言ったじゃないか、兄上の遺言で託されたからだ」


 それに私は――


「何が違うというのです!! 私の英雄!! 救国の守護神! 私の仕えるべき方!! なぜ貴方は領主などにおさまっている。なぜ私の上にいない!」


 違う。彼女に関係なく、私は弱かったんだ。

 命も意思も背負えるほどの器ではなかった。お前に夢をみせ続けられるような人間じゃなかった。


 だが今は、どうでもよかった、そんな事。


「言え、エミリアはどこだ? 主君として命ずる。……お前に剣を捧げたつもりが少しでもあるなら、今答えろ」



「……塔です」


 立ち去る。背後で追いすがる様な声がする。足止めのためか、殴りかかってきた。それをかわして剣の柄をエリクの喉に叩き込んだ。――暫く動けないだろう。

 この男に構っている時間はなかった。







 悲しかった。


 抵抗したのだろう。塔には血が彼女の歩いた道を教えてくれるように続いていた。斬られながら、進んだのだろう。血の量が上へ、上へと上がるたびに増えていく。

 逃げ場はないと分かりながら、それでも彼女は登った。生きたくて登ったのだ。



 階段を登りきる。ようやく彼女に会えた。


 深く突き刺すように胸に傷があった。

 私などより、ずっと痛かっただろう。一人で悲しかったろう。


 彼女を抱え上げ、上にむかった。

 こんな場所では嫌だった。

 腹の傷から血が吹きでた。だが、もういいのだ。





 空はこんなときでも綺麗だった。

 背を壁に持たれさせる。彼女は私の胸にいる。


 私は幸せだ。


 でも、彼女は幸せだったのだろうか。こんな最後で。

 こんな不甲斐ない夫で。私ばかり幸せだった。


 君を守れなかった。君を守りたかった。


 熱いしずくが落ちる。君の音が聞こえない。

 瞼が重くなってきた。君が見えなくなる。



 もし、もし次があるなら、私は必ず君を守る。

 もっと賢く、強く、何でも出来て、間違わない人間になる。


 だから――





 私の、いや、アリアスの人生はこうして終わった。

 私はアリアとして生まれ変わり、新しい人生を歩むことになった。

 悲しくて、苦しくて。だがそれでも幸せだと思える私の過去。


 いらないものは全て捨てた、いや、置いてきたと思っていた。


 だが!!



――――生きていた。あの男が。とっくに死んでいると思っていた。

 私に偽りの剣を捧げた、あの男が。


――エミリアを殺した男が。



ようやく書きたかった部分を一つ書けました。やはり重苦しいですね。


残酷な表現は、私の中でしていないのですが。大丈夫でしょうか。

そこだけ心配になりました。


注意文がいらないように書いたつもりなのですが。あくまで私の裁量なので。


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