誰に語ることなく終わる物語[二章]
――やはり、上手く纏める事は難しいな。
とても平常心では書けぬ内容だからな。しかたない、な。そう、無理からぬ事なのだ。
だが、逃げない。私は負けぬ。
――続きを書くぞ。
私は英雄として帰還し、公爵家の領主となった。兄上の意思を引き継ぐために。
そしてずっと待たせてしまっていた彼女との約束をようやく果たす事ができた。
家族を亡くしても、また家族を得る事ができたのだ。とても幸運だったと思う。
エミリアが変わらず待ち続けてくれた事。そして、私を、私として受け入れてくれた事。
とても幸せだった、と思う。
『幸せ』という事は、おそらく失えば不幸せになる何かに出会えた事を言うのだろう。
だから私は幸せだったのだ――彼女に出会えたのだから。
……たとえそれが一年という短い時間でも、それは変わらない。変わらぬよ。
――……話が脱線してしまったな。元に戻そう。
今度は英雄ではなく、公爵家の当主という責任をおう事になった。また重責で私は潰れそうだった。だが逃げるわけにはいかなかった。彼女を支えに、立派な領主になるべく努力した。
――剣を置いて。
私は立派な領主になる。――だが、それ以外にも考えなければいけない事があったのに、私は気づかなかった。
私が帰還するまで領地を私に代わって治めていた叔父上の事を。鼻持ちならなかったのだろう。優秀な兄とは違い剣しか取り柄のない若輩者の私を。そして、戦場で死ぬと思っていた私のまさかの帰還。
その叔父上のとるだろう行動を。
そして私に“英雄”という幻影を見ていた男の事を。
――帰還して三ヶ月ほどたった時だった。叔父上から『私に領地は任せて、将軍職に就いたらどうかね?』と言われたのは。
(噛み砕いて説明するなら『お前は剣しか脳がないのだから王都で軍人でもしていなさい。私が代わりに領地を治めよう。お前などより上手くやってみせるよ』といったところだな。)
叔父上には、私より上手く治められると自信があったのだろう。
私も努力はしていた。だが生まれてから剣だけに生きてきた私に簡単に能力がそなわるわけがなかった。領主に必要な知識も経験も、全くなかったのだから当然かもしれないが。
そして私は、良くも悪くも国の英雄だった。だから帰還してすぐに国の要職、将軍職を王に打診されていた。だがそれを断り、領地に帰ってきたのだ。
私にとって領主も将軍もどちらも責任ある『重い』役職だった。それでも私が悩まず領主になったのには理由がある。
――兄上の遺言があったからだ。
『お前に任せる』そのたった一言。病床で書かれた震える文字。
それを見て、心は決めた。私が心を決めるには十分すぎるものだった。
再三に渡る叔父上の説得。譲らぬ私。そんな構図が半年以上続いた。
そして帰還してちょうど一年がたつ頃――だな。かつての部下が叔父上に“おかしな動きがある”と報せてくれたのは。
所属の知れない兵、つまり傭兵を集めていると。だから私も念のためにと、昔の仲間に声をかけた。
優秀な副官だった二人と、部下数名。全員腕の立つ、私に剣を捧げてくれた人間だった。
(領主の邸宅に勤める護衛の騎士も確かにいた。だが彼らは“私”に剣を捧げてくれたわけではなかったから。)
諜報に長けた者に叔父上、いや、敵の作戦内容と決行日を調査してもらい、軍略に長けた者に作戦を考えてもらった。
私は剣しかない人間だったから、剣以外の他はできる人間に全てを任せていた。できない事はしない。それが上手く事を進める要素だと私は考えている。元々の私はそう考える人間だった。唯一の例外のために争う事になってしまったが。
(――この作戦を考えるときは仲間と一緒だったから楽しかった、な。昔に戻ったみたいで。)
敵の作戦はとても簡単だった。公爵夫妻は外出中に賊に襲われ命を落とす。昔から使い続けられた、ある意味伝統ある古典的な方法だった。
(だが私を怖がってか、賊の人数が御者と夫妻と数名の護衛を襲うにしては人数が多かったが。)
そして決行日。
エミリアを危険な陽動に連れて行くのは嫌だった。
だが作戦成功のため、最初は馬車で一緒に出発し、途中で領主の別邸に寄り、彼女をそこで身代わりと交換するという作戦にした。
(小柄な部下に女性の格好をさせるという、今から考え……なくても酷い事をしたな。まぁ、馬車に乗り込むまでの短い間の事だったが。)
そして馬車を出発させ、後方から別働隊についてこさせる。とても簡単な作戦だ。馬車を襲う郎党を挟撃する、それだけの事だ。
賊は弱かった。二十人くらいだったか。こちらは八人。数で言えば圧倒的に不利な状況だろうが。
こちらは戦場で前線で戦い続けた精鋭部隊の人間だ。そんな事は問題ではなかった。
別働隊が到着する前に片が付いた。なんと弱い、ここまで準備する必要はあったか。
――等とその時の私は考えていたな。
だが、別働隊の到着はあまりに遅かった。嫌な予感がした。馬車を動かし、きた道を戻る。
別働隊は十人という少数で組んでいた。あまり剣が強いという事はないメンバーだった。主力は全て馬車に乗せていたから。敵の不意をつくという事を最大の役割としていたのだ――強さはそこまで必要ではない。
急いで戻った私たちに見えたのは、応戦する仲間と敵の攻撃を受け傷つき倒れた仲間だった。




