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君を守りたい  作者: 長井雪
第一部
43/62

白き花は君のために[三輪]

 アリアとエミリオを乗せた公爵家の馬車は急ぐ事なく王城にむかっていた。王都に自邸のあるアリアたちは、それ程時間をかけずに行けるからだ。

 心の準備をするには時間が少なかったかもしれない。アリアは手先が冷えているのを自覚して、そう思った。


「寒いのですか?」

「へ、平気です」

「緊張していますか?」

「だ、大丈夫です!」


 エミリオはアリアを気遣って声をかける。同じ立場にいるはずなのに心境に大差があるのかもしれない。


「それならいいです。――今日のお披露目なのですが重要な位置についている方への挨拶回りをして、一曲でも踊れば十分かと思います。ですが殿下は、どうやらすぐには舞踏会には来られないそうなので少々長引いてしまうかもしれませんが」


――日付が変わる前には、おかえしできると思います。


 少年は紳士として当然な事を言った。少々、少女の心は痛んだようだが。




 それほど乗ってから時間はたっていない。だがもう馬車の小窓から王城が見えた。王城の門には舞踏会に招かれたのだろう貴族たちの馬車が連なっていた。その列にアリアたちの乗る馬車も加わる。


 アリアはエミリオの手を借り馬車から降りる。強張った手が暖かい手に包まれる。


「参りましょう」

「えぇ」


 一歩踏み込めば、そこは戦場。ともに歩む君は戦友か。それとも――




 舞踏場の天井は高く、まるで太陽の下であるかの様に光で溢れていた。着飾る紳士と貴婦人たち。そこに現る少年と少女。舞踏会がはじまる前から噂されていた人物の登場だった。


 少年は11歳とは思えぬ堂々とした動きで貴族たちに挨拶をし、麗しい少女は少年により添い儚げに微笑む。

 できすぎた組み合わせだった。




 音楽家たちの演奏ははじまり二人は踊りはじめる。それまでの優雅さが少しかけたようなワルツだった。緊張のためだろう。少女の体が強張っているようだ。


 大人たちはそれを、愛らしいと思う者もいたのだが。本人は冷静でいられるはずがなかった。



「す、すみません」


 アリアがかすかな声音で言った。エミリオだけに聞き取れるような。まだダンスは終わっていない。演奏に紛れる様に。それを逃さずエミリオはすぐに言葉をかえす。


「楽しく踊ればいいんです」

「緊張しないのですか?」


 驚いたようにアリアはエミリオに尋ねる。


「――楽しいです。でも、それは」


 はじめての舞踏会だというのに彼には余裕がありすぎる。そうアリアが思いながら、エミリオが導くままに円を描いた。そして彼の胸に帰ったときに言葉の続きが聞こえた。


「……貴女がいるなら、どこにいても楽しいんだ」



 手を取りあい、軽やかに踊る。幼くて、それでも楽しそうに踊る姿は誰の目をも惹きつけた。


 パートナー、いや、恋人同士が同じものをつけるのは昔からの習わしだ。

 少女の頭上を飾り、少年の胸を飾る白き花。二人は幼くも、誰の目にもあきらかな恋人同士だった。


 白き花は君のために。




 アリアは一人でテラスに出ていた。エミリオは人に呼ばれてここにはいない。アリアは舞踏場に残っていてもよかった。だが煩わしい視線に少々うんざりして、ここにきた。


 夜、少女が一人でいる事は危険かもしれない。だが、アリアに限ってはそれも違ってくる。例えば、今この様に足音を消して誰かが背後から近よろうとも――


「なんのご用かしら?」


 アリアは振り返る。そこにいたのは、とても穏やかな顔をした少年だった。


「まるで背後に目があるみたいだね。――中は空気が濁るだろう? 外の空気をすいたくなったんだ。隣に行ってもいいかな?」


 アリアの返答を待たず、少年はアリアの横に立った。


「君みたいに綺麗な人と話せるなんて嬉しいな。本当に」


 エミリオより年上だろう。身長や雰囲気でアリアはそう判断した。そして――

 柔和な顔に鋭利な刃を隠している。そんな少年との会話が一方的にはじまった。




 口数の多い少年だった。あれやこれやとアリアに話かけ続ける。話好きな女の子なら大変喜ばれる話し相手だろう。だが相手はアリアだった。口数も少なく返答するだけである。

 他愛もない会話を一方的にはじめた少年は、今度もまた一方的に本題に入った。


「私を警戒してる? 安心していいよ。私は君よりエミリオを選ぶから」


 少年はアリアの反応を窺う様に顔を近づけた。そしてアリアの顔に、動揺もなんの感情も現れていない事に気づき不思議がる様に表情を変えた。


「怒らないのかい?」

「……当たり前の事では?」


 彼より優秀な人はそうそういないだろう。私なんて高がしれている人間と比べていい人ではない。アリアは心からそう思いながら自然に言った。


「……あいつが選んだだけはあるようだね。君なら、僕も文句はないかな」


 ようやく少年から馬鹿みたいな笑顔が消えた。


「それは、よかったです。――殿下」

「馬鹿じゃない人は好きだよ。あいつを頼むね。じゃあ舞踏場に戻ろうか。そろそろあいつも戻っているはずだよ」



 アリアもまた、こう思った。王子がエミリオが仕えるに価する人物になりそうだと。



 アリアは王子に導かれる様に舞踏場に戻った。そしてすぐにエミリオを捜すつもりだった。だが王子がある貴族に出会ったために、それはできなくなった。


「これはこれは――ヘイクリッド公爵、お久しぶりでございます」

「はは、爵位はとうの昔に息子に譲りましたから、元公爵でございますよ」


 王子は慣れた調子で挨拶をする。また馬鹿みたいに穏やかな顔をして。一見心から相手との再会を喜んでいる様に見える。


 いつもなら、平常のアリアだったなら、そんな少年に心のなかでいろいろと思っているだろう。だが――


「ご自分の邸宅から離れない事で有名な貴方とお会いしますとは驚きです」

「籠りっきりは体によくないと息子に窘められましてな。……おや、こちらの大変美しいお嬢様はどちらかな?」


「ああ、こちらはアリア・ウォルシュ伯爵令嬢です。――アリア嬢?」


 アリアは時を止めた様に動かなかった。声をかけられ、ようやく動きだす。まるで人形の様だった。


「――申し訳、ありません。お初にお目にかかります、アリアと申します」

「緊張されているようだ。こういった場は早く慣れる事をすすめるよ」


 老人の笑い声が響いた。王子がそれに合わせるように楽しそうに笑う。


 風が窓から入りこむ。白き花は揺れて、そして散る。淡く儚く。




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