プロローグのような日記
今日、ここに初めて日記、いや今までの回想を書き記してみようと思う。
この歳になるまで日記を一度も書こうと思った事がないのだが、それは私に露見できない過去があるのではない。ただ、やらねばならぬ事があったからだ。
(断じて、買い与えられるノートが花柄や可愛いらしすぎるものだったからではない)
だが、そんな私が日記を書くとなると、目的の達成や断念などがあったかに思うかもしれぬが、少し冷静になりたい。私はそう思ったのだ。
私はアリア。ウォルシュ伯爵の一人娘。金の髪に青の瞳の今年12歳になる娘だ。
だが、私に本当に相応しい肩書きはこれではない。
私は前世で妻を守れなかった一人の男にすぎない。
悲しかった。不甲斐なかった。その悔しさが私の記憶を消させなかったのだろう。
私は単純な男で、もし次があるなら君を必ず守ると、守れるほどに強くなると誓った。
なのに、なぜか女に生まれ変わったのだ。しかも可憐な美少女にである。
強要される礼儀作法。女らしい所作。
(膝を閉じてお座り下さいませぇっ! 美しいお嬢様が男性の言葉遣いなどぉ! やめてくださいませぇっ!! との家族、執事、メイドの絶叫と涙で我慢する事になった)
目を合わすだけで赤くなる男ども。
(張り倒したい、殴りたい、手に触るなこの下郎と言わなかった私はとても頑張ったと思う)
細すぎる手首、足だけでも嘆かわしいのに、最近は少し丸みを帯びてきてしまった。
死にたいくらい嫌だった。だが女であっても強くなる、なれると信じて生きてきた。
両親に礼儀作法などを完璧に熟す。だから私に剣と知識を、と交渉して。元から多少ある知識をさらに深くし、剣は腕力ではなく早さを活かしたものへと磨いた。
いつか妻の生まれ変わりに会えたら、何があっても助けられるように。
私はなぜか、本当に不思議なほど彼女が、エミリアが女性として生まれているのだと思っていた。
今日は王都の学院の入試の試験結果の発表日だった。歴史ある学院では試験成績の上位順に紙が張り出される。
前世の私は不出来だった。だからこの学院に通う二回目の今回を私はとても期待していたのだ。
私は前世、学ぶ楽しさが分からず、知ろうとさえしなかった。
私は学院の門から本館への長い道を歩きながら回想していた。
感謝していた。私は記憶があるから今度は間違わずにいられると。
馬鹿なことに入試一位を確信しながら歩いていたのだ。
女が珍しい学院の男どもの目線が纏わり付くのも無視できるほど昂揚していた。
(女は家で篭ってろなどと言う奴がいたら、とりあえずそいつは私の敵だ、覚悟しろ)
そして、まぁ、この日記を読む人などいないだろうが、流れは予測がつくだろう。
私は負けたのだ。私は二位だった。約400名の貴族の子弟どもの中からなのだから満足するべきかもしれないが。
きっと一位であるからと、メイド達が可愛らしく編んでくれた髪型や、母がこの日の為にと買って下さった服(私が望んだ事ではなかったが)にとても申し訳ない気持ちにさせられた。
そして恐ろしく目障りな男を発見した。
(目障りでかつ煩い男どもの中心人物である。目立たぬわけがない。殴らせてくれないだろうか)
試験で負けたのだ、思うくらいは許してくれ。茶のさらっとした髪、同い年の中では長身であり体格の良い部類、身奇麗な格好。
(その身長と筋肉を私にくれるなら殴らなくてもいいな。そんな事を考えながら、そいつの背後で突っ立ていた)
そして、まぁ振り返ったのだ、そいつが。
驚いた、本当に妻のエミリアの雰囲気そのものの美少年だったのだ。
茶色の美しい髪、何より少しキツイ眼差しは、間違えようがなく彼女だった。
もし彼女に会えたら、きっと私は彼女の一番の友になる。彼女は女である私に必要以上に好かれるのは嫌だろうから。
計画は詳しく立ててなかった、ただ何があっても君を助ける、それしか。
想定外の事だった、でも。
嬉しい、会えた。ようやく。その思いそのままで私は笑ってしまったのだ。
(両親と親族からのお前の笑顔は変質者を増やすだけだ。男性の前では笑わないように、との有り難い忠告を忘れて)
茶色の髪の少年の赤く見惚れた様な顔を見るまで。