君とワルツを[二曲]
――無、そう、それこそが私に足りぬ部分であると今日知る事ができた。全くもってなんと為になる日であった事か。
あぁ、いかんな。事の前後も書かねば、後で読み返したときに分からないではないか。
(まだ興奮が冷めておらぬな。お、落ち着け私。晩餐も終わった、風呂も手早く入った。なにも焦る必要はない。)
今日はエミリオ少年の邸宅に行ったのである。彼のワルツの練習のパートナーをする為に。講師からワルツの基本を聞き、練習を開始した。……内容は失態を重ね、散々なものだったが。
そして休憩をとり、その後で――私は学んだ、いや知ったのである。
私が踊れる方法を!だから、だから私は今日はじめてまともに……踊れたのである!!
(う、う、なみだで前が見えん。)
そう、最初に書いた“無”それこそが私に必要だったのである。
……つまり簡単に書けば、ぼぉっとすればいいのである。もう少しちゃんと書くなら『よけいな事は考えるな。力を抜け』だな。
私は現在は――……じょ、女性が踊るところを踊ればいいのだから、力を抜いてパートナーに動かしてもらえばいいのだ。
(ちくちくとする胸の痛みはなかった事にするのだ。……できない私がそもそもの発端であり、元凶なのだから。)
エミリオ少年が、それは優しく遠まわしに告げてくれたのだが。
わ、私はリズムというものがつかめず。さらに失敗をおそれて身体に力が入りすぎていたそうである。
それを、今日習ったばかりの彼が教えてくれたのだ。すごいのである。今日の練習の最後は“ほどほどに無様”くらいだったはずだ。
(学んだ初日にこれとは、いやはや未来はどうなる事か。はは、はぁ……)
金の髪の少女が手を止め、顔を上げた。燭台の照らす仄暗い部屋の中でその儚げな顔が浮かび上がる。視線は窓の外にあったが、景色を見ているわけではない様だった。
まるでもっと遠くを見るつめている様な。
どれくらい時間がたったろうか。少女は寝台にむかわず、またノートを開いた。新たに文を書き出すために。
――そしてなにより。やはり彼は、彼女なのだ。今日はそれを実感する日だった。
テラスで練習を再開してすぐに『君はリズムなど気にしなくてよいよ。足元も見るでない。私の顔でも見ておけばよいのではないかな』と彼に言われた。そのあとの事だ。
彼の意図は分からなかった。でも今日は失敗だらけで。だから頑張るぞ、そう意気込んで――
……あろうことか躓いて彼の身体に体当たりをしでかし、転倒させてしまったのだ。
倒れたのはテラスの敷石の上だった。絨毯などもない。とても痛かったはずだ。それに私なんて重しまで乗ってしまっている。
怪我をさせてしまったかもしれない。血の気が引いた。
(それでなくとも劇のときに痛めた右手も完治しておらぬのだぞ!)
急ぎ確認を、そう思って顔を彼の胸から顔をあげようとしたときだった。
笑い声が聞こえた。目線が自然とあがる。
「いい躓き具合でしたね。怪我はありませんか?」
彼は笑っていた。とても驚いた。その“笑顔”に。呆然とする私に気づいてか、彼の言葉は続く。
「……いいんです。何度でも踏んでくださって。躓いたって、足を縺れさせたって」
幸せでたまらない、そんな顔だった。
「私が受けとめますから」
――私と踊って。続く言葉はきっと。
私は、思いが溢れて泣きそうだった。
“私”がこの言葉をもらうのは二度目の事だった。
一度目は、彼女――エミリアから。
彼女もダンスがとても好きだった。
……前世、今と変わらず、いや、今よりもとんでもなく私はダンスが下手だった。苦手であったし苦痛でもあった。
でも彼女は踊る事が好きで。だから一度だけ踊った事がある。舞踏場などでなく、夫婦の部屋でこっそりと。彼女の“お願い”で渋々と。
……本当はもっと何度も彼女の“お願い”はあった。でも私は苦手というだけでなく、あまりに下手すぎて彼女に怪我をさせてしまいそうで嫌だった。
――でも、彼女が望むなら踊ればよかったのだ。
いくらでも、何度でも。
――今日はとても気合いを入れていた。だが彼が彼女と同じ様にダンスが好きなのを見るまでは、ただ“役に立つ”事しか考えていなかった。
でも彼は、私があれほど失敗したというのに笑顔で。
私は――……彼女の、エミリアの願いを、これほど時間がたってようやく叶えられたのか。そう思ってしまったのだ。
思い出したのだ。彼女も私がどれだけ不甲斐なく、無様に踊ろうとも。すごく、幸せそうだった事を。
もっと踊ればよかった。恥をかかせてしまうと断った舞踏会も行けばよかった。君を幸せにする為に頑張ればよかった。
一度目、私は頑なで彼女の願いをきかなかった。だから、だから今度こそは。
君と踊る。君と踊りたい。無様な姿をさらしても。どれほど失態を重ねても。
彼と彼女、エミリアを混同する事はよくない。分かっている。でも彼の笑う姿に、彼女が笑った姿が見えた気がした。
あえた気がした。あいたくて、あいたくて堪らない彼女と。
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忙しい、というのもありますが。第一部の最後までエピソードを整理し書き始めたのですが、本当に切なくめげてしまいそうでして。