君とワルツを[一曲]
――決戦の朝をむかえた。清々しい気分である。今日は休息日だ。エミリオ少年との約束の為に彼の邸宅にこれからむかうのだ。
た、頼られて嬉しいなどと思っておらぬ!お、思ってなどないのだ。……ただ一つ問題なのは依頼内容がダ、ダ、ダンスの練習相手という事だ。
――……とん、でもなく苦手でなのである。特訓しようにも兄上に露見するのは目に見えておるし。だ、だが彼も初心者なのだ!!なら一緒に上達できればよいな。そうだ、なにも最初から悲観的になる事はない。
(ふふ、私は少女の身体を纏ってはいても心は屈強な男である!彼に踏まれようが気にせぬよ。)
この日の為の準備に抜かりはない!!
こんな早朝から準備する事もなかったのだが、すでに装備もしている!
(こんな格好をしながら日記を書くという不自然さは気にするな!あまりに早く起きすぎて、もはやする事がないのである。)
裾の広がりが美しい、青のドレス。ヒールの高い靴。舞踏会などに行くほど華美ではないが普段着よりは上等なものだ。
(母上に兄上には内密にとお願いした。なぜかとても微笑ましいものを見る様な目で見られた。)
準備は万端である。……そろそろ行った方がよい時間であるな。
いざ出陣!!
王都の中でも特権階級の邸宅の連なる区域に一台の馬車が走っていた。その馬車はこの区域で最も大きく荘厳な邸宅へ着くと御者が身分と用件を告げ厳かに門は開かれる。広大な敷地のために邸宅の傍近くまで馬車は走らなければならない。馬車は出迎えのために待っていた少年と護衛たちの前でとまる。
そこから一人の少女が降りてきた。金の髪は結い上げられ、青のドレスが目に鮮やかだ。その姿は幼くも、ただ美しく。
出迎えにきた少年は少女をよく見知っていたつもりだった。
だが少女が意気込みを感じさせる挨拶をするまで動くことができなかった。
とても広い舞踏場に少女は案内された。さすが公爵家であると感じさせるものだった。絢爛豪華、その一言につきる。今から招待客を招く事もできそうだった。
その広い舞踏場には一人の神経質そうな背の高い女性が立って待ち構えていた。講師の女性だろう。金の髪の少女、アリアはできるだけ優雅に挨拶をし、今回のレッスンが無事に終わる事を祈った。
まず簡単な説明からレッスンははじまった。
三拍子の音楽。踊るときの体勢。三本のライン。基本的なステップ。そして口頭での説明は終わり、いざ練習となったところで問題は起きた。
――アリアだ。
最初は『まぁなんて綺麗なお嬢さん』と言っていた講師も今や苦笑いしか浮かばなかった。音楽はない。ただ講師の合図に従って動く。それがなぜかできない。
その一方でエミリオはこれがはじめてとはとても思えぬ動きをしていた。
――優美、その一言につきる。
ワルツは三本のライン上をくるくると円を描く様に踊る。女性は基本的に三本のラインの中心の線を一直線に進めばよく。だが男性は三本の線を動き回らなくてはいけない。
だからエミリオがしっかりとしていれば問題はないはずである。しかし――それを上回るアリアの下手さだった。
踏む、蹴躓く、ふらつく。効果音をつけるなら“どたどた”である。全くもって優美でない。
そして、今は失敗が失敗を呼んでいる状況だった。どんどんかたくなっていくいく身体。講師の溜息も拍車をかける。
アリアの顔色を見て、エミリオは手を離した。
「少し、休憩にしましょうか」
エミリオに導かれるままに、アリアはテラスにでた。エミリオは護衛に呼ばれて行ったので、アリアは一人きりだった。
それはアリアの心境に、とてもありがたかった。
冬の冷たい空気が火照った身体の熱を冷ます。風は強くなく、陽の光があたたかい。アリアの心とは裏腹に。欄干の上に手を置き、額もつける。なんだか身体まで重い。
庭には、木々や冬に咲く花が整然と並び配置されていた。計算された美しさが視界に入る。だがそんなものを見て心動かす余裕はなかった。
「――……無様だな」
ひどく悲しい声がした。
少し間を開けてから、エミリオがでてきた。アリアは急いで身体を起こし振り返る。
「いい風ですね」
眩しいものでも見たのだろうか、エミリオはそんな顔でアリアを見た。アリアはそんなエミリオを見ていられず、顔を背けた。そして。
「あの」
――私では練習の邪魔しかできませんわ。他の方を練習相手にした方がよいと思います。
その言葉は続かなかった。
エミリオの左手に右手を引かれ態勢が傾いたからだ。
咄嗟に動いた左手はエミリオの右腕をつかむ。背にエミリオの右手が添えられた。
――あとは音楽がはじまるのを待つだけ。ワルツの体勢だった。
「では、練習の再開を。……貴女は考えないで」
エミリオはステップを踏み出した。アリアの身体が引きずられる様に動く。
「リズムも」
合図をする講師はなぜかいない。
開始早々に縺れさせた足も気にせず、強引にエミリオは踊り進める。
「足元も」
なんとしても踏まない様にと下がった目線は、声に導かれる様にあがる。
とても近い場所にエミリオの楽しそうな顔が見えた。
「私のことだけ見ていて」
君とワルツを。
今回のワルツは一応動画を見たり調べたりしたのですが、よく分からず適当な事も書いています。
あんまりにも変な事を書いている様でしたら、こっそりお知らせして頂けると嬉しいです。