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君を守りたい  作者: 長井雪
第一部
36/62

赤の王子と黒の王子[終幕]

いつも読んで下さる皆さまに感謝を。

 視界を埋める赤と黒。かかげられた旗の色。

 舞台は円盤の闘技台。そこに立つのは赤の王子と黒の王子の二人のみ。

 闘技場の観客席には人が溢れそうなほどにいた。

 だがそんな事を気にする余裕はアリアになかった。これから起きる出来事の為に。


『私から離れたいのだろう。ならば、私を倒してからにしろ。――剣を抜け“黒の王子”よ』


 結末のない物語に決着をつける。赤と黒の王子たちに。そしてアリアとエミリオにも。今からはじまるのは真の決闘だった。

 エミリオの声に合わせる様に、語り手の声が聞こえてくる。クレアの声だ。


『赤の王子に応え、黒の王子は剣を抜きました』


 声に従いアリアは剣を抜いた。背負ったのは黒の旗。むかいに立つのは“赤の王子”。背後にたなびく赤の旗。


 君を守ると捧げた剣を、君にむける事になるとは。発端が自らにあると分かっていても胸が痛かった。

――だからこそ“終わり”をもたらすのは自分でなければならない。この剣に意味を持たせた。決着をつける為に。



『二人はを互いに構え――斬り結びます』


 深く考えず、彼の剣を飛ばせばいい。――そんな考えは一瞬で消えた。


「くっ!!」


 息をつかせぬ猛攻。力をのせた、素早い剣戟で負荷をかけてくる。

 アリアは後退しながら剣を受け流す。会場が息を呑んだ様に静かになった。

 赤の王子が闘技台の端に黒の王子を追いこむ。だがそれをかわして黒の王子は盤の中心まで走り、距離を保つ。


――盤上の王子たちが闘う様は、赤と黒が舞い踊る様。本人たちの必死さとは関係なく、ただ美しかった。





――かなりの間、斬り合っていた。アリアは息がきれてきた。エミリオもそれは同じだ。むしろ追いつめる様に斬りかかり続けながら、よくもった方だと言える。

 だがエミリオの瞳から闘志が消えていなかった。


 エミリオは技量から言えばアリアには遠く及ばない。

 だがそれを覆す、たった一つの願い。一撃一撃に込められた思い。ただ一心に、アリアに訴えかけている。


 行くな、と。


 激情だった。迫真の演技なんかじゃない。彼の押さえつけていた心だ。エミリオの剣戟を流す様に受けながらアリアは思った。




 闘いは長引く。それでも喉元や心臓のある胸部――軽く剣をあてさえすれば決着のつく場所をエミリオは一度として狙わなかった。アリアが一度、足元にあった小石のせいで態勢を崩したときも、エミリオは心配そうな顔を一瞬見せて終わってしまった。


 エミリオの行動の意味は簡単だ。自分から、アリアから剣を手放して、そう言っているのだ。


――彼の剣をはらう事は、彼の心を拒絶し、切り捨てる行為だ。理解して切なくて、思われて嬉しくて。

 それでもアリアは剣を手放さなかった。アリアもまた、たった一つの理由の為に。




 エミリオから距離をとって、目を閉じ、息を整えた。守勢から攻勢に転じる為に。

 一撃でいい、一撃で十分なんだ。躊躇いは捨てろ、目を開けたら。


――これで終わりにしよう。






 観客たちは静かにその“決闘”を見つめていた。劇を見ているはずだった。だが二人の役者が場を塗り替えていた。

 段取りが決まっているとはとても思えない凄まじい斬り合い。その剣技と覇気。赤の王子の猛攻、それを受け流す黒の王子。

 どちらかの技量が足らなければ、これ程のものにはならなかったはずだ。


 そして息を呑む。防戦一方だった黒の王子が、赤の王子から距離をとり、一歩を踏み出した瞬間から。今までと動きが違った。すぐさま赤の王子に迫る。


 黒の王子の渾身の一撃と赤の王子の剣が激突した。





「――……あの方を兄に持つ貴女なら、お強いだろうと思っていました。ですが、これ程とは」


 エミリオはアリアの一撃を受け止めた右手首を気にする様に左手で触りながらアリアに言った。痛めたのかもしれない。


 だがエミリオの右手に剣はまだ、あった。


 アリアは動揺で動けなかった。落とせなかった、手加減などない、本気の一撃だったのに。昔なら、敵の首も落とせた一撃だった。



「……私は絶対に、この剣を手放しません」


 彼が淡く微笑んだ。か細い声はきっとアリアにしか届いていない。

 こんなにも彼を“儚い”と思った事はなかった。



 そして突然、エミリオの声が響き渡った。


『私から剣を弾こうとするとは、穏便に事を済ませたい様だな。――私の傍から離れたいんだろう! だったら、私を殺す気でこい!!』


 赤の王子の仮面を被りながら、その思いは彼のものだった。


『その覚悟ができないなら、私の傍にいろ!!』


――私から離れるくらいなら、どうか殺してくれ。

――殺せないなら、傍にいて。



 攻めるばかりで、自らを守る気のない構えだと思っていた。でも違った。

 がら空きの喉元、心臓――“狙え”と言っている。ようやく昨日の彼の言葉が分かった。



『私は、こうでもしなければ、貴女の事が諦められない』


 拒絶するならば、殺意をもって。



 金属の落ちた音が響いた。







 剣を捨てた。アリアは走り寄り驚く彼を抱きしめた。

 追いつめたかったわけじゃなかった。ただ、君に誠実でありたかっただけなのに。


「そんな覚悟を、させたかったわけじゃないんだ」

「……では、どうして? 友としてでなければ嫌だと」


 言ったのは貴女だ――彼のかたい声が耳元でした。


「だって、傍にいたい事しか分からないんだ。恋とかじゃない。友でもいい。家族でもいい。これじゃ君に不誠実だ。……思いをちゃんと返せるかなんて、分からない」


 まだ彼が子どもだったのに、忘れてしまっていた。あまりに意思が、心が強い彼だから大丈夫だと思っていた。

――そんな事はなかったのに。


「――私に“愛情”が返せるのか分からないから、怖い?」


 アリアは頷いた。


「――……よかった、まだ望みはあるんだ」


 アリアの耳元で震える様な声が聞こえた。

 彼が剣を落とした音が響いた。両腕で抱きしめられる。


「……友情しか感じれないと、恋情など感じれないと。貴様と恋愛関係など嫌悪を感じると言われたのだと思ったんです。――好きすぎて、努力が実らなくて泣きたくなって、でも私は貴女を傷つけたくなかった。だから離れた」


――これだけ思いを捧げても、決して自分を見てくれない貴女をなじってしまいそうだったから。


「離れて少しは冷静になれるかと思ったのに、思いは募るばかりで。――……諦めるには貴様など殺しても構わないと、それ程に嫌っているのだと示してもらわなければ、と。――もっと、強くなります。もし貴女が私に思いを返してくれなくても、傷つかないくらい」


 だから。


「愛さなければよかったなんて、絶対に思わないから」


 だから傍にいて。



 物語は決着を見せた。王子たちは抱き合い。語り手は最後を締めくくるために盤上にあがった。


『この決闘は赤の王子の勝利によって終わり、黒の王子は城に残りました。――その後、二人はともに国をよく治め、国を豊かにしていきました』


 どの様な結末を迎えようと最後は赤の王子は黒の王子ともに、ここで礼をする予定だった。

 だが赤の王子は礼をすると、すぐさま黒の王子役の少女に向き直った。


 少女のなみだを拭う為に。




『――この結末は最近の解釈の一つです。赤の王子は知謀に優れていました。ですが剣が弱かったというものです。そして一方の黒の王子は戦乱の世で最も強かったと言われています。……一人で城に残されるくらいなら、殺してくれ。それができなければ傍にいて。――命がけの問い、と言えるのではないでしょうか。物語では結末は書かれていません。ですが、その後も戦なく国が発展した事を考えると、この解釈は正史にとても近いのではと考察します』



 語り手の少女は優雅に一礼した。

 湧き上がる歓声。拍手は鳴りやまず。


 幕は閉じて。





 PVとユニーク数がちょうどよく、今日とんでもない数字(私にとっては)をこすだろう、という事でお礼に絵を描きました。


(お礼とかなら番外編を書くべきかとも思ったのですが、それよりは本編ですよね。という事で絵です。)


……私は本当は小説より、絵が専門の人間なのですが。普段は大学で油絵ばかり描いてるのでイラストはとても楽しかったです。


 赤の王子と黒の王子のイメージイラストです。注意としてはエミリオとアリアではありません。ちょうど二人が演じる王子のイメージができたので描いてみただけというか。

(主役を描いて皆さまのイメージを壊したくなかったというか。)


 まぁ、今回の『赤の王子と黒の王子』シリーズを書いてるとき作者の頭の中の二人はこんな感じでした。

 本編とイラストで楽しんで頂けたら幸いです。





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