赤の王子と黒の王子[序幕]
今回一つ造語があります。
(辞書で調べましたが本来はそんな意味ではないようです。)
あとで変えるかもしれません。
――ずいぶんと久しぶりにこの日記を開いた。まぁ最近は頭を悩ます事もなく平穏だったから書く事がなかった、それだけである。
そうなのだ。また、また頭の痛い事態が起きてしまったのである。
焦ってはならん、冷静にならなければ。
(メイドの淹れてくれた紅茶をぐいっと飲む。ここは私の自室であるからいいのだ。)
頭の中を整理し、対策をたてる、さすれば後れはとるまいよ。
――今日は、朝からなにかと騒がしい一日だった。
一体何事であるのかね、とクレア嬢に尋ねると『今日は学院祭のクラスの出し物を決める日ですわ。私たちとっては“演目”を決める日ですわね。最後の講義の時間を使うそうですわ』と話してくれた。
思わず急いた様に『私がする事はないのですか?』とクレア嬢に聞いた。
私はクレア嬢に協力する事になっていたからだ。姫の役をしない為に。
それはまだ三日前の事だった。だから驚いたのだ。なんの相談もなかったから。
だが――
『私が貴女の名を呼びましたら、立ちあがってこの紙に書かれている事を読み上げてください。そしてもう一度貴女の名を呼ぶときがきます。そのときに立ちあがって頷いて下さい』
――それで十分ですわ。
クレア嬢は一通の手紙を渡しながら“指示”を言った。私は受けとり、ただ頷いた。
(反論してはいけない雰囲気だったのである。)
そして時はすぎ、劇の演目の決定する為の時間がきた。
私は講堂の中心の位置にぽつんと座った。
(クレア嬢からの追加指示である。)
クレア嬢は最前列に座っていた。演目の提案する者は“その演目内容”について発表しなければいけないらしい。
そんな事を考えていると、提案者の少年たちの発表がはじまった。
演説の内容は詳しく書く必要はないだろう。六人の少年たちの提案は全て同じ様なものだったからだ。
まず“姫”がでる。
内容は、恋と愛しか目的がないのかね?という様なものから、可愛らしい姫が人助けする物語(まだ抵抗が少なかった。)など様々だ。
クレア嬢の先見の明には驚くばかりである。
そして最後にクレア嬢の発表がはじまった。
黒髪の少女が壇上に上がる。彼女は周囲を見渡してから、この歳にしてはやけに堂に入った話し方で話しだした。
「私が提案しますのは『赤の王子と黒の王子』です。我が国の伝統的な決闘法の元となっている古い物語ですわ」
この国の貴族、いや国民の大半が知っている決闘の決まり。クレア嬢は確認の為か、朗々とそらんじた。
かかげるは、赤の旗。かかげるは、黒の旗。
決闘を申し込むものは赤をかかげ、受けたものは黒をかかげる。
使うは一本の剣のみ。
勝負は一本。どちらかが戦闘不能とみなされるまで。
「今までも何度か劇場で講演している演目ですが、その特徴をあげるなら公演のたびに結末が違う事です。――理由は皆さまもご存じの様に『赤の王子と黒の王子』は結末のない物語だからです。ですから脚本家が新しい解釈をし、内容の印象をどうとでもする事ができる“可能性”に溢れた演目だと言えると思います」
そこまでを言いきると、講堂の中心に目線をやってクレア嬢は言った。恐らく彼女は私を探したのだ。
「では……一応、もしかしたら内容を知らない方がいるかもしれません。私の助手に朗読してもらおうと思います。――アリアさま、よろしくお願いしますわ」
講堂の視線が一気に私ににむかった。私はぎょっとしながらも立ちあがると、紙を持ち上げ読み上げた。
(声が緊張で小さくなってしまった。)
赤の王子と黒の王子。
昔この国に二人の王子がいた。
赤の王子と黒の王子と二人は呼ばれた。
赤の王子は王妃の子ども。血統正しく、次の王になる子ども。
黒の王子は妾妃の子ども。血筋卑しく、次の王になりはしない。
二人の王子は才溢れ、赤の王子はこのまま黒の王子と国を治めるつもりだった。
だが、黒の王子は城を離れて、領地を賜るつもりだった。
赤の王子は『やめよ』と言った。それでも黒の王子は揺るがない。
二人は譲らず、闘う事に。
――結末のない物語の粗筋だった。
私は読み終わると、クレアに視線をむけた。“この後はどうすればよい?”という意味でだ。
彼女は正しく受けとってくれ『ありがとうございました、アリアさま。お座りになって』と言った。
「そしてこの演目をしたいと私が思ったのは、このクラスなら私の思い描く“赤の王子と黒の王子”をする事ができると思ったからです。――そして役者として参加して頂きたい方には既に打診しており、了解を得ています」
――それは勝手がすぎるのではないか、そんな声が講堂から聞こえた。
(貴様らにだけは言われたくはないと思う私は変だろうか。)
「大丈夫ですわ。全ての役ではなく、重要な“赤の王子”と“黒の王子”を決定しただけです。私はこのお二人だから“できる”と感じましたので、このお二人の了解がとれなければ立候補する事はなかった、それだけの事です」
クレア嬢の静かな声は、講堂の多数の声を黙らせた。
「まず“黒の王子”はアリア・ウォルシュさま。彼女は勿論女性ですが、どうやら“姫”の役はおやりになりたくないそうで、この王子役ならばと快諾して頂きました。彼女ならば美貌の王子となれるでしょう」
――姫は絶対にしたくないそうです。するくらいなら不参加だそうです。なぜか彼女は強調して二度も言った。
私はまた立ちあがり、動揺しつつも大きく頷いた。(王子役だと、ここではじめて知ったのである。)
場の空気を支配したのは彼女だった。私はそれに安堵し座った。
――愚かな行為であった。
私は知らなかった。
「そして“赤の王子”はエミリオ・ハーウェルンさま」
ざっと音がしたかと思った。みなの視線が私の背後に一斉にむいたのである。
「理由は私が言わなくてもお分かりだと思いますが、この方以外では不可能だと思っております」
私も背後に振り返った。
「“赤の王子と黒の王子”は才に溢れたお方たち。私たちは演技などした事はないし、ことこの項目に関しては素人です。ですから、演技なくとも“才に溢れた”このお二方ならそのままで十分だと考察いたします」
最後列に一人、立ち上がった少年がいた。茶の髪が夕陽をあびて朱金の様に見える。
久しく目線すらあわせなかった彼だ。
一瞬あったのは冷たい、温度を感じさせない様な目線だった。まるで彼の叔父の様な。
その事は覚悟したはずなのに私の胸を抉った。
そして、その衝撃になにも考える事ができないうちに、クレア嬢の案が採用されてしまっていた。
――……どうすれば、いいのだろうか。私は彼と劇で決闘する事になってしまった。
(明るく、書き出したのに駄目だな。落ち込んでも意味はないというのに。)
……エミリオ、君は、私に君と闘えというのか。
君の心が分からない。