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君を守りたい  作者: 長井雪
第一部
31/62

捨て去りしもの

 学院をでた馬車が帰宅の為に走りだした。

 愛娘の為に用意されたと思われる少女らしい意匠の馬車だった。


 中にはこの馬車に相応しい金の髪の少女と、なんとも不似合いな青年が座っていた。


――アリアとレイノルドだ。


 楽しく穏やかな歓談などまるでなく、怒っている妹と、無言で話を聞く兄、という構図となっていた。


 今日のレイノルドの問題行動について、アリアは声を荒げずに言い続けた。

どうしてこんな事を、と。

 レイノルドはアリアの頭を撫でる手をとめて話しだした。


「……メイドはひたすら笑顔でごまかすし、母上も詳しくは話してくれなかった。――俺が心配してもおかしくはないだろう」


 兄は早くに家族やメイドの“異変”に気づいたが『妹がどうやら初恋をしたらしい』と聞きだすのには時間がかかった。


――邪魔をするのが目に見えていたからだと、ここにメイドがいたら答えてくれただろう。


「だからといって――……私にとって大切な人である事と同時に、彼は公爵家の後継者なのですよ。彼に大怪我でもあったら大変な事になるとは思わなかったのですか?」



「……俺は、お前の為なら公爵だろうと斬れる」


 アリアはあまりの言葉にぎょっとした。その言葉の不遜さに。

 レイノルドは静かに言った。


「あの少年を斬るとは言っていない。ただ、それくらいお前が大事だと言っているんだ」


――大事な、大事な妹だからな。


 獅子の様な佇まい。流れる金の髪はまるで獅子の鬣の様。

 その強さの為に人々に畏怖を与える存在。


――だが妹を思って優しく微笑むその姿は、アリアと同じく繊細な顔立ちの美しい青年だった。







 邸宅はすでに寝静まっていた。

 この日、空に月はなく、まだ眠らない住人の部屋は蝋燭が穏やかに照らしていた。


 少女は自室の中で椅子に腰かけ机にむかっていた。

 その手元には開かれたノート、いや、日記だ。


 少女には躊躇いがあるのか、ペンにはまだインクを付けていない様だった。


 だが覚悟を決めたのか、少女は一気に書きだした。





――今日はとても疲れた。走り回ったせいだろうか、彼をとめられなかったせいだろうか。……自分でもよく分からぬ。



 最近、自分の事がよく分からぬ。ごちゃごちゃしているのである。


 私は、迷わず、自分の意思を貫ける人間だと思っていた。頭で正しいと考えた事を、実行できる人間だと。


――だが、ここ最近の私はどうだ。当初の目的を忘れているのではないか。今日などとくに酷かった。

 兄上とエミリオ少年の私闘をとめられなかった。

 間に合わなかったなんて理由ですらない。


 ただ、彼に『とめないでくれ』と瞳で、言葉で言われただけだっだ。


 私は彼を守りたい。その目的の為に生きていると言ってもいい。

 だから私は彼の願いであっても、彼の命より優先しなければいけないもの等ないはずなのだ。

 なのになぜ、私はとめられなかったのだろう。



 私との仲を認められる為に闘う彼の態度が嬉しいと、普通の、少年に恋する少女の様に思っている?

……はは、それはないな。


 だが、彼の苦しい顔は見たくない、彼の笑顔が見たい。そんな欲求が私の中で大きくなりつつあるのだろうか。

――……いや、まさかな。


 私は、彼が生きていてくれれば、それだけで幸せだ。

(ああ、やはり一番しっくりくる。これだけは変わらないという事だ。)


 少しおかしかったのは、そうだな。

 彼を川から助けて、それでも熱がでてしまったあのときからだ。なにかが変だった。

 また失くしてしまうかもしれないと――多分、恐怖したのだろう。でも彼は生きていてくれて、なみだがでるくらい嬉しかった。


 次にエミリオ少年の苦悩を知って、なみだを見て――――ここで彼に対する“欲”がでてきてしまったのだろう。


――浅はかな。


 私は、私だけは、私の罪を忘れてはならぬ。

 彼女を、エミリアを守れなかったのは誰だ。死なせたのは誰だ。

――他の誰でもない、この私だ!!


 本来なら私の様な存在は彼女の現世において関わるべきものではない。分かってる、分かってるんだ。だが、だが!!


 君を守りたい、君の役に立ちたいんだ。大それた願いだと分かってる。これ以上はもう、望んではいけない。



――だから、ここに捨てよう。



 エミリオ、君に好いてもらって嬉しかった。君が笑うと心は雲一つない空みたいに晴れやかだった。君が泣くと胸が痛くて、辛くて悲しかった。


 応えてはいけないと思っていた、違うな、思っているのにも関わらずに――


 君という存在を、愛しいと思ってしまう様だった。


 恋愛とか友愛とか、そんなくくりではなくて、ただ愛しい。

 私はとても馬鹿だから、君が彼女を感じさせてくれるから好きなのか、それと関係がないかさえよく分からない。


 そして私は愚かだから、意思、いや、理性が“君の傍にいたい”という気持ちに負けて“君の思い”に応えてしまいそうで、怖い。


 友でもいい。家族でもいい。ただ傍にいたい。その為に君の思い、いや、恋に応えてしまう自分がいるかもしれない。

 最低な行為をしてしまうかもしれない。


 だが――そんな事を私は私に許さない。



 私はなんの為にいる?

――彼を守る為。彼の助けとなる為に。


 彼を思えば私のとるべき行動はなんだ?

――彼の思いに応えず、距離を保つ事。


 私の願いは?

――彼の安寧。安らかなる人生を彼がおくる事。


……私の望んでよい範囲の願いは?

――彼が望んでくれるなら、彼の友になる事。


 大丈夫、大丈夫だ。

 きっと、きっと私は間違わない。


 いらないものは全て吐き出せた。これで――私はもとの私へと戻れる。


 他のなにをしても――君にだけは、誠実でありたい。





 金の髪の少女は書いていた日記を閉じた。

 いつもと同様に片付けて寝台へとむかう。

 後は眠るのみ。

 ただ、いつもと違う“一点”は他ならぬ少女自身によって無視されたまま。


 頬をつたうしずくは拭われず。






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