獅子の守り人[後編]
感想、評価、お気に入り登録ありがとうございます。元気がでました。
楽しみして下さる方がいると思うと頑張りたいなと心から思います。
アリアがたどり着いた先には予想通りの光景が広がっていた。
観衆と化した群衆。その中心にいるよく知った人物。金の髪の長身の男、対峙する茶の髪の少年。
――レイノルドとエミリオだ。
「……お前が、妹についた“虫”か」
レイノルドが怨敵と出あったかの様な形相でエミリオに問いただした。エミリオが口を開ける前に、アリアは加速し二人の間に割り込んだ。両手を広げエミリオの前に立つ。そして心から叫ぶ。
「友です!! 虫などではありません!」
レイノルドは少し面食らった顔をした。だがすぐに持ち直し『アリアは下がっていろ』と低い声で言った。
そして、アリアの背後に庇われたかたちの少年に視線で“お前はどうなんだ?”と問うた。
「私は、アリアとのこれからを望んでいます」
エミリオはアリアの肩に手を置き、彼もまた“下がってほしい”と伝えてきた。アリアは仕方なく、エミリオの横に並んだ。
「どっちなんだ――……アリアが庇っているのか」
少し悲しみを込めた目でレイノルドはアリアを見た。エミリオが前に出て答える。
「彼女は私に“友情”を求め、私は彼女に“愛情”を求めている。ただそれだけの事です」
「やはりお前が“虫”なのだな。まぁ、片恋だが虫候補には違いない。……アリアに相応しいのかは疑問だが」
身長差からの理由だけでなく、レイノルドはエミリオを見下した。アリアの心を手に入れてない、という事さえ分かれば十分だった。その視線に負ける事なく、エミリオは静かに尋ねる。
「どの基準を達成すればいいですか?」
「アリアの心が先だろう」
「当然です。ですが私は、彼女と結婚したい。――ならばご家族の賛同も必要なはずだ」
アリアはエミリオの横顔をそっと見た。そして彼の顔に陰りがない事に安堵した。
「俺に、勝負を挑める男がいるとは」
思わず、といった感じにレイノルドはつぶやいた様だった。そして笑い、腰に下げた剣を撫でた。
「今ここで剣で決めるか、どうする? 逃げてもいいぞ」
囃したてるように歓声が群衆から巻き起こった。アリアが姿を現した途端に静かになった彼らは、仇敵の窮地に喜びを隠せなかった様だ。
だが――
「――あとそこの観衆どもも聞け!! アリアに告白なんてものをしたいなら、まず俺を倒せる程度には強くなければ話にならん。さぁ、闘りたい奴は前に出ろ!」
煩いほどの歓声にレイノルドは群衆の存在を思い出したようだった。
そして放たれた獰猛な獅子の一喝に、一瞬で歓声はやんだ。誰一人として前に進むものはいなかった。
「なんだ、いないのか。悪かったな、俺の勘違いか。……ここで名乗り上げれない奴は失格だ。分かっているよな」
観衆の反応は当然の事だった。レイノルドは18歳でありながら、この国の武闘大会で優勝した騎士だ。その彼に闘いを挑める少年がいるはずもなかった。対峙する少年を除いて。
「――挑みます」
「なっ何をいってるの!?」
アリアは横に立つエミリオの腕をつかんだ。
「今じゃ勝てないのは分かっている。また、貴女の気持ちを無視してしまう事も。でもここで逃げたら――」
分かりきった勝敗。前の決闘での謝罪。それを覆す、たった一つの理由。
「貴女を思う事すら許されない」
悲愴な声じゃなかった。ただ真っすぐに彼は言う。
「悲しまないで、私は、私の思いから逃げない為に戦うだけだから」
二人の視線が合わさる。エミリオが一歩踏み出した。アリアの手が外れる。彼が兄を見る。心臓が騒がしい。
「闘技場でやろう、二人だけでな。……惚れた女の前で無様に負ける姿は見せたくないだろう」
「……ありがとうございます」
レイノルドとエミリオは歩き出した。観衆と、ぽつんと立つアリアを残して。
闘技場の入口にはアリアしかいなかった。昼すぎにはそこそこいた観衆が、今はもういない。すっかり日は暮れている。
扉の奥はどうなっているのだろう。分からない。アリアは寒空の下の中、ただ待つ。とめられなかったものは、ただ結果を受け入れるのみ。
そしてとうとつに扉が開く。
「兄上!!」
出てきたのはレイノルドだった。アリアは中に入ろうと走った。だがレイノルドの腕がそれを防いだ。
「兄上っ?」
「……いかないでやってやれ」
アリアは抵抗しようとしたが、兄の言葉に驚きやめた。
「大丈夫だ。あいつは“失格”じゃない」
――ただ、今の姿は見られたくないだろうと。
苦笑して、アリアの肩に手を置き歩き出した。強制的にアリアも歩かされる。
「……信奉者になり下がらなかったからな」
つぶやきがアリアの耳をかすめた。遥か頭上の兄の顔を見上げる。レイノルドがアリアの頭を撫でる。アリアに話したかったわけではないらしい。
「こうしていられるのも、あと少しかもな」
手で隠されて兄の顔は見えなかった。つぶやきは寒空に消えた。
――守り人は立ちはだかり、少年は闘いを挑む。
少年は傷を負い、血をながし、土に身を沈めても諦めなかった。守り人は命をとるつもりなど元々なかった。ただ少年の心を折る事など容易い、そう思っていた。
「――なぜ、諦めない」
思わず問いただしてしまう程の時間が経っていた。力量ある武人として、相手が限界をとうにこしている事は分かっていた。
「――逃げないと、決めたからです」
少年は、真っすぐな瞳で答えた。覚悟を決めた男の顔だ。卑怯な手段などいくらでもある。
少年には家の権力も、個人の権力もあった。守り人の要求を撥ね退けれるだけのものが。それを少年は使わなかった。
愚直なのではない。賢明だからだ。守り人が“そんな手段”で逃げようものなら、絶対に認めるつもりがない事を見抜いていたのだろう。
そして他ならぬ少女に“少女の心”を得る為の布石を打った。『少女の心を得たい』と思う自分をとめるな、と。とめられなかった少女は、少年に自分を思う事を許した事になるのだ。
少年は“本気”で捕りに来ている。
守り人は思う。我が妹は相当な男を本気にさせてしまったと。