獅子の守り人[前編]
更新が遅くなりました。ごめんなさい。
頭痛もありましたが、しっくりこなかったので時間がかかってしまいました。
たくさんの方に読んで頂けている様でとても嬉しいです。
感想、評価、お気に入り登録ありがとうございます。
あと感想やメールを下さった方へ
最近の返信ですが、短くあまり内容のないもので申し訳なく思っています。
ですが、作者の思想を深く書くとネタバレになってしまいそうで、あまり書けません。
いつも長く書いてはネタバレ箇所を削除し、あの様な味気ないものになってしまいます。
感想は本当に読むと元気になります。
見捨てないで頂けるととても嬉しいです。
日は昇り、人々は動き出す。それは貴族の邸宅も同じで、少し騒がしい。変わらない一日のはじまり。
――ただ一つ違うとすれば、庭を少女が駆けている事だ。
「お待ちください!」
金の髪を風になびかせ、少女は眼の前の人物を追いかけていた。聞こえているだろうに、眼の前の男は歩き続ける。少し苛立った様に、少女は叫んだ。
「兄上っ!!」
懸命な呼び掛けにようやく男、いや、少女の兄が振り返った。
「――アリア」
男は、儚げなアリアの兄にしては体格が良く、獅子の様なたたずまいだった。
アリアは厳しい眼差しにさらされて、少し身構えた。
そして――
「“兄様”と呼べと、いつも言っているだろう」
こんな事を真剣な表情で話すこの男は、レイノルド・ウォルシュ。過保護な過保護な、アリアの兄だった。
――あの過保護、どうにかならんのか!!前から思っておったが過剰すぎるぞ!
ここに吐き出さねば、心がもたぬ。
なんとか隙を見て逃げだせたが、もう限界だ。どこまで監視すれば気がすむのだ!!
(もう昼だが、食欲もでぬ。)
なにが『アリア、俺には話せない様な相手なんだな。お前の……は。(恋人と言いたくないらしい。)――まさか、付き纏われているのか!! 安心しろ、俺がそんな奴には裁きを下してやる』だ。
(そんな輩がいたら自分で手を下しておるわ!!)
はぁ、一から書くか。冷静になる為に。
あのエミリオ少年からもらった“襟巻き”は我が兄上に雷を落としたらしい。
そして、何を血迷ったのか学院に“妹に付き纏う不逞の輩”に裁きを下しにきた様だ。
(私は最近、兄上以外から“付き纏われた”覚えはないのだが?)
そんないもしない輩を排除する為に、我が兄上は仕事を休んで学院へとついてきた。
(王室騎士団の仕事は、そんな軽いものだっただろうか。休みをとれたというのも、甚だ疑問である。)
学院に父兄が勝手についてきて参観するという、前代未聞の事をしでかしてくれた。
戸惑う講師になにが『お気になさらず』だ。目立ぬとでも思っておるのか。
まったく、人の迷惑を考えぬのだから。名の知れた者だという自覚はないの――――
アリアは勢いよく飛び上がり、身構えた。
こちらにむかってくる足音がある。
心臓がせわしない。まさか図書館の最奥の資料室で、人の気配を感じるとは思わなかったからだ。
荷物は鞄に即座にしまった。後は相手の出方を見るまで。そびえ立つ本棚は死角をよくつくる。逃げだせない事はなかった。
扉が開けられた。そこにいたのは――
思わず長く息をはいた。相手が音につられこちらを見る。
「まぁ、ご挨拶だこと」
「も、申し訳――」
黒髪に黒い瞳の少女、クレアだった。
「いいのよ。兄君さまと間違われたのでしょう? 貴女の兄君さま、レイノルド様の武勇は聞いておりましたけど、まさかあの様な方とは思っておりませんでしたわ」
アリアは乾いた笑いすらでなかった。
「……兄上は、その、過保護なのです。私を、赤ん坊のころと変わりなく思っているのです。――昔、私の体が強くなかったせいなのですが」
「まぁ、それでなの。エミリオ様に伝言を伝えておいたのは正解でしたわね」
「あ、あの、ありがとうございます」
「いいのよ。まぁ、朝いきなり本を渡されて『この前読みたいと仰っていた本ですわ』なんて話しかけられるとは思っていなかったわ。――本に手紙が挟んであったから、すぐに理由は分かったけれど」
『今日は一日私に近づかないでと、エミリオ様にお伝えして頂きたいです』
馬車の中で書いた様な走り書きだった。少女の動揺そのままの様な。
朝、アリアは講堂にむかう途中でクレアに会う事ができた。絶好の機会を逃すわけにはいかなかった。
エミリオと兄を会わせるわけにはいかなかったから。
「本当に、感謝しています」
感謝の心をこめてアリアは笑った。悪魔も祓える微笑である。
クレアは居心地が悪くなったのか、表情を曇らせた。
「――ごめんなさい。その言葉は受け取れないわ。私がここにきた理由は、貴女を呼びに来たからよ」
アリアは走る。前に学院を走ったときも、似たような状況だったのを思い出した。
前回は、少年たちの決闘をとめる為に。
そして今回は――過保護すぎる兄をとめる為に。
場所は中庭か、そのあたりらしい。騒ぎが離れたここにも聞こえてくる。
着くのに時間はまだかかるだろう。
その間にクレアの話を思い出す。
「……兄君さまが貴女についた虫をはらいに学院にきた事は、誰でも予想がついたわ。だから貴女を慕う少年たちは、エミリオ様が邪魔なのだから――貴女という『嫌われたくない人』が兄君さまの横にいなければどうなるか」
――分かるでしょう?
アリアは血の気が引いた。そんな、まさか。
「でも、兄上に詰問されても彼が『違う』と言えば――」
そうだ、否定すればいい。それならエミリオは安全だ。
だがクレアは頭を横に振った。
「あの方は逃げないと思うわ」
どうして、とアリアは視線で聞く。
「……いつからかしら。少し前からね。あの方の貴女を見る目が変わったと思ったから」
変わった、なにが?
アリアはエミリオを手強くなったとは思っていたけれど、他の変化を感じていなかった。
「……逃がさない、違うわね。――逃げない、ね。やはり」
クレアは言葉にしてようやく、おさまりのいい場所を見つけた様だ。
「だから早く貴女は行った方がいいと思うわ。あの方に怪我をしてほしくない、と思うならば」
だからアリアは走る。
彼に掠り傷一つだって負ってほしくなかったから。