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君を守りたい  作者: 長井雪
第一部
28/62

夜の語り手[三夜]

――寒くなったな。ここは日差しがあっていい。

(最初は東屋に行こうかと思ったが、やめた。図書館にも人はあまり来ぬしな)


 また、久しぶりの日記になってしまった。まぁ、仕方のない事だ。

(彼の邸に三夜通ったのだぞ。いつ書く時間があるというのかね)

 さて、なにから書くとしようか。



 一夜、二夜はもういいだろう。彼の弱さを知る事ができた日だ。

(彼の涙はここに記すべき事ではない)


 今後についての事を書くならば、三夜、いや3日目の休息日の事を書くとしよう。


 エミリオ少年に“時間を稼ぐ”と約束した次の日の事だ。


――王女が彼の邸宅で開かれる“お茶会”にこられるのは正午との事だった。


 そして、お茶会を楽しんで頂き、緊張も解けたころ『庭園を散策してみてはいかがですか?』と会話を誘導し“エミリオ少年との出会い”をつくる予定だったそうだ。



 この婚姻はあくまで“叔父の一存”だった。


 王女側としては、権力がある家に対し、その機会を与えたまで。

 他国、他家の中の候補の1つとして。


 彼の役目は“王女の心を奪う事”だった。

 11歳の少年に7歳になられる王女を『口説いてこい』とよく指示できたものである。


――だからその役目は、私が頂く事にした。


 勿論、王女の“心”でなく“理解”を得るために。




 私は正午には公爵邸に到着していた。準備が必要だった為である。


 今日という“劇の進行”は頭に入っている。あとは役者の支度を済ませるのみ。


 彼に服を借りた。その他の靴や手袋等の小物も。

 見てくれは大事なのである。


 着替えをしたのは彼の部屋ではない、空き部屋を使ったのだ。

 使用人の1人に案内された。


(これは、この公爵邸に“彼の”配下がいるという事だ)


 着替えを終えて、鏡を見る。

 帽子をとっただけの姿。赤毛に青の瞳の少年だ。


――9歳ごろのアリアスに似ているな。勿論、髪を金にしなくてはいけないが。


 案内をしてくれた使用人に呼ばれた。


 美しい庭園に幼い王女。そこに現れる赤毛の少年。

 舞台はととのった。





 使用人に『あちらにいらっしゃいます』と言われ、そっと窺い見た。

(変質者とは言わないでくれ)


 庭の花を見ながら歩く、幼い女の子がいた。背後にはメイドと、そして護衛が5人。――おそらくこの護衛たちにも連絡はいっているだろう。



 ゆっくりと王女に近づき、膝をつく。


 真っすぐ王女を見た。少女の眼は見開かれ、驚いている様だ。

 本来、強い視線にさらされる事のない方だから。


 いるべき彼はいない。私は代理として彼の心を代弁しにきた。


 求めるものは彼女の理解、ただ一つ。


 私はただ思いを伝えるのみ。





――結果から書いてしまおう。……王女の理解は、得れた、と思う。


 な、なんだかよく分からんが。

 頑張って話したのだ、エミリオ少年の現状を。


 そしたら『この場にこない彼を許し、婚姻候補でもない私で我慢してくだされ』という、とんでもないお願いを『よいぞ』と頷いてくれたのだ。



 なぜか王女は顔を真っ赤にして私の話を聞いていた。


 私は精一杯エミリオ少年の気持ちを話しただけだなんだが。

(熱く、熱く語ったぞ!! ……私に知恵などは期待しないでくれ。昔から困ったときは熱意で、どうにかしてきただけである)


 な、なぜそれで顔は赤くなる。


 ……ああ、私の彼への友情に感動したのかもしれぬな。


(……もしくはあまりに暑苦しく、怒りのあまりに頷き『分かったから、さっさと行け』だったのかもしれぬ。……これくらい、平気である)


 だ、だがな失礼な態度はとっていないぞ!!


(『エミリオ少年がこの場にいないこと以上の失礼はない』とかは、言わないでくれ)


 気難しい方とは聞いていたから、最大限に気をつかった。

 王女の前で膝をつける動作とかは大丈夫なはずである。


(私は騎士を任されていた事もあるしな)


そして――


「お分かりして頂けましたでしょうか?」


 こくん、と頷いてくれた。

 よしっ!!

 そそくさと退場した。


 なんだか、王女の手がのびてきた気がするが、気のせいだろう。





 その夜。

 エミリオの答えを聞きに、自室にいる彼のもとへと行った。

 帽子を目深くかぶった、赤毛の少年の姿で。



 扉を開ける。彼がこちらを見た。窓からの月明かりを背負っている。


 机に本も課題も、なにもない。

 彼は1日“考える事”だけが、できたはずだ。



――おそらく彼は答えをだしたのだろう。彼が真っすぐ私を見る。


「覚悟を、しました」

「……そうか、手伝いはいるか?」


 彼は首を振る。


「大丈夫です。私は、私の望みの為に力を使います。もう私に躊躇いはない」


 もとから大人びた少年だった。だが彼の顔はもう、覚悟を決めた1人の男の顔をしていた。



――心の抜けた、あの叔父の姿ではない。きっと彼は選んだのだろう。


 彼が正門まで見送ってくれた。


 彼を閉じ込めるものはもういない。

 それは、アリアスが通う最後の夜だと示していた。


 最後にまた、声をかけられた。


「アリアス、君に感謝している。本当に」

「……そうか」


 嬉しくてどうにかなりそうだった。



 はからずとも、エミリオ少年の恋を応援するかたちになっていた。


――彼を守る大人がいないなら、私がなりたかった。後悔はきっと、しないだろう。





 彼が学院にまたくるようになった。

 あとの事を、私は知らない。ただ、分かる事もある。


 泣きそうな顔をしなくなった事。

 優美さに力強さがそなわった事。


 そして――


「アリア、どうかしましたか?」


 彼が私に対して、少し“躊躇い”がなくなった事だ。



 最後の一文を急いで書きあげ、アリアが振り返る。


――手強くなった彼に。




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