夜の語り手[三夜]
――寒くなったな。ここは日差しがあっていい。
(最初は東屋に行こうかと思ったが、やめた。図書館にも人はあまり来ぬしな)
また、久しぶりの日記になってしまった。まぁ、仕方のない事だ。
(彼の邸に三夜通ったのだぞ。いつ書く時間があるというのかね)
さて、なにから書くとしようか。
一夜、二夜はもういいだろう。彼の弱さを知る事ができた日だ。
(彼の涙はここに記すべき事ではない)
今後についての事を書くならば、三夜、いや3日目の休息日の事を書くとしよう。
エミリオ少年に“時間を稼ぐ”と約束した次の日の事だ。
――王女が彼の邸宅で開かれる“お茶会”にこられるのは正午との事だった。
そして、お茶会を楽しんで頂き、緊張も解けたころ『庭園を散策してみてはいかがですか?』と会話を誘導し“エミリオ少年との出会い”をつくる予定だったそうだ。
この婚姻はあくまで“叔父の一存”だった。
王女側としては、権力がある家に対し、その機会を与えたまで。
他国、他家の中の候補の1つとして。
彼の役目は“王女の心を奪う事”だった。
11歳の少年に7歳になられる王女を『口説いてこい』とよく指示できたものである。
――だからその役目は、私が頂く事にした。
勿論、王女の“心”でなく“理解”を得るために。
私は正午には公爵邸に到着していた。準備が必要だった為である。
今日という“劇の進行”は頭に入っている。あとは役者の支度を済ませるのみ。
彼に服を借りた。その他の靴や手袋等の小物も。
見てくれは大事なのである。
着替えをしたのは彼の部屋ではない、空き部屋を使ったのだ。
使用人の1人に案内された。
(これは、この公爵邸に“彼の”配下がいるという事だ)
着替えを終えて、鏡を見る。
帽子をとっただけの姿。赤毛に青の瞳の少年だ。
――9歳ごろのアリアスに似ているな。勿論、髪を金にしなくてはいけないが。
案内をしてくれた使用人に呼ばれた。
美しい庭園に幼い王女。そこに現れる赤毛の少年。
舞台はととのった。
使用人に『あちらにいらっしゃいます』と言われ、そっと窺い見た。
(変質者とは言わないでくれ)
庭の花を見ながら歩く、幼い女の子がいた。背後にはメイドと、そして護衛が5人。――おそらくこの護衛たちにも連絡はいっているだろう。
ゆっくりと王女に近づき、膝をつく。
真っすぐ王女を見た。少女の眼は見開かれ、驚いている様だ。
本来、強い視線にさらされる事のない方だから。
いるべき彼はいない。私は代理として彼の心を代弁しにきた。
求めるものは彼女の理解、ただ一つ。
私はただ思いを伝えるのみ。
――結果から書いてしまおう。……王女の理解は、得れた、と思う。
な、なんだかよく分からんが。
頑張って話したのだ、エミリオ少年の現状を。
そしたら『この場にこない彼を許し、婚姻候補でもない私で我慢してくだされ』という、とんでもないお願いを『よいぞ』と頷いてくれたのだ。
なぜか王女は顔を真っ赤にして私の話を聞いていた。
私は精一杯エミリオ少年の気持ちを話しただけだなんだが。
(熱く、熱く語ったぞ!! ……私に知恵などは期待しないでくれ。昔から困ったときは熱意で、どうにかしてきただけである)
な、なぜそれで顔は赤くなる。
……ああ、私の彼への友情に感動したのかもしれぬな。
(……もしくはあまりに暑苦しく、怒りのあまりに頷き『分かったから、さっさと行け』だったのかもしれぬ。……これくらい、平気である)
だ、だがな失礼な態度はとっていないぞ!!
(『エミリオ少年がこの場にいないこと以上の失礼はない』とかは、言わないでくれ)
気難しい方とは聞いていたから、最大限に気をつかった。
王女の前で膝をつける動作とかは大丈夫なはずである。
(私は騎士を任されていた事もあるしな)
そして――
「お分かりして頂けましたでしょうか?」
こくん、と頷いてくれた。
よしっ!!
そそくさと退場した。
なんだか、王女の手がのびてきた気がするが、気のせいだろう。
その夜。
エミリオの答えを聞きに、自室にいる彼のもとへと行った。
帽子を目深くかぶった、赤毛の少年の姿で。
扉を開ける。彼がこちらを見た。窓からの月明かりを背負っている。
机に本も課題も、なにもない。
彼は1日“考える事”だけが、できたはずだ。
――おそらく彼は答えをだしたのだろう。彼が真っすぐ私を見る。
「覚悟を、しました」
「……そうか、手伝いはいるか?」
彼は首を振る。
「大丈夫です。私は、私の望みの為に力を使います。もう私に躊躇いはない」
もとから大人びた少年だった。だが彼の顔はもう、覚悟を決めた1人の男の顔をしていた。
――心の抜けた、あの叔父の姿ではない。きっと彼は選んだのだろう。
彼が正門まで見送ってくれた。
彼を閉じ込めるものはもういない。
それは、アリアスが通う最後の夜だと示していた。
最後にまた、声をかけられた。
「アリアス、君に感謝している。本当に」
「……そうか」
嬉しくてどうにかなりそうだった。
はからずとも、エミリオ少年の恋を応援するかたちになっていた。
――彼を守る大人がいないなら、私がなりたかった。後悔はきっと、しないだろう。
彼が学院にまたくるようになった。
あとの事を、私は知らない。ただ、分かる事もある。
泣きそうな顔をしなくなった事。
優美さに力強さがそなわった事。
そして――
「アリア、どうかしましたか?」
彼が私に対して、少し“躊躇い”がなくなった事だ。
最後の一文を急いで書きあげ、アリアが振り返る。
――手強くなった彼に。