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君を守りたい  作者: 長井雪
第一部
26/62

夜の語り手[一夜]

 月のない夜だった。邸宅は寝静まり、風の音しか聞こえない。

 明かりのない部屋の中、金の髪の少女が寝台から起きだした。少女は迷いなく戸棚にむかうと中から鞄を取りだした。可愛らしい布地の遠出にも使えそうな大きさのものだ。


 少女は鞄を足元に置くと、金の長い髪をまとめ上げた。次に鞄からだした少年の服を着て、革の靴を履いた。最後にかつらをつけて、帽子もかぶる。何度か髪がちゃんと収まっているか手で確認すると、窓にむかった。

 

傍のユリエの木につかまり、するすると降りていく。番犬が走ってきた。少年の姿をした少女はその頭を撫で、颯爽と庭を出ていく。


――少女が抜け出した事に誰も気づかなかった。





 王都の中でも特権階級の邸宅が連なる区域に、赤毛の少年はいた。


 少年は決してみすぼらしくはなかったが、この場には相応しくなかった。昼日中であれば、見咎められたろう。だが、今は夜。闇に紛れるように、ただ歩く。


 目的の邸宅を見つけたようだ。この区域で最も大きく荘厳な邸宅だった。少年は正門にむかった。


 門番は不審なものを見る様な目で少年を見た。だが、少年は武器ももたず、紙をもつのみ。警戒する程の事でもないと門番は判断した。


「ここに一体、なんの用だ。間違いではないのか?」


「ここは、ハーウェルン公爵邸ですか?」

「……そうだが、なにか用があるのか」


 少年は紙片を、門番に見えるようにかかげた。


「エミリオ・ハーウェルン様のご依頼により、こちらに参りました。導きの塔の“アリアス”がきたと、お伝え願えますでしょうか」


 公爵家の紋章が入った紙片。

――依頼状であり、証明の証でもある。少年は間違いなく客人だった。


 少年は丁重に中へと案内された。





――アリアスは邸宅の中を歩いていた。


 勿論、眼の前には案内の人間、いや、監視がいたが気にする程ではない。邸宅の全容が分からぬよう、連れまわされるのは分かっていた。

 だから、その間に状況を整理しようと思った。



 今日、エミリオが学院にこなかった。講師が言うには急病と連絡があったらしい。

 アリアスは不安だった。彼の様子、彼の依頼。――不吉な要因しかなかった。夕方、急いで王立図書館に行った。


 図書館の係の男に『お勧めの小説はありますか?』と聞いた。


「……なにがお好きですか?」

「そうね、戦術集、戦記、伝記などかしら」

「では、ちょうど私のもっているこれなどがお勧めです」


 そして一冊の本が手渡された。


「ありがとう」


 早速、個室に入り手渡された1冊を開いた。中には、今回の依頼状があった。そこには――



「こちらでございます」


 部屋に到着したよ様だった。扉が開かれる。


「待っていた」

「……依頼通りに、きた」


 邸宅のおそらく最深部、彼の自室だろう。だが――扉の前に立たされた人間。護衛とは名ばかりの監視の数。

 ここは彼の牢獄なのだろう。



「依頼内容は伝わっているかな? 人に頼んで依頼しに行ってもらったんだ。――ここから、動けなくてね」


 広い部屋の椅子の一つに案内された。彼もとなりに置かれた椅子に座る。アリアスは部屋を見渡した。

 大きな机に本と紙が大量に置かれている。彼は今日、一日をここで過ごしたのだと思った。一人で。


「君の話し相手になれと」


「うん、そう。だんだん拘束が厳しくなってね。会う人間の制限もされたんだ。……一人、学院には関係のない人間なら会わせてやると言われたんだ。だから君を呼んだ」



「なぜ――我慢している」


 悲しみや、苦しさが伝わってくるのに、彼は穏やかに話し続ける。


「……君も私が間違っていると思うかな。――叔父に『王女と結婚しろ』と言われたんだ。そして私は拒否した。『好きな人がいるから』と。そしたら『お前は公爵家の後継者としての責任を分かっているのか』と言われた」


 ここから話されたのは、彼の苦悩だった。


「父は彼女で問題ないと言ってくれた。だが、叔父は“望めるだけの最高の結婚相手”を得るべきだと言う。叔父は当主である父の弟で、強大な権力をもっている。……私がずっと目指してきた人だ。その叔父が言うには“恋着”などは判断を誤らせる、厄介なものでしかないそうだ。正しい事をしたいなら恋などするな。貴族とは責任を果たして、はじめて生きる事を許されるのだと、だから」


「王女との婚姻を、か」

「……私は今まで公爵家の後継者としての責任を全うしてきた。求められる基準を満たせなかった事はない。いや、なかったと思う。でも――」




 彼が泣いた。静かに。頬にしずくが滑る。


「分かってる。言われなくても、分かっているのに。胸が、苦しい。泣いた事などなかったのに」


 正しい事がしたい。

 責任を全うしなければ。

 目指してきた人。


 恋しい人。




――ああ、ここに彼を守る人はいない。それを強く感じた。


 彼がアリアスに依頼してまで、吐き出したかった事は“彼の弱さ”だ。

 受け止めてくれる人がいなければ、中でこごらすしかない。


 “アリア”なら、彼の手を握る。

 なら“アリアス”は。


「抜け出したいなら連れて行ってもいい」

「……この監視の中で、抜け出せるの?」


「多少、手荒な真似をしてもいいなら」


 剣がある。道具もある。できない事ではない。今日、彼がはじめて笑った。


「ふふっ私はどこかのお姫様の様だね。さしずめ君は、王子か騎士か盗賊か。――でも私は姫ではないから、大丈夫だよ」


 本気にとってもらえなかった。私なら――私ならば、君を守る盾になるのに。

 アリアスはそう思いながらも、彼の表情が柔らかくなった事が嬉しかった。



 夜は更けて。





明日、25日に

『今後について』を次話「夜の語り手[二夜]」の後書きに載せて更新する予定です。


あと『アンケートについて』を削除します。

(+質問文なども。活動報告に移します。)


なので、もしかしたら最新話を投稿した事にならないかもしれません。


(本当は念のため2話更新するつもりでしたが、頭痛が酷く断念しました。)


次話は今、8割は書けているので、あとは気力で仕上げます。

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