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君を守りたい  作者: 長井雪
第一部
23/62

君に別れを告げたくなくて

 闇の中での事だ。10人ほどの粗末な姿の男たちが町はずれの家にむかっていた。情報は“ある筋”からのもで、おそらく正しい。今回の彼らの主人は“高貴な地位”の人間の為、資金だけはあるのだ。


 その家にあと少しで着くところだった。


――目的の人物がいた。目深にかぶった帽子に赤毛、間違いない。

 報酬の割に、安い相手だ。子どもなのだから。


「お前が“導きの塔”のアリアスかぁ?」

「そうだ」

「封筒はどこでぇ。渡しな。雇い主が遅すぎるってよ。……せっかく苦労して手に入れたのに、こんなとこで時間はくいたくねぇってさ」


 少年は闇の中、大人の男たちに囲まれた状態でも平然としていた。


「すまないな。封筒は川の中だ……邪魔が入ってね」

「……それですむと思っとるんか」



「すませてもらいたい」


 ごろつきたちは、自分たちと対等に話す子どもに気分を害していた様だ。

 子どもだが仕方ねぇよな、と剣を抜いた。


「やめた方がいい……抜いたら私は止まらんからな」



 だが、子どもは怯えるどころか冷静で、逆に舐めた事を言ってくる。


 ごろつきたちは、斬りかかった。






――アリアスは大変、困っていた。まだ夜が明けるには時間があった。空家に帰ってきたアリアスはエミリオと話し、陽が昇ってから移動する事になった。

 別にそれは問題ではない。問題は、それまでの時間の過ごし方だ。


 エミリオはなぜか、アリアスと話がしたいようだった。アリアスの口数が少ないのを気にしてか、エミリオは自分の周囲の人間について話をした。延々と。割合は圧倒的にアリアの事が多い。あとは彼の家庭教師の事。そして、少し家族の事。


 アリアスは戸惑うしかなかった。“アリア”の話を聞く事は、眼の前で陰口を聞くに等しい行為だった。――悪口でなく、好意の塊ではあったが。


 一刻でも早く、陽よ登れ。そう心から願う日が来るとは思わなかった。




「彼女は本が一番好きみたいなんだ」


 知っているとも。その通りだ。


「すごいよね。戦術集、戦記が好きなんだって」


 好き、というか。役に立つというか。


「そう言えば、熱いものを飲むのは苦手らしい」

「そ、そうか」


――本当に彼が“アリア”を見続けてきた事が分かる。分かってしまったときだった。





 それは唐突な問いだった。


「アリアスに好きな人はいないのか?」


 心臓をつかまれた様な衝撃だった。だが、エミリオは好きな人の話をしていたのだ。これは、自然な会話の流れなのだろう。

 たとえ嘘でも、“いない”とは言えなかった。


「……いる」

「どんな人?」


 “彼女”の事を誰かに話すのは、一体何年ぶりなのだろう。今生では、これが最初で、最後かもしれない。


「……強い人だ」

「強い?」


「剣とか、そんなものではなくて。逆境は、あの人の前では塵屑だ」

「……すごい人だね」


 決して、色褪せる事のない人だ。


「できた人で、なんであんなに、できた人が」


――私を好きになってくれたのか分からない。


「……その人といると不安じゃないんだ。いつも安心して、ここにいても、いいんだと思えた」


「今、その人は?」


 息を飲んだ。

 眼の前には、


「……いない。きっと。そして――」


 それでいいんだ。


「アリアス……」


 “今”の彼が、私を呼んでくれる。



――私の好きな人も、君の名前にとても似ているよ。なんとなく、心の中なら言ってもいい気がした。





 朝の町を二人の少年が歩いている。アリアスはエミリオに貴族の服は目立つからと、下町の少年の服を渡した。問題は、彼がどんな服でも着こなす天才だった事というか。アリアスは急いで彼の頭に帽子をかぶらせた。

――昨日、予備に買っておいてよかったと、心の底から思った。




――そう話しかけられたのは、上流階級相手の店がある比較的治安のいい場所まで来たときだった。


「……アリアスは依頼を失敗した事になるけど、いいの? これを私に返して」


 エミリオは今になって不安になったのかアリアスに聞いてくる。



「それは……私にとって命をかける程に大事なものじゃないからな」

「……じゃあ、君にこれをあげるよ。このままじゃ報酬がないんだろ」


 アリアスはエミリオに“なにか”を渡された。思わず受け取ったそれは“襟巻き”だった。最上級の布地、縫製技術が惜しみなく使われた一品。


――破格の報酬と言っていいだろう。しかもエミリオは、よくいる“馬鹿な貴族”ではない。その価値を知らないわけがなかった。


 アリアスはだから受け取った。“価値を知らない子ども”になる為に


「では、受け取っておく。帰り方、ここから分かるのか?」

「大丈夫だ。父の経営してる店の一つがこの近くにある。そこで馬でも馬車でも借りるよ」


「……そうか、じゃあな」

「ああ、いろいろありがとう」


 目的地はここだ。

 だから二人は別れて戻るのだ、日常に。




「待って、君に会いたいときはどうすればいい?」


 呼び止められて、アリアスは振り返った。エミリオは、真剣な眼でアリアスを見ている。


「……私に依頼がしたいという事か?」


 言うつもりはなかった。深くは関わらない方がいい。分かってる。分かっていた。


「なら……“導きの塔”に行け。そこの主人に“アリアス”に依頼があると頼め」

「じゃあ、そうする。依頼でもいいから会いたいんだ……その、嫌じゃなければ、なんだが。君とは友達になれる気がするんだ」


「……そうか」



 “アリアス”で友になるつもりはなかった。

 でも――君に別れを告げたくなくて。





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