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君を守りたい  作者: 長井雪
第一部
22/62

君の生きてる音がする

 ずぶ濡れの少年が下町中を走り回っていた。人で込み合う市場で少年は人と人の隙間をすり抜けるように走っていく。


 その少年が店に来ると店主は『どうかしたのか、坊主』と聞く。少年は『弟が川に落ちたんだ。だから急いでくれ』と言う。すると店主は『時間をとらせて悪かった』と少年に少し色をつけて商品を渡した。


 その日、そんな光景が何度か見かけられた。




 王都を流れる川の下流の傍にある空き家は、この日久しぶりに人をむかえる事になった。少々、荒っぽいやり方であった為に扉は悲しい姿になっていた。

 だが、周囲から孤立した空き家の些細な変化に気づく者はいなかった。





――もう夜だ。やはりエミリオは熱を出した。アリアは急いで空家を探し準備をしたが、間に合わなかったのだ。少女の身体では困難な事だった。エミリオの身体を抱き上げる事は不可能だったし、濡れた服を脱がす事にも一苦労だった。そのせいで、隣家に火種を借りに行くのにも時間がかかった上、毛布と衣服等を買うときにも手惑った。


 結果、長時間身体を冷やしてしまったのだ。


 アリアは家から発掘してきた水瓶に布を浸してしぼり、彼の額に置いた。蝋燭は部屋の中を照らし、暖炉に薪をくべて暑いくらいにしている。薬も買ったし、食料も買った。水の準備もある。


 今できる限り準備はした。だが。


「……すまない。これくらいしかできない」


 本当は彼を公爵家に連絡し、引き渡す事ができたら一番いいのは分かっている。それでも、今、それはできない。


 今回の依頼の『封筒』の“中身”は彼から奪取されたものだった。何の理由かは分からないが、彼に敵対している奴がいる。


 だから、彼が健康な状態でない今、居所が露見し何かあったら怖い。賢明な行動は、“彼が健康な状態”に戻るまで潜伏する事だ。

 分かっている。でも――


「君に、なにもできない事がつらい」






 夜は更け――真夜中と呼ばれる時間になった頃。アリアにかすかな音が聞こえた。


 一瞬で走る緊張。装備の確認をし、武器の点検も終えた。服は彼のついでに買ったものに着替えている。帽子とかつらも急いで乾かし装着済みだ。


――準備は万端だった。


 だが、家の周囲の気配は感じなかった。侵入者に気づける様にと空家にあったもので罠をはったのだ。

 勘違いか、そう思ったときだ。


 かすかな音、いや、声が聞こえた。




「――アリ、ア」


 呼ばれる。かすれた声で、何度も。アリアを呼んでいる。寝惚けているのか、アリアに助けを求めているのか。

 少し悩んだ。ここには“アリアス”しかいない。


「……彼が苦しんでる。“私”がここにいる、なら――」



 目深にかぶった帽子をとり、現れた赤毛と美貌。覚悟を決めた。彼は“アリア”を呼んでる。

 かつらの止め具を外し、金の髪が現れる。傍に近づき手を握った。


「――エミリオ」


 彼が眼を開ける。とても嬉しそうに笑った。とても苦しいはずなのに。


「アリア、あいた、かった。……いかないで、ずっと、ここに」


 弱い力で引きよせられる。なぜか抵抗できなくて、彼の胸に抱き込まれた。頬が彼の首筋に触れる。燃えるように熱くて――


 彼の鼓動が聞こえる。

 血の波打つ音がする。生きている音だ。

 ああ、君が生きてる。

 涙がでた。



「私も、君に」


 ずっと君に会いたかった。君だけに、会いたかったんだ。


 彼の穏やかな寝息が聞こえてきても、アリアは少し動けなかった。

 彼の音が聞きたくて。





――すっと意識が覚醒した。なぜか寝苦しさがあったが、エミリオは痛む身体を耐えて起き上がろうとした。


「まだ起き上がらない方がいい。熱は下がったが、安静にした方がいい」

「……君は?」


 帽子を目深にかぶった、同い年くらいの赤毛の少年がいた。知らない部屋に不審な人物。なのになぜか、警戒心がおきない。不思議な少年だった。


「覚えてないのか。無理もないか。……ではこれに見覚えは?」

「それはっ! お願いだ、それを私に返してくれ!!」


 赤毛の少年は上着から『封筒』を取り出した。


 エミリオはこれをとり返す為なら多少の取引には応じるつもりだった。それくらい大事なものだった。


 だが、少年は“それを”投げてよこしてきた。


「こんなものに命をかけるとはな」

「なっ!!」


 エミリオは青ざめた顔に怒りを浮かべて怒鳴った。


「――これは、とても大事な人から貰ったんだ。だから“こんなもの”じゃない! 君は! 私がどれだけ彼女が好きで、どれだけ嬉しかったか知らないだろう!!」


「知るわけがないさ。……ただ、君にそれをくれてやった人は、君に命をかけてまで、それをとってこいと言う人なのか?」

「そ、れは……」


 エミリオは違うと思った。自分の顔に少し傷をつけただけで、絶望したようになった彼女なのだから。


「……どうやら違うようだ。だったら君は、馬鹿なのさ」

「そうだな。私は馬鹿だ。……生まれて初めて馬鹿と言われたよ」

「そうか」


 封筒が、いや、“銀の栞”が手に戻り、緊張がとけたエミリオは眼の前の少年が気になった。

 なぜ、返してくれるのか。なぜ助けてくれたのか。


――でも一番に聞きたくなったのは。


「君の名前は?」


「……アリアスだ」


 エミリオは、なぜか幸せそうな顔で笑う。アリアスの疑問が伝わったのか、彼が答える。


 君の名は彼女に似ている、と。

 アリアスは口元を引き結び『そうか』と言った。




「まだ、夜中だ。もう少し寝ていたらいい」

「ああ、ありがとう。アリアス」


 エミリオが安心して寝入ったのを確認して、アリアスは外にでた。


――しなければいけない事が、できたからだ。





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