表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
君を守りたい  作者: 長井雪
第一部
21/62

仮初は真実をともない

「おはようございますお嬢様。今日は王立図書館に行くんですの?」


 使用人たちが起きだして間もない早朝の事だった。メイドの一人がお嬢様に声をかけた。


「えぇ。そんなに遅くまでいるつもりはないわ」


 ウォルシュ伯のアリア嬢は休息日でも変わらない。勉学に勤しむのだ。


「そう言って、むこうで宿をとったこともありますでしょう。……本に熱中しすぎです!!」

「今日はきっと大丈夫よ。まぁ、多分だけど」


 メイドの心配はなんのその、アリアは綺麗な笑顔で出発していった。




 王立図書館から一人の少年がでてきた。

 下層階級ではないが、裕福というわけでもない、小柄な少年だ。帽子を目深にかぶり、顔立ちは分からない。少し見える髪は赤毛の様だ。


 王都の中心地から離れ、小道を突き進んでいく。少年は迷いなく目的地へむかっている様だ。

 やがて一つの塔が見えた。入口に小さな小窓が一つある。少年は小さな首飾りを取り出して、窓に見える様にかかげた。


「導きの塔の主に“アリアス”が来たと言ってくれ」


 返事はない。ただ、人の動く気配がして、扉が開く。“通れ”という事だ。

 階段を上る。かなり急だ。だが少年の用があるのは二階だから、それ程登らなくて済む。

 二階の扉は開かれていた。中の人物がすぐ見える。


 大きな机が一つに、棚がいくつかある。椅子に腰かけている赤毛の男が1人いた。

 リード。この塔の主をしている。情報屋であり、仕事の斡旋もする男だ。


「嬉しいですねぇ。茶ぁでも飲みに来てくれたんですかい?」


 リードは少年に、いやに丁寧だ。だが、これが彼らの“普通”だった。


「いや、仕事がしたい。一日で出来て、多少、難しいものがいい」

「“アリアス”の“多少”ねぇ。盗賊、暗殺者相手でもいいって事で?」

「そうだな、実戦がしたい。腕が鈍りそうなんだ……まぁ、今の私でできる程度だが」


 その言葉を聞くと、リードは棚の中から紙を1枚取り出す。


「じゃあこれですぜ」


 アリアスの前に1枚の紙が差し出された。


――指定の場所に『封筒』取りに行き、それを指定された場所に持っていく。


「運び屋の仕事です。この仕事は“あんたがいい”はずだ。――だが、注意してくだせぇ。殺しはしない事をすすめますぜ」


 紙を受け取ると、アリアスは無言で部屋を出て行った。

――だから彼の呟きを聞いたものはいなかった。


「いつだって――したくてした事はないさ」






「これか」


 指定の場所は、空家のポストだ。中流階級の住む地域によくある普通な家だった。

――どこからか盗んできたのか、ここを一度中継地点にした様だ。

 それを次に届け先に持っていく。それで仕事は終わりだ。



――三人、いや、四人。どうやらこの『封筒』はそこそこ以上の価値があるようだ。


「それを渡してもらおうか」


 帯剣した男が四人、アリアスを追いつめるように立っていた。

 アリアスの後ろには“川”。逃げ道はない。


「……こっちも仕事なのでね、簡単には渡せない」


 アリアスは軽口を言いながら剣を出す。大きめの上着の下に隠していた、小振りのものだ。

 男たちは少年を馬鹿にしたように笑う。


――その笑いは長くは続かなかったが。




「……ふう、予想より手強いぞ。なんだ?」


 足元には四つの体。意識はないが、命はある。『殺さない様に』そのリードの忠告を守ったのだ。久しぶりに手ごたえのある人間だった。

 アリアスの外見に惑わされたのは一瞬だけだった。すぐ分かる。戦い慣れている。この時代では珍しい。


――そう思いながら、川を上流に向かって歩いていた。


 そのときだ。



「それを渡してください!!」


 少年が走ってきている。男たちを転がしてきた方向からだ。見るからに“貴族”と分かる少年だ。身綺麗な格好をしている。

――走る姿さえ、優雅な少年。アリアスは彼を知っていた。

 だから驚いているうちに、少年に腕をつかまれ態勢を崩してしまった。


――そして封筒は、手から離れてしまう。

 このままでは、落ちるのは地面ではなく川だった。


 それを追って飛び込んだ少年。そして、追いかけるのは――




 そこに“赤毛の少年”はいなかった。少年の服を着た、金の髪と青の瞳の少女しか。


 だいぶ流されてしまった様だ。

 気を失った少年と、彼の大事な『封筒』を流さずに岸にたどり着く事は簡単ではなかったから。

 飛び込んだ茶髪の少年の息はあるが、意識がまだなかった。


 急いで少女――アリアは上着から帽子とかつらを取り出し頭につけた。見られるわけには、いかなかった。


 彼を起こそう、そう思って、やめた。彼が目覚める前に『封筒』の中身が気になった。彼のあの必死な様子、只事ではない。


『非公開文書』『重要な契約書』


 彼がこの歳で、公爵家の仕事をしているなら不思議ではない。もし、そうなら彼に自然に渡せばいい。彼の為なら仕事の放棄くらい簡単な事だ。


 躊躇いは捨てて、封筒を開けた。





「……馬鹿だ。君は馬鹿だ、エミリオ」


 銀の栞だった。アリアの手元を離れて間もない。

 こんなものの為に死ねるのか。阿呆だ。


 なのに、なんでだろう。胸があつい。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ