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君を守りたい  作者: 長井雪
第一部
18/62

反省は教訓となりて

――ようやく、今日の全てを書きだせた。いや、吐き出したというか。まぁ、いいか。

 この様な歳になって、ここまで混乱することが起きるとは、人生とは分からぬ。


(11歳の少年に翻弄され、その上気遣われた。……落ち込まないと書いたら嘘になってしまうな。だって私は11歳に27年足した精神なんだぞ!! 不甲斐なさすぎる)


 だが! 明日からは、エミリオ少年との戦いの日々がはじまるのだ。

 負けぬ! 負けぬぞ! 君ほど友に相応しい人はいないと言ってもらうのだ!!

(なにが起ころうと冷静に対処すればいいのだ! 今日は、不意打ちだっだから動揺してしまったのだ。心を強くもち、打ち勝つのだ!!)


 明日はこれほど狼狽えぬよ。きっと大丈夫であるよ。





――手強い! 手強すぎるぞ、エミリオ少年!!

 昨日の楽観的な私、反省しろ! なぜ作戦をたててこなかった!動揺しないでいられるつもりが、朝から動揺し続けているぞ!

 ああ、いかんいかん。このままでは精神の安寧をはかって愚痴愚痴と書き続けてしまう。今私にそんな時間は――



「あら、何を書いているのです? 課題はもう終わったのかしら?」


 講堂には二人の少女しかいなかった。同じクラスの少年たちは剣術を外で学んでいる時間だった。

 女性に勉学は許しても、剣は必要ないということだ。世間がそれを望んでいなかった。

 だから、その間は二人の少女は課題をするという事になったのだ。


「……えぇ、そうです。時間もありますし、少し書き物をしていましたの」


 アリアはペンのインクを布で拭き取っていた。片づけを自然に終えて、もう一人の少女――クレアを見る。


「あら、そう。……私は課題が終わっておりませんの。少し教えていただけるかしら?」

「えぇ、構いませんわ」


 クレアが座っていた場所にアリアはついてきた。だが、課題の回答欄はすでにうまっている様だった。

 なぜ、と問うような視線をクレアにむける。


「……貴女、エミリオ様に興味がなかったのではないの? 貴女と戦うなんて馬鹿な事はしませんのに、嘘をつかれるとは思っておりませんでした」


「いえ、嘘ではなく、あの時は本当に接点もありませんでしたし、関わるつもりもなかったのです」


 アリアは困惑した。クレアとの前の会話で彼女はエミリオに恋か憧れかを抱いていると感じていた。だが、それにしては責めるような雰囲気がなかった。


「あらそう。まぁ、貴女が恋している、のではなくエミリオ様が迫っているのは見ていて分かりますわ。あからさまなんですもの」


「……そうですか」

「貴女、早く諦めてしまったら? あの方、やはり馬鹿ではないようなんですもの。ちゃんと貴女に合わせた迫り方をしていると拝見しててわかりますわ。私も馬鹿じゃない殿方を早く捕まえないとね。――あら、何を驚いておりますの?」


「どうして……」


「ああ、“貴女に合わせた迫り方”に驚かれたの。ちょっと失礼ね。私、そこまで馬鹿じゃありませんの。――貴女、入学早々に先輩方からの貢物、いえ贈物に『私変わっておりまして、宝石、ドレス、香水、花束など一切好きでありませんの』と言って断っていたじゃないの」


 アリアは目を見張ってクレアを見た。彼女とは、少しとはいえ数時間は一緒に過ごしたのだ。だが、はじめて彼女を見た気がした。黒髪に黒い瞳の人だとは知っていたが。聡明な、頭のいい女性なのだろう。


「挙句、それでも贈ろうとする阿呆に『私の嫌いなものを贈るとは、私が嫌いなのですね。よく、分かりました。これまでも一切関わるつもりはなかったのですが、これからは絶対に関わらないように気をつけます』なんて言うとはね」



 だってこの人にはアリアの“本当”が見えている。


「最初は美人は大変ねって見てて思ったのだけど。違うのね、貴女本当に宝石やドレスが嫌いだったのね」





――今日見てて初めて知ったわ。


「ああ、そうだよ。私はそんなものに価値を感じない」


 一人、ぽつりとつぶやいた。アリアは一人では来ない方がいいと言われた東屋にいた。

 可愛らしいノートを取り出して書きはじめた。




――昨今の11歳はとても理知的で聡明で侮れんということが分かる今日だった。

(前ページの午前の動揺で字の震えたページは破り捨てるべきか悩んでやめた。戒めとしよう)


 わ、私は子どもより短絡的、蒙昧で発達のあまりない輩であるよ。


 子どもと思ってはいけなかったのだ。歳など関係ないのだな。年齢も性別もなにも、知識や考えには左右はされないのだな。

(だ、だから私はこの様な歳になってまで。う、う、泣けてくる)


 だが、だが! だからこそ、これ以上馬鹿にならぬよう努力するのだ!! この失敗を教訓にすればいいのだ。私は私に負けんぞ!


 教訓その一


『子どもを侮ることなかれ』


 そうだな、エミリオ少年もクレア嬢もとても聡明な方だ。だから、私のような不出来な人間が舐めてかかったら、それは勿論痛い目にあうのだ。


――ああ、一応詳しく書いておくか。


 私が先輩方の贈物をつき返す文句は決まって『好きじゃない』なのだが、これは大半の人に曲解されているのだ。


『好意に応えられないから』とか思われているらしい。それは違う。


 見知らぬ男からの贈物だぞ、“もらっても気持ち悪い”上に“いらない”ものだぞ! 誰が受け取るか!!


 そしてクレア嬢の認識を変え、私が彼に戦略負けしたのが、今日の朝の出来事だ。


 エミリオ少年が私にはじめて贈物をしたのだ。そして私は受け取った。それだけだ。


 大半の人間はそれを“私が彼に好意を抱いているから”だと思ったらしいが。

(ふふっ大きな大きな独り言か噂話か知らんが、そういう話が聞こえたな)


 それは違う。私はエミリオ少年、つまり“友”から“欲しかった物”を受け取っただけだ。


 しかも本だから“読んだら返す”つもりだったさ。



――おかしいとは思ったんだ。


 私の欲しかった本を校門の前で渡された。なぜか綺麗で高級な外装に入れて。


 それを手渡されたときはすぐ返そうと思ったさ。

 なのに耳元で『貴女の読みたがっていた、ガリー・テッドンの戦術集です』と言われたんだ。


 昨日の欲しい本、読みたい本の質問で思わず頷いた本だと気づいた。

 だから私は、人目が多い校門前で、満面の笑顔で『ありがとう』を連呼したさ。


 今日の結果はだから、外堀を埋められたということだな。



 クレア嬢は私が外装を捨て本をとびきりの笑顔で見ているのを見て違和感を感じ、事の次第を悟ったらしい。


 あ、あとクレア嬢は条件を満たした“馬鹿じゃない人と結婚したい”のであってエミリオ少年が好きということではないそうだ。

(前回の長話は単純に過去最高に条件を満たした相手に会えて興奮していた、ということだそうだ。エミリオ少年の行動を見て、すっぱりやめたらしい。……今からでも頑張ってもらえないだろうか。いや、彼女は悪い人ではないようだし。私も応援できそうなのだが)


 ああ、あと。


 教訓その二


『人の忠告はちゃんと聞こう』


 昨日、一応彼に覚悟しろと言われたのだ。それなのにのほほんと構えていた私が馬鹿なのであって、彼は悪くないのだ。


 そう、そうなのだ。だから次を頑張ろう。



 アリアは片づけ立ちあがった。


 そして、背後から近寄ってきた気配に『この様な場所には一人で来ない方がいい』という忠告をしてくれた少年を思い出した。






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